小説 | ナノ


▼ その生徒、不穏

■注意事項■
このシリーズは生徒中条×教師美柴を基本とした学園パロディーです。
中条くんは留年中の我侭で規則破りな問題児。
美柴センセーは学園OBで訳ありの無感心教師。
思いつくままに書いていますので、各話の時系列が定まっておりません。
なので中条くんと美柴センセーが急に仲良くなったり、仲悪くなったりします。
美柴シギや千夏さんが二人の過去回想に絡んできたり、久保時などの峰倉チルドレンが友情出演する場合もございます。
どうか寛大なお心で楽しんで頂ければと思います。



TABOO


この時間の図書室は無人に等しい。
受け持っている次の授業までの間、ひっそりと過ごすのにはちょうど良い。
手の込んだ準備をすることはないから、大抵はこの図書室か自室で時間を潰している。
だがしかし最近は、無人である場合が少ない。
例えば今まさに後ろで退屈そうに伸びをした、素行の悪い生徒が一人。

「…予鈴」
「あ?」
「……鳴っただろ」
本棚の方を向いたまま、手元の本から顔を上げずに そう言ってやった。
すこし前に 予鈴の鐘が響いていた。あと5分もすれば 授業だ。
それを忠告しても、背後の生徒は出ていく気配がない。
聞こえなかったわけがないだろう。わざと聞こえない素振りをしている。

はぁと一つ溜め息をついて、開いていた本をパン!と閉じた。
後ろを振り返ると、暢気に「これは読んでねぇーな」と呟いて本棚を見上げる背中がある。
別に放っておいても構わないのだが、それでもやはり教師である以上は言わないわけにはいかない。
なにより、背後を取られていると居心地が悪い。

「…授業はいいのか」
少し高圧的な声を意識して そう投げ掛けた。
しかし生徒は少しも怯まずにこちらを振り返ると、からかうように鼻で笑う。
「それ。生徒の為を思ってとかじゃなくて、教師だから仕方なく言ってるってだけだよな」
「だったら何だ」
「そこはせめて「お前の為を思ってだ」とか言うんじゃね?」
「そんな嘘、ついても何の得もない」
この生徒とは 最初に会った瞬間からこんな調子だ。

「うるさい」とか「どっか行け」とか、学園長に聞かれたら首が飛びかねないほどの言い合いをする。
この学園に通う生徒の多くは 名の知れた財閥や富豪の子息達だ。
この 一見ただの廃れたチンピラにしか見えない中条伸人という生徒も、一応それなりの家系であるらしい。
にも関わらず一年留年している親不孝者。
ほとんどの教師は この生徒とは一線を引いて接しているようだが。
けれど そんな風に下手に取り繕って媚び諂うよりは、こうやって言い合うほうがずっと健全な対応だと思う。
こうゆう子供は大人が甘やかすから、つけ上がるのだ。

「…ずっと思ってんだけど、あんた本当に教師かよ」
中条は くくと堪えきれない笑い声を洩らす。
こちらを向くと、腕を組んで トンと軽く背中を本棚にあずけた。
本棚の立ち並ぶ列、二人で向かい合って対峙する格好になった。

「もう5分経った」
「そうだな」
「………授業は」
「去年と同じ話を同じ教師から聞くなんて、退屈だろ」
それは(確かに)と思うが、それは5年生を二回やっている自分が悪いのであって、教師に落ち度はない。

「…そんな事だから留年なんてするんだ」
いつもの軽口のつもりだった。
でも、どうやらそれは中条にとって禁句だったらしい。
少しだけ 纏う空気がピリと鋭くなった。

「……俺が留年したのは授業云々じゃねーよ」

そう厳しい目で睨まれて、思わず言葉を失った。
低い地鳴りのような声。完全に怒らせたのだと分かった。
「そんな言い訳してるヒマがあるなら授業に出ろ」
なんて、言える空気ではない。何も言わせない。そんな高圧的な視線だった。
「……、」
上手く切り返せれば良かったのかもしれないが、残念なことに俺にそんな上等なスキルがあるわけがない。
ただ、その視線から逃げるのだけは譲れず 真正面からじっと見据えて受けた。
そのせいで、図書室には妙にキンと張り詰めた視線の交差と、堅苦しい沈黙だけが落ちてしまった。

「……あんた、次 4年の授業だろ」
しばらくして、中条が緊迫した空気を遮断するように顔を背けた。
「…あぁ」
内心まだ引っ掛かりがあったが、なんとか頷いて答える。
やはりここは下手に立ち入らず、話題を変えるべきなのだろう。
「じゃあ俺はどっかで昼寝でもすっか」
中条は寄り掛かっていた身体を起こすと、気だるげに ひらひらと片手を振るう。
去っていこうとする姿に せめて「教室に行け」ぐらいは言えば良かったのかもしれないが。
「じゃーな」
こちらが何か言いだす前に、中条は退散していった。
俺はその背を呼び止める理由も意味も見い出せず、目の前の本棚をただ黙って見ていた。

