小説 | ナノ


▼ 誰も知らない

■家族になったばかりのちび優希鴇+店長さんのお話。



『お前には無理だ』

優希を引き取ると話したとき、オーナーははっきりと俺にそう言った。

「犬猫じゃないんだぞ。そんな簡単に子供なんか育てられるわけがないだろ」
「……分かってる」
「分かってない。全然、分かってない。いいか鴇、お前はそんなに器用な奴じゃない。自分でもそれぐらい分かるだろ」
「…でももう決めた事だ」
「だったら白紙にしてこい。お前には絶対に無理だ」
「……………」
「何かあったらどうするんだ。俺は何もしてやれないぞ お前に責任が持てるのか」

俺を心配してのことだとは思う。分かってる。
けど……いくら今まで世話になった人の助言でも、こればかりは聞き入れることは出来なかった。

「誰にも迷惑はかけない。これは、俺が決めた事だから」

それから、オーナーとはあまり口を利いていない…。


【FLOWER】


「美柴さん、美柴鴇さん」
「……はい」
待合席にいた美柴が立ち上がると、隣に座っていた子供もぴょんと立ち上がって後に続いた。
結局、美柴は誰にも相談することなく新居を決め、その子を迎え入れる準備を終わらせた。
たった二人だけの、小さな門出。
それでも、その二人にとってはとても暖かい 新しい未来の始まりだった。

カウンターで 役員から書類とボールペンを渡される。
「こちらにお子さんの名前を」
そう言って指された空白欄に 黒いインクを滑らせる。

〔美柴優希〕

(僕の名前!)
カウンターに背伸びをしていた優希は 美柴にそうサインを見せる。
そして、とても嬉しそうに笑った。



−−−−−−−



バーでのバイトはまだ続けている。
新居に引っ越しても、優希との最低限の生活費を見越しても、金は有り余るだろう。
それでもバイトを続けているのは 働かないで生きていくなんて都合の良い生き方が性格上許せないからだ。

仕事中、優希は託児所に預けている。
優希の担当医から薦められた託児所で、そこなら手話の出来るスタッフもいて 深夜でも対応してくれる。
水商売や夜勤業務の親が多いこの地域では こうゆう場所があるのだ。

ただ問題は、もうずっと優希が熱を出してるということだ…。


「……はい、お願いします…。じゃあ…」
勤務中 同僚に呼ばれて電話に出ると 担当の保育士からだった。
優希の熱が少し上がって 頭痛を訴えているという内容。
預けていく時 繋いでいた小さな手と、不安げに見上げてくる表情が脳裏によぎる。
閉店まであと二時間。………地面に沈み込みそうなほど重い二時間になりそうだ。

「具合、悪いのか…?」
「…!」
受話器を置いて振り返ると、オーナーが壁に寄りかかってこちらを見ていた。
「今からなら送ってくぞ。どこの託児所だ?」
「関係ない」
「……なぁ鴇、」
「迷惑はかけないから」
最後まで聞く前にそう振り払った。
すれ違って カウンターに出て行く自分を、オーナーが溜息を吐いて見ているのは……分かっている。




ー−−−−−−


二時間半後。
コンビニで軽い夕食を買って、託児所に向かう。
保育士は「何もしてやれない」と嘆くが、傍にいてくれるだけでも充分助かっていると思う。
その日の様子を書いた連絡帳を受け取り、眠っている優希を抱えて帰路についた。

途中、優希は目を覚ましても そのまま寝たふりをしていることがある。
甘えているんだと分かっているから、起こしたことは一度も無い。

家に帰ると、ぐったりしている優希を寝室へ連れて行った。
ここ一週間続く微熱は 「環境が変わったばかりだからだろう」と診断されている。現に、家にいる間は熱も下がって 頭痛も治まる。
今の託児所が合わない、とは思えない。保育士は優希の障害や境遇に理解があって 極力ストレスの無いように努めてくれている。
……となれば、あとは時間が解決してくれるまで待つしかない…。
優希の身体がもつ間に、なんとか環境の変化に慣れてくれれば…。

