小説 | ナノ


▼ 北原の強襲

■中鴇が上手くいってないところに付け込んでくる北ハム。




乾杯、と無理矢理グラスを重ねた後 北原は覗き込むように中条を見た。

「ねぇ。俺なら、きっと真面目に付き合えるよ」

その声が本気だということには気がついている。
中条は やれやれと溜息を吐き出して、顔をしかめる。

「…真面目なのは要らねぇーんだよ」
そんなものを求めたことなど一度もない。
第一、北原やあの店長は勘違いしているようだが、美柴とだって別に特別な付き合いをしているわけではない。

平然と言ってのける中条に、北原は切な気に微笑んだ。
「…そうゆうのは、虚しいんじゃないかな」
「お互いそれでいいと思ってる。アンタにとやかく言われる筋合いはねぇーよ」
「そんなコトないよ。だって俺は、君が好きなんだから」
「……。そう言うアンタだって充分不真面目に見えるぜ。気に入った相手にはいつもその口ぶりか?」
「君にそっくりだろ?」
ふふと笑う北原は中条を伺うように見つめる。
しかし中条は一切を無視ししてグラスを煽った。

「…中条くん」
「……んだよ」
「ああゆう子は自分からは謝らないよ。イライラしているのをずっとずっと我慢して、押し殺して、無かったことにしてしまうタイプだ」
「………。」
北原は美柴のことを言っている。確かにあの男はそうゆうタイプだ。
中条が脳裏で美柴の不機嫌な横顔を思い出している横で、北原はグラスを置いた。

「…だからね、うんとうんと可愛がってあげないと いつまでも心を明け渡してくれない。テキトーな付き合いで良いなんて言ってるけど、そんなめんどくさい子と付き合っていられるんだから、中条くんもとんだ物好きだと俺は思うな」
「……バカにしてんのか」
「そうじゃないよ。今、俺結構真面目に話してるつもりだよ」
「………。」
いつもの悪ふざけとは違う北原の表情に、さすがに中条でも内心動揺した。
「それに、俺はそんなややこしい付き合いをいつまでも続けられる忍耐は、君たちには無いんじゃないかなとも思ってる」

それは、いつか中条と美柴に訪れるだろう決別を諭していた。
中条はテーブルに置いたグラスを指先で弄びながら、軽く笑った。

「別にあいつと一生付き合ってくつもりはねぇーし、そんなウゼェ約束が欲しいわけでもねぇ。いつか条件が揃ったら止めにする関係だ。だから、どうだっていいんだよ」

自分でもずいぶん薄情な言葉の羅列だと思った。
けれど、それが事実で、現実だ。

「でも俺が鴇くんにちょっかい出すのは気に入らないんでしょ?」
北原は口角を上げて、ふと息を零して笑った。
バカにされているような笑い声に中条は眉を苦々しく寄せて睨みつける。
その反抗的な反応が 北原を喜ばせているとは思わない。
「…………アンタ本当性格悪いな。俺より悪趣味だぜ」
「褒め言葉として受け取っておこう。さぁ、飲んで。良いワインの香りが抜けていってしまうよ」
再度グラスを持った北原は中条に飲むように促す。けれど中条は脱力して 手をヒラヒラ振った。
「冷めた。飲む気失せたから帰れよ」
「酷いなぁ…じゃあ、飲ませてあげようか」

笑う北原はヒョイと軽々中条の肩に腕を回す。
強引に中条を引き寄せると、持っていたグラスを中条の口元に掲げた。
そうして近づいた目と鼻の先で ふふといやらしく笑ってみせた。

「ッ!」
驚いた中条が ぐっと息を詰めて身体を引く。
けれど肩を抱く北原の握力は より強く中条の肩を掴んだ。
「離せてめ!」
「あぁ…!そうゆう声が、もっと聞きたいな中条くん」
「〜調子乗ってんじゃねぇーぞ…!!」
妙に恍惚とほくそ笑む北原に、中条は盛大に蹴りを食らわせた。



■北原は全部が胡散臭い!!…でも結構マジだったりしたらいい。



「だーから、来るなっつってんだろーが毎回よォ…」
今日も美柴が働くバーで、中条と北原が居合わせた。
こうも続くと 北原は中条のスケジュールと把握しているんじゃないかとさえ思えてしまう。