呆然と図書室の扉が締まる音を聞いて、我に帰る。
「…………」
あんなに厳しい表情と声色を受けたのは初めてだった。
正直 少し気圧されてしまった。そして、かなり驚いていた。
なんとなく、中条は何事にも無気力無関心なのだろうと思い込んでいたのだ。
いつもどこか客観的に周囲を見て、くだらないと薄笑いながら嘯いている姿しか、俺は知らなかった。
けれど、それは違った。
「…………」
ようやく無人の空間を手に入れたというのに。
気持ちがやけにもやもやとして、胸の奥から深い溜息が込み上げてきた。
ちらりと中条が去った方を見ても、もう声を掛けられる背中はどこにも見当たらない。

忘れよう。
おそらく次に顔を合わせた時には、相手だって何事もなかったように振舞うはずだ。
そう思えば思うほど、去っていった中条の背中が脳裏にチラついて もう本を読む気も失せていた。


「何かあった?」
今日のすべての授業を終えて教員室に戻ると、同僚の久保田に開口一番にそう指摘された。
「………なんで」
「綺麗な顔が一段と綺麗になってるから、かな」
「……………」
久保田は学生時代の一年先輩にあたり、教師としてももちろん先輩である。
自身は掴み所の無い性格をしているくせに、やけに察しが良い。
観察眼が鋭い、といえば聞こえはいいが ここまで千里眼だと少し怖い。
こうしてふざけた会話をするようになったのは、教員として学園に戻ってきてからだ。在校生の頃は一度も話したことはない。
しかしそれでも 学生時代の先輩となると、久保田には当時自分を取り巻いた何かと知られたくない噂も知られている。

本音を言えば、少々やりずらい相手である。

溜め息を一つ吐き出してから、久保田に図書室での事の顛末を白状した。
「へぇ。中条って、あの煙草を没収した云々の生徒だよね。仲良くしてるんだ?」
意外。久保田はそう眉を上げる。
「…仲良くじゃない。向こうが勝手に寄ってくるだけだ」
「へぇ〜?モテモテだねぇ〜」
「………。」
わざとらしい含み笑いが気に入らない。据わった目で見上げると「怒ることないじゃない」と笑う。
けれど、「中条、ね」と すっと眼鏡の奥の瞳が細くなった。
それを見て、何か嫌な予感がした。

「確かに、去年色々騒ぎにはなったよ」
訳知り顔でこちらを覗き込む。暗にその表情は 「これ以上聞くか否か」と問うてきている。
「………。」
俺は人に過去を知られたくない。きっと中条もそうゆうタイプだろう。
だからこんな風に聞き込みをするのは正直あまりいい気分じゃない。
でも、このまま何も知らないでいると またいつ地雷を踏むか分からない。
無知な言動は人を深く傷つける。その悪意のない言葉から受ける痛みなら、俺はよく知っている。
下手に傷に触れずに済むのなら、知ることも必要なのだろう。
聞かせてくれという意味を込めて 小さく頷くと、久保田は口元だけをしなりと笑わせた。

「そんなに気になるんだ」
ざわりと、心が波立った。本当に、この男は毎度嫌な言い方をする。
「………何も知らないでいるよりマシだろ」
「そう。でもさ、生徒とは関わらないんじゃなかったの?…あぁ違う。「誰とも関わりたくない」だっけね」

聞き覚えのある、言い覚えのある言葉が返ってくる。

「「何も知られたくない」「誰にも言うな」「もう何も感じない」……誰の言葉だったっけ。誰かに言われたような気がするけどね」
それ以上言われたらきっと冷静でいられなかった。
けれどこちらの内心を軽々見通している久保田は、そこで身を引いた。
どこか冷ややかな笑みで、肩をすくめる。

「…ごめんね、意地悪な言い方をした。ちょっと妬いただけだよ。その生徒、美柴センセーに興味持ってもらえていいなぁってね」
「……嘘だ」
「嘘じゃないよ」
「………」
「大丈夫。過去で脅してるとかそうゆうのじゃない。もしそのつもりなら、きっともっと前にそうしてるから」
優しい声でなんとも恐ろしい事を言ってのける。
久保田のこうゆう嘘か本音か分からないところが、苦手なのだ。
疑心の目で睨みつけていると、久保田は「さて、本題本題」とするりと一瞥をかわした。
ぐっと背を屈めて、内緒話をする要領で こちらの耳元に手を添えた。

「中条伸人ってね、去年、………」
耳にかかる息がむず痒かったけれど、それ以上に、その先に続いた言葉の数々に身体が固まってしまった。

聞いてしまったことを、少しだけ後悔した。

「まぁ、世の中金。ってことだよね」
言い終えた久保田は、上辺だけの笑みでそう言った。






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