ベッドに横になる優希に 毛布をかける。
不安そうな表情と目が合った。脇に屈んで、どうしたと首を傾げる。

(……ごめんなさい)
(…?なんで謝るんだ)
(……………)
何か手話を作ろうとした優希の指は、ぎゅうと毛布を握り締めた。
下唇をかんで、泣くのを我慢している。睫毛のギリギリにまで涙が溢れていた。

(……どうした…?)
(…ずっと、熱が下がらなかったら…また、病院に戻らなきゃだめかな?)
(……………)
(僕は鴇といっしょに…暮らしちゃ、だめ?)

目の奥が少し熱くなった。ぐっと締め付けられる様な痛み。
ふぅと息を吐き その感情を鎮めて、首を横に振った。

(そんな事、誰にも言わせない)

優希はもしかすると、そんな不安をいつも抱えているのかもしれない。
そう思うと遣る瀬無くて、だけどただ隣で一緒に眠って 朝を迎えるまで傍にいてやるのが精一杯だった。



−−−−−−−ー



今日も、店にはどこかの託児所から鴇へ電話があったそうだ。
閉店作業が終わると 鴇はやはり早々に帰ってしまっていた。
ほかの従業員に聞いても、どこに行ったか分からない。
鴇は俺以外の人間に 優希のことを話していないのだ。

……正直、後悔していた。
あの時の鴇の表情を見れば、生半可な覚悟じゃないのは分かっていたし 鴇がただの同情や寂しさであんな事を言い出す様な奴じゃない事も分かっていた。

鴇はここに来た時から 人を頼りたがらない子だった。
それでも、今までたぶん俺には素直な面も見せてる様子だった。
決して自惚れではなく、鴇は俺を信頼してくれていたと思う。
だから「引き取りたいと思う」と 話してくれたのだ。
その男の子は 孤児で耳が聞こえないという話だった。もしかしたら、色々と相談したい事だってあったのかもしれない。

けど鴇はあれから、何かにつけて「迷惑はかけない」と言って 俺を避けている風だった。
……鴇は本当に、誰にも頼らなくなってしまった。

心配で心配でしょうがなかった。



「鴇!」
エンジンを切るとちょうど託児所のビルから鴇が出てきたところだった。
腕に抱えられている子が優希だろう。頼りない両手が、鴇にしっかりしがみついているのが見えた。

振り返った鴇は驚いた様子で 駆け寄る俺をまじまじと見た。
背中を軽く押して 車の傍まで鴇を寄せる。その首元に顔を伏せている子供を覗き込んだ。

「熱があるのか?病院には行ったのか?」
「……なんでここに」
「電話の履歴で調べたんだ。ちゃんと認可受けてる託児所で良かったよまったく」
「……………」
「ほら、乗って。送ってくから」
「…いい。迷惑かけないって言った」
「いいから乗りなさい。ちゃんと布団で休ませてやらないと駄目だ」

鴇の頑なな態度に、思わず 叱りつけるような強い口調になってしまった。
反発されるかと一瞬危惧したが、ここで引き下がってはダメなのだ。
目をそらさずに強く見つめると、鴇は一拍 妙な間を空けたが それでも静かに頷いた。
ほら、とドアを開けると 子供を抱えたまま助手席に乗った。
内心 無視されなくて良かったと安堵しつつ、運転席に乗り込む。

「家、引っ越したんだっけか。どこだ?」
「……先に病院に。今電話したら、診てくれるって」
「そうか。よし、どこの病院だ」
そう尋ねながら隣を向くと なんと抱えられた子供と目が合った。
とても不安そうな、さっきまで泣きじゃくっていたような目。

「大丈夫。すぐ連れてってやるから。な?」
だから心配するな、とニコッと笑ってみせたが 子供は言ってる途中で ふいっと顔を鴇の肩口に埋めてしまった。
気がついた鴇が 前を見たまま素っ気無く言う。

「聞こえない。」
「……………あぁ そうだったな…」

言い返す言葉が無かった。





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