小説 | ナノ


▼ 優希アキラ

■優希アキラ


(アキラはお人好しだ)
優希はよく俺をそう言う。
だけど俺からしてみれば、優希、お前だって充分お人好しだと思うんだよ。



「……どこまで行くんだよこれ…」
(分かんない。まぁいいじゃない、ヒマなんだし)
都バスの一番奥の後部座席、優希とアキラは並んで座っていた。
うんざり顔のアキラに比べ、優希は少し楽しそうに笑っている。
「……なんでこうなった」
アキラはやれやれと溜息交じりにそう呟いた。


今日、二人はアトリエの近くにある図書館に来ていた。
気になる本があるからと言う優希に、渋々アキラが付き添った形だった。
活字なんてほとんど読まないアキラにとって、図書館はただただ息苦しいだけの空間だ。特に読みたいものがあるわけでもなく アキラはふらふら本棚を見て回る優希のあとを 同じようにふらふら歩いていた。

優希がピクリと身体を強ばらせたのは、その時だった。
付き合いが長いアキラは その表情の変化で何が起こったのか理解する。
「……どこ」
(奥。突き当たりの棚の前)
優希は驚いた表情を和らげると 静かな眼差しで前方を見つめる。
(女の人。僕らより年上、大学生とかそのくらいかな。……凄いこっち見てる)
勘弁してくれと思いながらも アキラは目を凝らして優希と同じものを見ようとした。
「…怒ってんの?」
けど、やはりアキラには本の壁しか見えなかった。
隣に立つ優希は変わらずじっと何かを見つめている。
そうやって、普通じゃ見えない存在と一騎打ちの睨み合いをしてるのだとしたら、優希はやぱり度胸があるとアキラは思う。
(…どうかな。怒ってるっていうよりは……気づいてくれって感じかな)
「やめとけよ」
(大丈夫。ちょっと話してみるだけ)
引き止めるアキラの手を無視して、優希は自分の視える世界に入り込んでいった。

「………大丈夫かよ…」
優希がそう言ったまま ピクリとも動かなくなったのを見て、アキラは重い溜息を吐いた。
まるで優希だけ時間が止まったようだ。
瞬きもほとんどせず、直立不動の優希は 今 その普通じゃ見えない存在と会話をしている。
「……ここで気ぃ失うとかマジないからな…」
それがどうゆう原理なのかは、アキラはよく知らない。
優希は死んだ人間が視えて 条件が良ければそれと話をしたりする。
いわゆる、おばけが見える というやつだ。
相手が良い時は 話をするだけで済むのだが、タチの悪い者に引っかかると 優希は身体に酷いダメージを受けることがあった。
高熱を出して意識を失ったり、どこにもぶつけていないのに 鬱血痕が出来たり、以前には一時目が見えなくなるなんて事にもなった。
これに関しては優希の家族もかなり心配していて、出来るだけそちら側の存在とは関わらないようにといつも優希に言い聞かせている。もちろん、日頃一緒にいるアキラにも。

(…無理に決まってんじゃん)
優希は線も細く 朗らかなように見えて、その実とても頑固で一度言い出したら聞かない性格をしている。
死んだ人の声を聞く。これが自分に出来る事だと信じて疑わない優希は よほど悪意を感じる霊以外は こうして会話を試みていた。
アキラに出来るのは、そんな優希が無事に帰ってくるのを いつも傍で待つことだけだった。
アキラはすっと倒れそうになる優希の背を軽く支えて、早く終われと願う。

(ー…行こう)
「え?」
凍っていた優希が急に大きく息を吸った。そして唐突に前に歩きだした。
何、と訝しい顔をするアキラを置いて 優希は突き当たりの棚から一つの本を取り出した。
じっと表紙を眺めると おもむろにパラパラとページを捲り始める。
「何。説明しろって」
(!)
「あ?」
途中、ページの合間から数枚の原稿用紙が滑り落ちた。
アキラが拾い上げてみると 論文か何かの下書きのようだった。

