小説 | ナノ


▼ 不協和音

■脈絡なし。
中条兄貴に「もう弟に手を出すな」と言われて、鵜呑みにしてしまった美柴さんと、
自己犠牲とマイナス思考しかない美柴さんに頭に来て暴走する中条さんと、
そんな二人にオロオロ怯える優希。







「伸人に、君やその子供と一緒に居てやらなきゃならない”理由”があるのか?」


その問いに、俺は何も言えなかった。





ーー………



ダイニングテーブルで、美柴は生クリームを混ぜていた。
その前では、椅子に膝立ちしている優希がクレープの生地をしゃかしゃか混ぜている。

「……………」
頭の中で これまで言われた言葉が何度も繰り返される。
その度に、(これでいいんだ)と自分を納得させる。

優希も自分も、大手を振って歩いていけるわけじゃない。
望んで独りになったわけではないが、自業自得と言われればそれまでの過去を抱えている。
それが、いつか中条との生活で重荷になる日が来るだろう。

いつの間にか、中条が傍にいることが当たり前で、自分が望んだ幸せの一部になっていた。
でも最初は、優希と自分の生活を誰かに認めてもらえなくても別に良かった。
ただ、優希と二人でひっそりと、静かに…ささやかでも幸せであればそれだけで良かったのだ。

『君か…?今、伸人と暮らしてるという男は』
中条には、中条の家族がいる。
家族と呼べる存在がお互いしかいない、自分や優希とは違う。
いがみ合って決別した家族でも、家族は家族だ。
現に、中条の母親も兄弟も…彼を心配して こうやってこちらに接触してきたんだ。


「………………」
(………………)
中条の実家から帰ってきて、ずっとふさぎ込んでいる美柴を 優希は困ったように覗き込む。



(…………。)
今日は、中条さんの家族に会うと聞いていた。
そして、もう多分、今日から中条さんには会わなくなることも…。
昨日、僕は鴇に(嫌だっ)って何度もそう泣いて言ったけれど、鴇のほうがとても苦しそうな表情をしていたから、我侭を言うのは止めた。
(………………)
きっと、鴇が一番、辛いんだから。
望んでないことは、痛いほど分かる。だって、鴇は中条さんが大好きだ。
中条さんだって、そうなのに……。


『こんな不満足な子供の世話までさせて』

最初に会った時、あの中条さんのお兄ちゃんだという男の人は、多分鴇にそう言った。
僕が耳が聞こえないから何を言ってもいいって思ったのかもしれないけど、僕は簡単な言葉なら 唇で読み取れる。
だから鴇はすぐに僕の目を塞いだ。
でも、それからずっと瞼に触れる鴇の手は震えていたから、きっともっと酷い事をたくさん言われたんだと思う。

なのに、鴇は「今日あった事は、中条さんには内緒だ」そう言った。
少し強張っている鴇の様子に 中条さんはすぐに気が付いたけど、鴇は何もない素振りを押し通した。
「何かあったのか」って中条さんに聞かれたけど、鴇が「絶対言うな」って目をしたから、僕も何も知らないと首を振った。

僕は、鴇の為に何も出来なかった。

そうやって、鴇は何度か中条さんに内緒でたくさん傷ついた。




帰ってきた鴇は真っ直ぐに僕に向かってきて、とても長い間僕を抱きしめていた。
心が泣いてるって、すぐに分かった。
僕も悲しくて、苦しくて、一緒に泣いた。
どんなに背伸びをしても、僕の手はまだまだ鴇の胸には届かないけど、それでも、もう痛くないようにって何度もおまじないをした。
今までずっとずっと守ってもらってきたから、これからもっと大きくなったら、鴇を守ってあげられるようになりたいって、本当に強く思った。


中条さんの代わりなんて、僕にも誰にも、出来ないけれど…。



少し気持ちが落ち着いてから、「何食べたい?」と聞かれて。
(クレープ)って答えたら 鴇は少し疲れたように笑って、用意をしてくれた。
でも分かってる。きっと今、何を食べても 美味しいなんて思えない…。



(…鴇ー)
「…ん?」
ちょいちょいと手招いて、優希は美柴の顔色を伺う。
我に返って 顔を上げた美柴は、小首を傾げて見せる。
(…だいじょうぶ?)
とても心細げな優希の表情に、美柴はそっと息を零す。頷いた。
「…平気だ。……生地、焼く」
そうして、優希からボールを受け取ろうとした。


その時、玄関の開く音と同時にリビングの通報ランプがくるくると光った。


「!」
(!)
途端、美柴が強張って、優希も目を見張る。
こうもあっさり家に入ってくるのは、自分たち以外は中条だけだ。

ガチャと少し乱暴に開いたドア。
見るからに苛立っている、中条だった。

「どうゆうつもりだ」
低く重い声は、有無を言わず美柴を責める。
自分の知らないところで何があったのか、今日、すべて兄から聞かされた。

絶対に言ってはいけない言葉を、数多く、美柴と優希にぶつけた事も。

憤りが抑えられず、力任せに殴りつけて、怒鳴りつけて、戻ってきた。
美柴に対しても、腹が立った。
どうしていつも何も言わずに一人で背負おうとするのか。
優希を傷つけられて、それでも何も言い返さなかったという美柴が許せない。
俺の家族だろうが何だろうが関係ない。我慢なんてしなくて良かったのに。


「…………」
美柴は、すっと中条から視線を外して 優希から貰い損ねたボールを受け取る。
温まったホットプレートに、薄く生地を流しはじめた。
そうして静かに中条を無視する様子に 優希が少したじろぐ。おろおろと 美柴と中条を交互に見る。


荒い足音を立てて、中条は美柴に詰め寄った。
パシリ!と生地を流す手を捕まえて 無理やり自分の方に向けさせる。
ガシャンとボールが床に落ちて 生地がこぼれ広がった。

「…放せ」
「答えろ」
「…何をだ」
「どうゆうつもりだって聞いてる」
「…俺から話す事は何もない」


ガンッ!!


