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▼ 何も知らない


「本当はね、凄く恐かったの」

学校の道徳の授業の宿題は、『自分が生まれた時の話を 両親に尋ねてみる』
正直に言えば、そんな話 どうだっていい事のような気がしていた。
大体、そんな話を家族でしてどうなると言うんだ。

適当に済ませようと思っていたのに、シギが「自分達の記憶にはない事なんだから」と言って、意気揚々と母親に尋ねに行った。


「恐かったの?」
「そう 凄く」
洗濯物を畳んでいた母親は そっと手を止めて、傍らに寄る二人の子供を見る。

「私の体は一つしかないのに、二つの命を抱えるなんて 恐くて仕方が無かった。……両方が無事に生まれるかなんて 誰にも分からない事だから…」
おいで と差し伸べられた母の手に、シギが擦り寄って その膝に座る。
「トキもおいで」と微笑んで手招かれて、大人しく母の隣に座った。
母の腕が まだ小さい自分の体を抱いて、ゆっくりと頭を寄せられる。
膝の上のシギも真似するように体を傾ける。

「恐くて、痛くて、どうしてこんな大変な思いしなきゃいけないの―って 何回も思った。でもね、トキの泣声がして すぐに追いついてシギの泣声がして……。あぁ 良かったって本当に心から思った」

穏やかな温もりが、染みていく。

「生まれたばかりでタオルに包まった二人にね、お父さんと二人で鼻をくすぐったの。くしゅんって同時にくしゃみしたのよ 覚えてないでしょ―?」

楽しそうに笑って、その時のように鼻の頭をくすぐられる。顔を背ければ、シギも真似して手を伸ばしてくる。ケラケラ笑うシギと それを振り払う自分に、母は笑った。

「お母さんはどんなに痛くて苦しい事だって、耐えることが出来るの。トキとシギが居てくれれば」
「僕だって、大丈夫だよ。こーんな大っきい怪物だってやっつけるから」

シギが精一杯に腕を広げて 自慢げに話す。

「トキも一緒。ね?」
「………怪物なんていない」
「例えばの話!!」
「二人でなら、きっとどんな悪者だってやっつけられるわね。その時は、お母さんとお父さんを守ってね」

うん!!と見えない敵と戦ってみせるシギ。

「トキもだよ!ね?」
「……うん」


守れるに決まってる。そう思っていた。



―――――……………




結局、こうだ。


母と父が 鴨居から垂れた紐に首を掛けている。
ギシッと時折 軋む音がして、ゆらりとその二つの体が揺れる。

「……トキ…どうして…」

隣にいたシギが、力なく膝をついて その場に崩れた。
絶句したまま、シギを支えきれずに自分も崩れた。


自分達が居れば、どんな事にだって耐えられると言った。
どんな悪者だって、退治して守ってみせると言った。


嘘つき。


そのまま、シギと二人 ただずっと茫然と両親を見上げていた。
そのうちに 意識が遠のいて 自分達が、自分が、何をしたのか覚えてはいない。

……覚えてない…そう、思い込んでいる。

一つしかない体で、三人分の『命』を『真実』を背負うのは 物凄く恐かった。
誰も居なくなったしまった後では、そうやって何もかも知らないふりをしなくては 耐えることが出来ないと知った。


何も知らない。何も知らない。何も知らない。何も知らない。


静かに その言葉を反芻して、目を閉じた。
手に触れる冷たい肌の感触は、いずれ消えてゆく。


07.5/6


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