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▼ vsアカリ

■ゲーム話。女子高生vs美柴鴇




その部屋に飛び込んでから、しまった、と美柴は内心舌を打った。
相手の動きを気にしすぎて、見取り図を失念していた。
この部屋の出入り口は今入った扉しかない。
廊下は一直線で、潜むような隙もない。
窓はあるがここは三階。飛び降りるのは難しいし、第一対戦エリアから出ることはルール違反だ。
もう、逃げ場はない。
「………。」
覚悟を決めるしかない。
この状況を打ち破るには、敵を昏倒させるしか選択肢が無かった。
美柴は窓の前に立ち、一度深く呼吸した。
敵の気配は、近い。

美柴はAAAの中でも常に接近戦で臨んできた。
多少追いつめれても、返り討ちに出来る自信と精神力は持ち合わせていた。
その美柴がなぜここまで敵との対峙を渋っているのか。
それは相手のスペックに問題があったからだ。

小さな金属音がした。扉がゆっくりと押し開けられる。
そこに立っているのは、セーラー服姿の女子高生だった。
彼女が持つ鉈は 廊下の消火灯を浴びて、鈍い赤に光っている。


(やった)
アカリは心の中でそうほくそ笑んだ。
上手く直線に追い込めた。この先にあるのは物置になってる部屋だけだ。
相手に逃げ場はない。
「ハハッ」
堪えようとしても溢れる笑い声。
全身が燃えるように熱い。この臨場感と高揚感が堪らない。
これに勝てば賞金はまた一段と跳ね上がる。
また欲しいものが好きなだけ買える。
けれど、アカリにはもうほとんど金への興味がなかった。
自分が絶対的な勝利者だと感じるあの快感が忘れられない。

制服姿で参戦するのはわざとだ。さすがに自校のものではない。
返り血が飛ぶことを踏まえて、制服はいつも違うものを用意している。
(男なんてちょろい)
制服を見た男は どんな奴でも確実に緊張が緩むのだ。
そんな下卑た男が裂かれる皮膚の痛みに苦悶して泣いて詫びるのが、気持ちよくてたまらない。
アカリは握った鉈をもう一度強く持ちかえて、扉を つんと指先で押した。

半分まで開いた扉の向こう。窓の前に立っている男を見つけた。
自分より少し年上だろうか。男は動揺もなくじっとこちらを見ている。
その視線を受けて、アカリはより深く口角を上げた。
夏でもないのに じんわりと身体が汗ばんでいくのが分かった。



戸口に立った少女は 薄明かりの中、唇だけで笑っていた。
額を覆う重めの前髪。その奥から放たれる、女子高生とは思えないほど ギラギラと獲物を狙う視線。
生身の太腿を半分以上露出した短いスカートには、金槌と小ぶりなノコギリがぶら下がっている。
そしておそらく背中にも 鉈が装備されている。少女の背中越しにも赤い明かりを反射した刃が見えている。
今まで対戦したどの相手よりも、殺人鬼めいた風貌であった。

「ねぇ?」
戸口から動かず、少女は声をかけてきた。
女子特有の猫撫で声と 甘えるように首を傾げた仕草。
しかしその手に握った鉈は今にも美柴に投げつけられそうである。

「これが終わったら、あたしが一番最初にする事ってなんだと思う?」
美柴が答えずにいると、少女は ふふと不気味に笑った。
「倒れてるアンタの写メ撮って みんなに自慢するの。あたしがヤッたのはこの男だって言ってさ」
か細い指先が鉈の刃を撫でる。ねっとりとした笑み。
「大丈夫。痛くしないから」
それを食らって痛くなかったら人間じゃない。とは言い返さずに 美柴は彼女を注視し続けた。
「それから予約してあるセシルの新作受け取りに行くの。サイコーでしょ?」
少女の重心が微かに変わった。同時に美柴は構える。

ー…来る。
次の瞬間、美柴は少女の経験値と身体能力を見くびっていたと悟った。
少女は身を屈め 最小限の振りで鉈を構えたまま突っ込んできた。
大きく振りかぶってくれば その腕を捕まえて 背負い投げることが出来た。
しかし 自分よりも小柄な身体が より小さくなって 弾丸のように突進してくる。