「つれないなぁ、キミに会いに来たんだよマイスゥィ〜トハニィ〜」
「ウザイ上にキメェ…!!」
中条は美柴の前に座っていた。北原はその真隣のスツールに腰をかける。
わざとらしい色気ついた声で中条をからかい、美柴にジンを注文した。

「照れると怒るタイプなんだねェ、いや〜可愛いなぁ〜。本当に中条くんは〜」
「吐き気がするからマジで黙ってろ」
「え!吐き気?具合でも悪いのかな?帰りは送ってってあげるよ、ということで中条君の家は何処かな?」
「てめェが居なくなれば治まる吐き気だからとりあえずそこの道で轢かれてこい」
「俺は死ぬ時は その脳裏に中条君の輝く笑顔を思い浮かべるよ」
「てめェに笑いかけた事は一度もねェーしな!気色悪ィ捏造すんじゃねェーよ…!」
「何言ってるんだい、何度も笑いかけてくれているよ。夢の中でキラキラと!」
「死んでくれ。頼むからマジで死んでくれ。」

「……。」
黙々とジンを汲み 氷を砕く美柴は、ずっとその会話に交ざらなかった。
隣の店長が苦笑いながら「お客さん同士仲良くしてよー」と二人をたしなめているが、その一見不仲な言い合いも二人にとってはお遊びなのが、美柴には分かっている。
それに、少し前までは、北原は中条の真隣ではなく スツールを一つ挟んだ位置に座っていたはずだ。
「……。」
中条はもうその事に怒らない。少し前までは「隣に座るな」と追いやっていたのに。
その物理的な距離の狭まりが、何故が無性に面白くない。
腹の奥のほうが チリチリする。
そうして、時折伺うようにこちらをチラリと盗み見てくる北原の笑みも、至極ムカついた。

勝負に勝ったような顔をして、人を見下して笑う。
その挑発を易々とやり過ごせるほど 美柴は大人でも無ければ、余裕でも無かった。

『付き合ってるわけじゃないんだね』

そう、自分と中条は付き合っているわけではないのだ。


ガシャン!
「!」
思わず苛立ちのままに強く砕いた氷が シンクから方々に飛び散った。大きな音に驚いたのは何よりも自分自身だった。
「わ!大丈夫、鴇?氷滑った?」
鋭いスティックが皮膚を傷つけていないかと、店長が心配そうに寄ってくる。
顔に飛んだ雫を袖で拭い、美柴は「平気です」と小さく呟いて 床に散らばった氷を拾う。

「危ないよ美柴くん。離さないように、ちゃんと掴んでおかなきゃ…ね?」
落ちた氷をシンクに捨てる美柴に、北原は 意味深にそう微かに笑った。



今日は北原の会計が先だった。
中条が着信に席を立ってしまい、カウンターには美柴と北原だけになっている。
あれだけ煽ったのだ。凹ませるか焦らせるかの事は出来ただろう。
ニヤつきそうな口元を誤魔化しながら、北原は何も言わずに会計作業をする美柴の手元を見ていた。

「…北原さんは、本気なんですか」
伝票を遡りながら、突然美柴が顔を上げずにそう言った。
とても静かな声。おそらく目の前にいる北原にしか聞こえていない。
北原は 一瞬目を丸くして 美柴を見たが、相手は一切目をこちらに向けてこない。

「うん、そのつもりだよ」
北原は差し出された会計に紙幣を出し、悠然と頷いた。
美柴は受け取った紙幣から釣りを弾き出し、言葉を続ける。
「この店以外、接点は…」
「ないな。」
わざと美柴の言葉を最後まで言わせずに 北原は重ねた。
「まぁ、そうだね。その点は美柴くんに感謝しないと。」
キミが居なかったら 会う機会もないからねェ、と恭しく笑ってやった。

「………なら、」
そこでようやく、美柴は真正面から北原を見据えた。静かな表情だった。
でも、穏便では無かった。

「もう来ないように言っておきます」

……まさかこんなに早く反応してくるとは思わなかった。
どうやら見た目に似合わず強気な性格らしい。少々突っつきすぎたようだ。
けれど、こうでなくては。あっさり奪えてしまったら、面白くもなんともない。
北原はそんな驚きと優越と高揚を同時に感じながら、ゆっくりと笑った。

「…ふーん。出来るものなら、やってみせて欲しいね」
北原の笑みに 何も応えずに、美柴は釣銭を渡す。

「有難うございました」
「また来るよ」

交わされる視線は 互いに好戦的だった。


■美柴鴇だって黙っちゃいませんよ、とw


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