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▼ 朝が来る

それは いつの事だっただろう。

他人の家…中条の家で目を覚ますことがまだ少し慣れない頃だった。


雑誌や不要な紙屑で埋もれたテーブルの天板を、美柴は寝ぼけ眼で ぼーっと見つめていた。


「…おいまだ寝てんのか」
呆れた、という声色で 中条は台所から戻ってくる。
コトン。
汚れだらけの視界に 突如現れたのは、炒りタマゴが色鮮やかな炒飯だった。
ほかほかと湯気が昇り、ごま油の良い香りが鼻に届く。見上げれば、中条も同じように炒飯を盛った皿を手に、向かい側に腰をおろす。
「お前の好き嫌いなんざ知らねぇーからな、勝手に作ったぞ」
そう言いながら 美柴にレンゲを突き付けた。

「……………。」
中条が料理をするなんて、意外だった。
言われて見れば この家の台所は自分のそこと違って、調味料や調理家具に使用感がある。……つまり汚いということなのだが。
そんな家主に反して、炒飯は見事な出来栄えだった。

受け取ったレンゲでパラパラの米を掬い、口に運ぶ。単純に、美味かった。


「……………」
黙々と食べる美柴を見て、中条ははてと手を止めた。
「……………。」
気付いた美柴も手を止めて顔をあげる。
奇妙な沈黙ののち、
「…………何。」
「いや、そういえば泊まってった奴に飯作ってやるのは初めてだな」
「……………。」
何と答えたらいいのか。

「つーかまず男が泊まった事自体あんまねぇーな」
「……………」
どう切り返すのが正解なのか、美柴には全く分からない。
適確な言葉も表情も見つからず、ほんの少し眉を寄せた、

「…ま、だからどうしたって話だけどよ」
美柴が困っているのを悟って、むしろ中条のほうが軽く流すように笑った。
そうして、中断していた朝食を再開する。

「………………。」
しかし美柴は、炒飯を見たまま手を止めていた。
美柴なりに、何か応えようと思っていた。

「………これ、」
「あ?何だよ文句言わず食え」
残したら承知しねぇーぞ、と中条は半ば喧嘩腰で美柴を見やる。
しかし美柴から続いた言葉は予想外だった。


「美味い」

小さな、でも確かに微かな賛辞を含んだ声だった。

「………………。」
一瞬 自分でも呆れるほど、中条はぽかんと呆気に取られた。
その時、中条の中では二つの感情が湧いたのだ。

当たり前だろ誰が作ったと思ってんだ、という自負と、そして……………


「気に入ったんなら また作ってやるよ」


上機嫌に笑む中条を見て こくり頷き返した美柴は、また黙々と炒飯を口に運ぶ。

それは二人には珍しい、穏やかな空間だった。





「…………………。」
あれは、いつの事だっただろう。
もう中条の家で目を覚ますことに慣れた美柴は、ベッドに横たわったまま ぼんやりと台所に立つ中条の背を見ていた。

良い匂いが漂って、ジャッとフライパンを返す音がする。

「…………………。」

盛り付けを終えた中条が振り返る気配。
何故か隠れるように毛布の中にうずくまる。

「おい美柴ぁ お前起きろっつってんだろーが」
やれやれと起こしに来る中条を、毛布の中でじっと待つ。
心地良い重みが重なってきて、中条が覆いかぶさってきたと分かった。

「…………………」

上手く言えない。

ただ、この毛布の向こうに 出来立ての炒飯と後ろ髪を束ねた中条がいる朝に、安心する。


「なぁ 顔出せよ?」
「………重い。」



……安心する…。




■幸せな朝がくる。






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