小説 | ナノ


▼ その生徒、不埒

■注意事項■
このシリーズは生徒中条×教師美柴を基本とした学園パロディーです。
中条くんは留年中の我侭で規則破りな問題児。
美柴センセーは学園OBで訳ありの無感心教師。
思いつくままに書いていますので、各話の時系列が定まっておりません。
なので中条くんと美柴センセーが急に仲良くなったり、仲悪くなったりします。
美柴シギや千夏さんが二人の過去回想に絡んできたり、久保時などの峰倉チルドレンが友情出演する場合もございます。
どうか寛大なお心で楽しんで頂ければと思います。



first contact


「いつか心を動かす何かを見つけられれば、貴方の世界も色が一変するかもしれませんよ」

半身を失って抜け殻になった俺に、当時の担任教師はそう言った。
けれど行方不明になった弟と一緒に 俺の感情はどこかへ消えてしまった。

こうして教師になった今でも、世界は無色透明のままだ。



食堂までの近道で学園の裏庭を抜けようとした時、鼻をついたのは煙草の匂いだった。
教師には喫煙室があるのだから、こんな人気のない場所で一服しているのはきっと生徒だろう。
「………。」
本当は、どうでもいい。
日頃生徒が何をしていようと興味がない。悪さを注意するのも何かを没収するのも面倒で仕方ない。
生意気な反発を受けるのは気に入らないし、没収した物の処分だって何故教師がやらなくてはならないのかと思う。
「………。」
それでも、一声掛けなくてはならないのが教師という職業だ。
胸から深い溜息が込み上げる。

舗装された小道からそれて、整った芝生の奥へと進む。
木陰の中 揺らいで登る白い靄が見えた。
そこか と検討をつけて わざと足音を鳴らして踏み込んだ。
気弱な生徒であれば これで逃げてくれれば有難いのだが。

「……。」
校舎の壁に背をあずけ、煙草を吹かしていたのは見覚えのある生徒だった。
「あれ。あんたこの間のセンセーか」
見つかった喫煙を悪びれる事なく その生徒ははてとこちらを指さした。

よっと軽い声で立ち上がると、余裕で180はありそうな長身。
本来は一番上まで留めていなくていけないシャツのボタンは 三つ目まで開ききっている。
気品のカケラも無い長さで ゆるいウェーブの掛かった黒い髪。
煙草を銜えたまま せせら笑うような笑みでこちらを見下ろす。
生徒というのはあまりにも不健全な雰囲気を纏っていた。

以前、消灯後の寮内で鉢合わせたことがある。
その時も 人を見下したような声と表情で、わざとらしく「センセー」と言った。
身長差で覗き込むように見下ろされるのも気に食わないが、そうやって人をからかう態度も気に食わない、出来れば一番関わりたくないタイプの生徒だった。


「せめて隠したらどうだ」
口に銜えられたままの煙草を睨む。
生徒は あぁと今気がついたような声で にやりと笑った。
「これ吸い終わったらな」
「……。」
完全に教師をなめている。思わず苛立って その口からさっと煙草を奪い取った。
「!」
おやと驚いている表情を睨んだまま 奪ったそれを地面に捨て、靴で踏み消してやった。
「教室に戻れ」
「……へぇ?おっかないセンセーなんだな?会ってから命令ばっかりだ」
何が面白いのか ククと笑う。まだバカにするつもりか。
相手にするのが馬鹿馬鹿しくなって、踵を返した。
最低限 教師として生徒に言うべきことは言った。これ以上関わるのはごめんだ。

そうして来た道に戻ろうと踏み出した瞬間、すっと伸びていた手に片腕を掴まれた。
反射的にその手を振り払って 反撃に出ようとした。
「!」
しかし思った以上に強い力で身体を後ろに引っ張られ、ダン!と背中を校舎に打ち付けた。
何だと見上げれば、目前に迫った黒い影。逃げ場を奪うように顔の両脇を塞ぐ両腕。

視線を合わせるように背を屈めた生徒は、不穏な空気を放っていた。
首を伸ばせば唇同士が触れ合ってしまいそうな距離で 煙草の残り香が強く匂った。
試すように 淫靡な雰囲気でこちらを見つめている。