「ッ!」
…相手が男だったら、結果は違っただろうか。
美柴は、迫る彼女の顔を殴りつける事が出来なかった。

咄嗟に横に飛び退いて避けた美柴を、少女は見失わずにジロリと眼で追った。
反撃のスキを与えず、猛攻を仕掛けてくる。
激しい音とともにガラスが飛び散った。腕を掲げて 美柴はそれを避ける。鉈の切っ先が当たり、窓を割ったのだ。
その衝撃を諸共せず、少女は鉈を振った。
ヒュンと空気が真横に切られる。これは身を沈めることで避けることが出来た。
しかし徐々に壁際に追い込まれ、次の俊敏なひと振りには、背中を壁にぶつけ、しゃがみこんで躱した。
この体勢からの立て直しは すぐには無理だ。
これを好機と見た少女は 美柴の上半身に覆い被さるように飛びかかり、上から押さえつけた。
思い切り大きく振りかぶって、美柴の頭に向かって鉈を振り落とそうとする。

「っ大人しくしなさいよ!」
取っ組み合う目の前のセーラー服からは、腹筋なんて微塵もない少女の腹がチラリと見えていた。
その腹に、美柴は拳を撃ち込んだ。
「!」
屈強な男の腹に撃ち込むのと違い、拳は思った以上に深くその身体にめり込んで、とても柔らかい感触がした。
殴ったこちらのほうが息を飲むほどだった。
呻いた少女が 腹を押さえてその場に転がり 蹲った。
その手から落ちた鉈を部屋の隅に蹴り飛ばし、美柴は少女を見下ろす。
他の得物も奪ったほうがいいと思ったが、小さな身体から「痛い」と苦しむ声が聞こえた。
思わずたじろいで、小さく唇を噛んでしまう。嫌な気分だった。


「〜ッ痛、い…ッ」
アカリは腹を押さえながら、男の出方を探った。
武器はまだ持っている。油断して近づいてくるならば、と思っていた。
しかし男は立ったまま、こちらを黙って見下ろしている。
その何か言いたげな視線に腹立たしくなった。
「〜っにすんのよぉ!!」
悲鳴のような怒号を上げながら、アカリはスカートに差していた金槌を握った。
立ち上がりながら駆け出して、その金槌を男に向かって叩きつけた。
「!」
急な反撃に、男が瞬発的に身を引く。
金槌はアカリの手から滑り抜け、彼方に飛んでいってしまった。
しかし、次の瞬間アカリが持っているのは背中に準備していたもう一本の鉈。
「…次は絶対に外さないよ」
上手くやる。殺してみせる。勝ってやる。
金が欲しい。それに、自分が優位でないこの状況が気に入らない。
「やってくれるじゃん。結構痛かったよ」
終始黙っている男が、そこで初めて微かに眉を寄せた。
「でもこれぐらい何てことない。むしろ遣り甲斐があるわ!!」
そうして、アカリはもう片手にノコギリを持った。



両手に得物を持ち 体勢を整えた少女は、本当に映画に出てくる殺人鬼のようだった。
美柴は少なくともこの少女にショックを受けていた。
AAAはビズゲームに参戦してまだ間もない。
けれどこのまま勝利を重ねていけば、自分も彼女のように理性を振り切って、人を殺そうとする人間になるのだろうか。


それはシギの為になんだろうか…?




それから美柴と少女の勝負は呆気なく終わった。
どうやら少女はずいぶんと自分に自信があったようだが、長期戦をこなせる程、彼女の体力はなかった。
スキを見て 少女の背後に回った美柴は、首裏に手刀を落とし その平衡感覚を奪った。
目を回して倒れた少女を押さえつけて、武器はすべて窓の外に放り捨てた。
暴れる両手を後ろ手に括り上げるのには、そのセーラー服のリボンを使った。
少女はほとんど力尽きていたし、それ自体は簡単な作業だった。
しかし、
「〜〜離して!!いやっ離してよ!!」
下着が見えるのも厭わずに、全身全霊で身をよじり 足を蹴り上げてくる。
もがきながらそう叫ばれると、本当に性犯罪を犯しているような気分になる。
重々しい気分のまま自分のベルトを引き抜いて、両足首も括った。
もし立ち上がることが出来たら、追ってくるような気がしたからだ。

折れてしまいそうな足首を括っている内に、彼女の声は鼻声になってきて、美柴は本格的に気が滅入ってくる。
少女は 泣きながら「死ね」だの「ぶっ殺す」だの罵詈雑言を吐き出して、身をよじる。

「………もう、辞めたほうがいい」
他にも言うべき事はあったかもしれないが、きっと伝わらない。
美柴が諦め半分にそう言うと、少女は生涯の敵を見るような目で美柴を睨みつけた。
けれど、もう乱暴な言葉が吐かれることは無かった。

刺すような鋭い視線を 一拍、美柴は見返した。

それから小さく溜め息をついて、その場を後にした。
こんなに後味が悪い勝負は初めてだった。




■きっといつか本編でこうゆうのあると思って…


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