テーブルが思い切り蹴飛ばされた。
グラスが倒れ、ジュースも生地に混ざって床に零れた。
ビクと竦みあがった優希は 椅子の上で小さくなる。
その様子を横目で見て、美柴は中条を睨む。

「放せ」
「俺はそんなに信用ないか」
「……………」
「なんで俺に何も言わなかった」
「……言ったところで、何か変わるのか…」
「変わるだろ、お前一人で兄貴に会うことは無かった」
「二人で会えば何か変わるのか」
「あ?」

少し、美柴の声が硬くなった。

「これから先、俺や優希がいたら面倒が増えるだけだ…。俺だって、あんな思いをするならアンタと付き合わないほうがいい。むやみに、優希を傷つけるような道は選びたくない。」
「優希を理由に逃げるのか」
「そうだ。優希は、誰にも傷つけさせない。」

頑なな美柴に怒りが込み上げる。

「…適当に誰かと結婚して、ありきたりな生活をすればいい。もう、俺達は関係ない。」
「ふざけんなよ お前が本気で言ってない事ぐらいな!見てりゃあ分かんだよ!!」
「だったら帰れ…!!!」

互いについに感情が爆発して 怒鳴り合う。
美柴は中条の手を振り切って逃げようとした。
これ以上顔を見ていたら、言わなくていい事まで飛び出しそうだった。

(本当は何もかも捨てて、ここに居てほしい)

でもそんな退廃的な事は望めない。
中条が本気で自分と優希を想ってくれているのは充分分かっている。
でも中条の家族を目茶苦茶にしたいわけではない。
自分が身を引けば、中条が家族から疎外される事も、優希が他人から酷い事を言われる事も無くなる。
自己犠牲。中条はきっとそれが気に入らないのだ。
分かっている。何もかも。
どんな道を選んでも、どこかで誰かが傷つく。


「俺が帰る場所はここだ。」
「っ…!」

中条の言葉が、こんなに辛い。

「美柴…」
「違う。もう、此処には来て欲しくない…!」
「本気じゃねぇーのは分かってるって言ってんだろ!」
「本気だ…!!」

それでも言い張る美柴に、キレてしまった。
「自分に嘘ついてんじゃねぇーよ……分からせてやる」
「!」
肩と腕を掴んで ダン!と荒く壁に叩きつける。 そのまま無理矢理キスしようとした。

「っ!?」
美柴は慌てて中条を突き飛ばし逃げるが、すぐに捕まった。
「ッ…放せッ」
「本気で嫌なら殴るなり蹴るなりすりゃあいいだろーが!!」
「…ッ!!」
揉み合いになって、二人がぶつかるテーブルから次々に食器が落ちていく。
散乱する破片や生クリーム、クレープ生地。
優希は 愕然と椅子の上でそれらを見ている事しか出来ない。

「っ!!」
ついにリビングの真ん中で、美柴は足を突っ返し 押し倒された。
覆いかぶさる中条が 抵抗する手首を掴んで床に押し付ける。
舌に噛み付こうとするような荒く深いキスをしてくる中条に、息を飲んだ。

「ッ…や、めッ」
「うるせぇーよ」
「痛…んッ」
静かな怒りを滲ませて、中条は暴れる美柴の両腕を押さえ込んだ。
片手で、乱雑な手つきで 服の中を探る。胸の突起を押し潰して、爪で引っ掻く。
「ッあ…!?」
まさかと凍る美柴を余所に 中条は執拗に首筋を噛んだ。
その手が下着に手をかけてきた瞬間、

「っ!!!」

美柴は反射的に、中条の顔を全力で殴りつけていた。
焦りと怯えと驚きで混乱する。
そして何より、中条から逃げたい気持ちが勝る。

「っ!………」
思いきり殴られた中条は、しかし何も仕返すことなく 黙って静かに美柴を見据える。
無表情の、ただならぬ中条の空気に、息を飲む。
「ッ…」
はぁはぁと息を上げて、美柴は中条から恐る恐る後ずさる。

「ッ!?優希…ッ」
視界の隅で、椅子の上の優希が目を見開いてガタガタと震えているのに気がついた。
取り替えしのつかない事態を見せてしまった。
後悔と自責で 美柴は慌てて優希に駆け寄る。
優希は大きな両目いっぱいに涙を溜めて、怯えきった表情で美柴を見上げた。
う、あ、と言葉にならない恐怖感を訴えた。

「…っ!」
唇を噛んで、美柴は強く優希を抱きしめた。
理不尽な暴力は、優希の1番怖がるものだ。
痙攣するような震えを落ち着かせてやりたくて、聞こえない優希の耳元で「大丈夫…大丈夫だ」と祈るように繰り返した。






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