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▼ 少年A

■少年Aとは優希のことであり、かつての壱希(優希の父親)のことでもある。



『お前は絶対に俺の言うとおりにしておいたほうがいい』
携帯に届いたメールを見て、優希は眉をひそめた。後ろから一緒にその文面を見たアキラも 苦々しく顔を歪める。
敵は自分達が考えている以上に 周到で悪質だった。

『どうして』
『お前は大事な人をまた失うからだ』
返ってきた内容を見た瞬間、優希はアトリエのドアを蹴り飛ばした。
蝶つがいが外れてしまいそうなほどの音だった。アキラは呆気にとられて 優希の背中を見やる。
優希を取り巻く空気が、ビリビリと音を立て 黒く渦巻いているようだった。
きっといつもの優希だったら、そんな脅し文句も鼻で笑って 余裕綽々と返り討ちだろう。
けれど、送信元のアドレスは 鴇のものだった。鴇の携帯を使って こちらに連絡してきていることになる。

(………………。)
鴇が自分達よりもずっと喧嘩慣れしていて強いことは知っている。けれど優希にとって、その人を奪われるのは 自分にナイフが刺さるよりも苦しい。
そして わざとらしく付け足されている『また』という言葉。煽られていると自覚していても、抑えられそうにない。
自分の中から追い出していたはずの、忘れていたはずの幼い記憶が、フラッシュバックする。そして同時に 怨念ともいえるような静かな悪意が生まれる。許せないという感情。
強く握り締めた拳の中で、携帯がみしりと軋んだ。

黙って、何も言わずアトリエを出て行く優希の背中を、アキラは溜息を吐いて見つめる。
「…〜くそっ」
どうしようもなくて、乱暴に髪を掻いてジレンマと戦う。
どうやっても、この状況を好転する術はないようだ。
相手が何もしてこなければ、こっちだって何もするつもりはなかったのに。優希とその父親の因縁めいた繋がりは こうして泥沼化していく。
『優希はいつか、"そうゆう事全部"と向き合わなきゃなんねぇー時がくんだろうな』
いつか中条が溜息と共に吐いた言葉が、思い出される。もしその時が今だとしたなら、自分に出来ることは何なのだろう。

「………一緒にいるぐらいしか 出来ねぇーじゃねぇーかよ。」
考えても何も始まらない。最初から分かっていたことだった。
自分自身にそう答えを呟いて、アキラは優希のあとを追う。
放っておいたら勝手に、自分のことなんか顧みずに火の中に飛び込んでいくような奴だから、誰かがブレーキかけてやんなきゃだろ?

(ついて来なくてもいいよ)
「うっせェばーか黙って歩け」

それは多分、俺にしか出来ないんだよ。



■アキラがかっこよすぎる件。笑




■以下、優希の父親と美柴さんの接触を書き詰めてみた。



誰もいない駐車場で 美柴と壱希は二人きりだった。

「まだ余裕そうな顔してんな?」
「……………」
襟元を掴まれたまま 背後の壁に押し付けられる。
けれど美柴は ただ強く睨み返すだけで、抵抗はしなかった。
どう脅しても 殴りつけても、怯む様子がない。次第に壱希のほうが業を煮やす。

「なぁ覚えとけよ。優希もお前も、殺そうと思えばいつだって殺せる」
腹を一発だけ殴られる。鈍い音と重い衝撃を受けた。
けれど襟元はきつく締め上げられたままで 身を捩ることも叶わなかった。
痛みと息苦しさで咳き込む美柴に、壱希は乾いた笑い声を零す。
「ほら。もし今俺がこっちの手にナイフ持ってたとしたら、お前、死んでたかもしんない」
「………だからあんたは独りなんだ」
搾り出すような声だった。でも壱希を睨む目は変わらない。
気に食わなかった。
「…あぁ そうだな」
でも、と壱希はさらに力を込めて 両手で胸倉を掴むと、何度も美柴を壁に打ち付ける。

「お前が俺から!!全部奪ったんだろ!!!」

それは違う。
麻奈が死んだのは壱希から受けた暴行のせいだ。
優希が美柴を選んだのは 壱希が放棄したからだ。

「俺はお前に奪われたもんを取り返しに来てんだよ!!」
壱希の主張はどれもこれも他人のせいにしたものだった。

「っ!」
不意に腹や顔を強く殴られる。気が遠くなりそうだった。
美柴はそこで初めて、壱希の襟元を掴んで睨みあげた。

「自分が、何をしてきたのか、分かってないのか…ッ」
怒鳴る体力は残っていなかった。唇が切れて、口を動かすことも痛くてたまらない。
隙間風のような呼吸の合間に やっと言えた。
それでも、言わずにはいられなかった。

目の前にいる壱希の顔は 確かに優希の顔立ちを思わせる。
でも、この男は父親なんかでは決してない。

「何年も前の話蒸し返して父親ぶるんじゃねーよ!自分だってどうせ優希なんか弟の代わりかなんかなんだろーが!弟で無理だったからって人の子供助けて満足かよ!!?」
「っ!!」
ふざけるなと怒鳴る前に、ガバと喉に壱希の両手が襲いかかってきた。
強い力で喉を締め上げてくる壱希の手を、ギリと爪を立てて抗う。
足掻こうとしても 足元はつま先がほんの少し地面についているだけだ。
体が持ち上げられて、ついに呼吸が難しくなってくる。

「〜ッ!」
あ゛、と言葉にならない声が掠れ出る。
息が出来ない。苦しい。
霞む視界の中で、ちらと幼い優希の影が重なった。

『…鴇…怖いよ…』

優希は今でも不意にやってくるフラッシュバックや過去の夢に怯えている。
その恐怖や悲しみに比べたら、こんな暴力は何でもない。
シギの事を突かれても ショックを受けている場合じゃない。

『一緒にいよう』
ただ、込み上げてくる感情のままに叫びたかった。
けれどそれも叶わない。意識が遠のく。

「…なぁ?お前が死んだら、優希はまた孤児だろ?」
壱希は、笑っている。
人を殺めようと決めた瞬間に、乾いた笑い声をあげて笑っている。

壊れているんだと思った。そうして、絶対に死んでやるものかと。


「―…手ェ離せ。」

低い、ドスの効いた声だった。
突然聞こえたそれに 美柴と壱希の視線が向く。

「聞こえたよな…?」
尖った空気を放ち そこに立つ中条の姿に、壱希は舌打ちをした。




■……この後中条さんが絶対カッコいいであろう件。笑


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