「……。」
こうゆう下世話な手段に出る生徒は、俺が生徒だった頃にも何人か居た。
この体格差でもいざとなれば返り討ちに出来る自信があるから、恐れも無ければ萎縮することもない。
黙って壁に追いやられたまま、けれどその視線を迎え撃うように強い目で見据えた。

「せっかくの一服だったのに、口寂しくなっちまっただろ…?」
吐息のような低い声で、耳元に唇を近づけ囁く。
「何か変わりのものを差し出せよ」
「何か銜えてないと我慢ならないなんて、ただの子供だな」
冷ややかに言い返すと、今度はいやらしく口元を笑わせる。
「ナニか銜えるのはあんたの方かも知れないぜ?」
「そうゆう事にしか頭が働かないのか、ますます子供だ」
「…なんだよ、少しはビビれよ」
脅しに飽きたのか、生徒は険悪な空気をガラリと変えて 軽く笑った。
トンと指先でこちらの胸を指差すと、顔を覗き込んでくる。

「もう少し可愛げがないと、生徒と上手くやっていけないぜ。あんたの授業、退屈だって有名だ」
その評判は重々承知している。
人にモノを教える意気込みも熱意もない教師の授業なんて、つまらなくて当然。
でも教科書通りに進めているし、聞いていれば理解出来る授業だ。
学ぶ気がある生徒だけ聞いていればそれで十分だろう。

「……教師と生徒で友達ごっこをしろと?」
関わるのはごめんだ。静かな声で、暗に含んだ言い方をした。
生徒は じっと深い眼差しでこちらを見つめて、そうしてふと小さく鼻で笑った。

「あんた、なんで教師になったんだ。学園も生徒も誰もかも何もかも「嫌い」って顔してよ」
「っ…」
それは、触れられたくない事だった。
不意に突かれた言葉に 思わず一瞬言葉を失った。
その動揺を見抜いただろう生徒は 余計に深く唇を笑わせた。目は、笑っていない。

「授業中に漫画読んでも没収しないんだろ?」
「……あとで返すのが面倒だから…」
「そんなの、そのうち授業崩壊招くぜ」
生徒はそう言って、自分の胸ポケットから煙草のケースを取り出した。
ストン、とこちらの胸ポケットにそれを移し入れると 楽しげにトントンと指先でそこを叩く。
「…?何してる」
貰い受ける義理はない。何がしたいのか分からずに 怪訝にその顔を見上げる。
にやんと 悪巧みをする笑みがそこにあった。
「俺は良い生徒だからな、没収させてやるよ」
「………は?」
なんだか面倒な展開に巻き込まれる予感がして、煙草を返そうとした。
けれど生徒は突き返す手をひょいとかわして 芝生を歩き去っていく。
「おい!」
呼び止めても 立ち止まる気配はない。

「その銘柄、此処じゃなかなか手に入らねぇーんだ。呼び出しは近いうちに頼むぜ」

生徒はひらひらと片手を振って、背中でそう言った。
そんなの迷惑だと言ってやりたかったのに、大きな予鈴のベルの音に邪魔されて 言いたかった言葉を見失った。
食堂に行く用事があったのに、まさかこんなに時間を取られるなんて。
気が付けば、生徒の姿は校舎の中へと消えていて 残された煙草を手に途方に暮れてしまった。


「……………」
呼び出せと言われても、生徒の名前はおろか、何年生なのかも知らないのだ。
まず彼がどこの誰なのか聞き込みをしなくてはならない。
……考えただけでも億劫になる。
素行の悪い、何を考えてるのか分からない、一番関わりたくないタイプの生徒一人を見つける為に、これからの時間を費やすなんて…。

はぁと深い深い溜め息を吐き出して、手の中の煙草を見下ろした。

「……煙草くさい…」

あの生徒を見つけたところで、世界の色など変わりはしないのに…。
心なんて、もうあの頃からこれっぽっちも動かないのだ。


「………。」


予鈴のベルが、うるさかった。




[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -