小説 | ナノ


▼ 横恋慕

■曖昧な関係の中鴇、に横恋慕!(全2P)



「……来なくていいって言ってる。」
「お前の要望を聞く気はねぇーよ」

そのバーに入って カウンターへと進むと 中条は必ずといっていいほど美柴に冷めた一瞥を食らう。
中条にとってはそんな美柴の不機嫌は面白くて、薄笑いで受け流す。身近なスツールに腰を掛けた。
相変わらず むーと中条の来店を歓迎しない美柴の前に、スーツ姿の男が座っていた。


「やぁ、こんばんわ。よく会うね?」
一個挟んだスツールから 30代と思われるその男が中条に声を掛けてくる。

「こっちは会いたくねぇーんだけどな」
言いながら、煙草を出して火を灯した。
中条がこのバーに顔を出すようになった頃から 彼は確かにカウンターの端でよく見かけた。
一人で静かに飲んでいる男には連れは居ないらしく、二杯ほど飲み終えたら帰っていくような 浅い常連客のようだった。
がしかし、ここ最近は 美柴にべったりだ。

どうやらそんな男にとって、現れれば毎度美柴をお持ち帰りする中条の存在が気に掛かるらしい。
向こうから 「北原っていうんだ。常連仲間さんだね」と自己紹介をしてきた時には 内心驚いたものだ。

「よく会うぐらい、通ってるんじゃないかな。お互い様だよ」
「あんたも美柴相手によくだな?脈なしだろ、こいつ」
「それはどうかな?まだ分からないよ」
「…あっそ」
中条の素っ気無い反応を はんなり笑ってから、北原はお目当てのバーテンダーに視線を戻す。
ちょうど注文していたカクテルを持って 戻ってきたところだった。

「……マティーニです」
「ありがとう」
コースターの上に細いグラスを差し出された美柴の手に、男は優しく微笑んで手を添えた。
あきらかに、色の灯った視線と仕草。
一瞬、美柴が驚いた様子で目を見張った。
しかしどうやら毎度のことらしく、振り払ったり 無理に引き剥がしたりはせずにいる。

「これは店長さんが作ったのかな?」
北原は美柴の手を捕らえたまま、覗き込むように問う。
問われた方は 小さく頷いて、「……難しいので」とだけ答えた。

「そっか、惜しかったな。じゃあ今度は美柴くんが作ってくれるものを頼もう」
ありがとう、ともう一度微笑んで 北原はようやく美柴の手を解放した。


「……………。」
見てるこっちが恥ずかしくなるような口説き方だ。
そして美柴がそれを強く拒絶しないことも、微かに腹に引っ掛かった。

「あぁそうだ。君はいつも美柴くんに作ってもらうよね?何を頼んでるのか聞いてみてもいいかな」
人当たりの良い調子で、北原は中条のほうを向く。
その上辺だけの笑顔に、中条は微かに苛立ちを覚え 対抗するように薄笑いを返した。

「そんなに作ってもらいてぇーなら、美柴に聞けばいいじゃねぇーか」
「そうだけどね。君に断りを入れずに頼むのは、どうかなと思って」
「……あ?」


「黙って手を出すなんて、抜け駆けみたいでかっこ悪いだろ?」


余裕を見せ付ける、北原の笑み。


「…………………。」
中条は気分の悪さを隠さずに 眉を潜めた。


その日、中条は美柴が上がる時間の少し前に会計を申し出た。

「もう帰るの?鴇これ終わらせたら上がりだから、ちょっと待っててね」
店長はジャケットを着込む中条を見て、美柴に最後の仕事を振り当てる。
美柴の交友関係を気に掛けているらしい店長は よくこうして中条にも気を遣ってくれる。
北原もスツールから不思議そうに中条を見上げた。

「いつもは最後までいるのに。珍しいね?」
「用があんだよ」
北原への返答もなあなあに、中条はレジから釣銭を持って戻ってきた美柴に手を伸ばす。
札を受け取る流れで、少し強引に美柴を引き寄せた。


「煙草買ってくる」
「…?別にそんな、」

ちゅ

「言わなくてもいい」と続くはずだった美柴の唇に、軽いキスを落とした。

「ッ!?」
「裏口んとこ、俺が居なかったら待ってろよ」
「…!…!?」
尻尾が爆発した猫のように 美柴が目を見開いて固まる。
北原と店長も 突然のことに唖然と口を開けた。
そんなカウンターの面々に、特に北原に向かって、中条は悠然と笑った。

「じゃあな」

イライラと燻っていた気分はスカッと晴れていた。


−−……


翌週。
今日は飲む気になれず、しかしなんとなく気持ちと身体を持て余し、中条は美柴を迎えに来ていた。
いつも潜るバーの入り口を通り過ぎて 裏口を目指す。
携帯を光らせれば、もうすぐ美柴が出てくる時間。
美柴に連絡はしていない。そして確か木曜の美柴のスケジュールは一限から授業。
おそらく、中条を見た美柴の一言目は「…行かない。」だ。
けどそんなのは中条には関係ない。そのまま攫って家のベッドに直行だ。

どれだけ不機嫌でも、その気がなくても、美柴は結局最後には中条に流されてしまう。
そうして自分の腕の中に陥落する美柴を見ると、たまらなく満足する。

今日もそうなるのだと 内心で策しながら、中条はその角を曲がった。


「………何してんだ あんた」
「…あれ?今日は来ないと思ってたのに」

裏口に居たのは、北原だった。
一気に気分が悪くなる。
こうゆう時に自分の頭の回転の良さを恨む。


「抜け駆けはしないんじゃなかったのか?」
苛立っていることを悟られないように、薄笑いで北原に歩み寄った。
北原は それを上回る笑顔を返す。


「美柴くんに聞いたんだ。君と美柴くん、付き合ってるわけじゃないんだってね」
「…それがなんだよ」
「脈なしなのは、君も同じなんじゃない?」

なんて人の神経を逆撫でするのが上手い言い様だ。
ひくりと頬が引き攣ったのを自覚する。

「同じ?アンタと一緒にしてもらいたくはねぇーな」
確かに、美柴とは恋人なんて甘ったれた関係ではない。
自分もずいぶん爛れた女性関係を持っている身だし、美柴の交友関係に口を挟む道理などない。

美柴が誰とどこで何してようが、関係ないのは分かっている。
だがしかし、こうもわざとらしく他人に手を出されると。

「あんたとじゃあ、美柴は朝帰りなんてしないだろーよ」
「セックスの回数しか自慢できないなんて、希薄な関係だな。良かった、それなら俺でも挽回出来そうだ」

気に入らないもんは気に入らない。

「−…人のもんにちょっかい出して遊んでんじゃねーぞ…」

低くドスの利いた声が、じんと裏路地に落ちた。

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