小説 | ナノ


▼ 傷口



ゲーム中、美柴は体躯の良い敵に吹っ飛ばされ、壁に突出していた針金で背中に酷い引っ掻き傷を負った。


それが、数日前の話だ。


「早く脱げよ」
「…………。」

ベッドに座った美柴は、心なしか不服気な視線を中条に寄越す。
見られた方は手に消毒液を持ったまま 溜息で応える。

「お前が診てくれって言ってきたんだろーが。何で俺がそんな目で見られなきゃなんねぇーんだよ」
「……………。」

美柴は自分の浅はかさを呪っていた。

傷を負ったあの時、痛みはあったものの我慢できないほどではなかったから 美柴は手当てもおざなりにしていた。
背中の真ん中辺りだったせいもあって、鏡で見ても傷の程度はよく分からなかったのだ。
大したことではないと思っていた。

しかし日数が経つにつれ、痛みはズキズキと皮膚の下で疼くようなものに変わっていた。
シャワーを浴びた際は 酷く滲みて、思わず息を飲んだほどだった。

さすがに病院に行くべきかとも思ったが、経緯が経緯なだけに躊躇してしまう。
知り合いに診てもらう、としても思い浮かぶのはバイト先の店長ぐらいで。
しかもその人に診せるとなると きっと病院の医者なんかよりももっと心配して、色々聞かれる可能性が高い。

……嘘を吐いたとしても、決して誤魔化せるわけはないだろう。
どっちにしろ心配をかけてしまう。
それだけは、避けたかった。

そんな八方塞りの状況で、頼れるのは不本意にも中条だけだった。

「……………。」
電話口で「怪我の様子を診て欲しい」と言うだけで かなり要力が要ったことを思い出す。
意外にもあっさり「分かった」と了解して 美柴を家に呼んだ中条は、今、横で応急処置の準備万端である。


「ほら、早く脱げって」
「……………。」
医学をかじっている人に診てもらえるのは有難い…とは思うけれど、その言い方がどうにかならないものか。

渋々、美柴はカットソーを捲り上げて脱いだ。


「膿んでるな。お前なんでもっと早く言わないんだよ」
美柴の背中を一目見て、中条は あーあと溜息を零す。
そうして 消毒液を湿らせたタオルで傷を丁寧に拭いた。
布地が傷に触れる度、美柴は ぐっと息を詰まらせて痛みに耐える。

「自業自得だからな、我慢しろよ」

乾いた血液や膿んだ体液に付着している塵。そのままにしておけば治りは一層遅くなる。
ピンセットでそれを一つづつ取り除く作業。
傷口のきわに張り付く塵を摘むと、我慢できなかったのか、美柴が小さく声を洩らした。

「イッ…あッ!」
ビクリと 痛みから逃げるように、背筋が反らされる。
後ろから見たその姿は まるで情事のそれだ。
中条は思わず くくと笑った。

「お前ー、変な声出すなよ」
「〜〜出してな、い…痛ッ!!」
「危ねぇーだろ 動くなって」

美柴が反論しようとバッと振り返った拍子に、ピンセットが傷口に刺さってしまった。
中条は「もうちょっとだ」と宥めて、美柴を前に向きなおさせる。

相当痛かったのか、美柴はもう無茶な反論はせず ぎゅっとシーツを握り締めて痛みに耐え続けた。

「―…はい、終了。」
最後の塵を取り終えて、中条はピンセットを放り投げる。
ようやく安堵した美柴が、はぁと強張っていた身体を解放する。
呼吸まで我慢していたのか、妙に息まで上がっていた。

「今日はもう一回消毒して終わりだな」

瘡蓋になっていた部分も多少剥げてしまった。
血が滲み出る浅い傷の周辺に、中条はそっと指を当てた。

「っ」
最初の消毒の痛みを思い出して、美柴はまた呼吸を飲んだ。
でももう少しだ。もう少しで手当ても終わる。
そう言い聞かせて 痛みに備えてぎゅっと瞼を閉じた。

「!?」
でも、やってきたのは痛みだけでは無かった。

「!?…な、にして」
チリと焼けるような痛みの中で、背中に感じたのは確かに生暖かく濡れた熱だった。
肩越しに振り返ると、中条は艶かしく舌を出して 少し笑っていた。
舐められたのだと悟って 美柴は中条を慌てて押し返す。
中条がさらに笑みを深くしたのが見えた。

これから起こるであろう出来事を予感して、美柴は せめてもの抵抗で ギリと睨んだ。

「……ヤブ医者」
「医師免許は持ってねーしな…?でも、」
出来るだけ傷口に負担のないように 自分を抱き寄せる中条が、憎らしくて堪らない。

「お前だけの主治医にはなれるぜ?」

深く塞がれる唇に、「寒い台詞だな」と返すヒマは無かった。



■この感じが、たまらない(え?あぁ、そう。)


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