それを見て、優希は満足げにほくそ笑む。

(届けに行こう)
「…は!?これを!?何処に!?」
(知らなーい。ついて行けばいいから、大丈夫だよー)
そして優希は ルンルンと軽く歩き出す。
「待てよお前!そんな簡単に…!」
(早く来ないと置いてっちゃうよぉー)
「……あーもー」
まるで遠足にでも行くかのような優希の背中に、アキラは肩を落とす。
「すげー遠かったらどうすんだよ…!」
けれど慌てて駆け寄って、優希の隣に並んだ。


(僕、バスって乗るの初めてかも)
えへへと嬉しそうに笑う優希に、思わずアキラも笑う。
「俺お前の"初めて"にかなりの確率で立ち会ってる気がする」
(こないだマックも初めてだったもんねー)
「注文したの俺だけどな」
(人がいっぱい並んでるからドキドキしちゃった)
「田舎もんかお前は」
そうやって会話を交わす間も、優希は何度かチラチラと窓際を見やった。
どうやらそこに”彼女”がいるらしい。アキラは奇妙なむず痒さを感じて その辺りを指差してみる。
「いんの?」
優希は ふふと笑う。
(指差したら失礼だよー。その原稿用紙、どうしてもお家に届けたいんだって)
ふーん、と相槌をして アキラはずっと持っていた紙を広げると 改めて読もうとした。
「わ!」
突然 ぶわっと足元から風が吹き上げ、アキラの仕草を遮った。
車内なのに巻き起こった乱風に、アキラはしばし呆然とする。
その顔を見て、優希がまた可笑しそうに笑った。
(恥ずかしいから見ないでってさ)
「……だったらあんな本の間に忘れんじゃねぇーよ!」
見えないが その辺りだろうと検討をつけ、アキラは彼女にムキーと牙を向いてみせる。

(……自分が死んじゃうなんて、思わなかったんだって…)
少し寂しげ微笑んで 優希はそう指を動かした。
アキラは切なさや怒りが混ざり合った気分で、ふんと鼻を鳴らし 座席に深く座りなおす。
「……死んだ奴はみんなそう言うよな。ったく、優希に感謝しろよな!」
自分が痛手を負うかもしれないリスクを背負って、優希は死んだ誰かの声を聞いている。
それを、彼女に分かって欲しかった。


夕方前になってやっと辿り着いた彼女の家の前。
優希とアキラはその玄関先で立ち尽くす。
「……どうすんの?」
(……お嬢さんの霊から聞いてやって来ました、なんて言ったら追い出される?)
「当たり前だろ、っつーか最悪通報されんだろ」
(………あの、これが届けば、いいんだよね?)
と、優希はアキラとは逆隣を向いて 小首を傾げた。
返答はイエスだったのだろう。優希は 小さく頷くと、アキラから原稿用紙を受け取る。

(字を見ればきっと、娘だって分かってもらえるもんね)
丁寧に折り畳むと、それをそっと郵便受けの中に滑らせた。
優希は誰もいない空間に向かって、笑った。

(…ほら、もう大丈夫。安心して)

何か会話をしたのだろうか、優希はしばらく首を横に向けたまま動かなくなった。

「…………。」
アキラはそれを、ただ黙って見守っていた。


(よし、帰ろう)
不意に動いた優希は、強張った身体を解すように「んー」と高く伸びをして アキラに笑った。
「…消えた?」
(うん、ありがとうって笑ってくれた。アキラにも、付き合ってくれてありがとねって)
「……そっか」
アキラは彼女よりも 優希が笑っていることに安堵していた。

ぽてぽてと気だるそうに帰路を歩く二人は、それでもどこか晴れ晴れとしていた。

「…てかお前結局本借りてなくね?」
(……あ。)
「バーカ」
まったく、こんな面倒な事を買って出る優希は 本当にお人好しだ。
やれやれと笑いながら空を見上げるアキラの袖を、優希は伺うように上目遣いに引っ張った。
(アキラくーん)
「…なんだよ気持ち悪ィーな」
(…今日のこと、トキ達に言っちゃやだよ?)
「あーはいはい」
(絶っ対ダメだからね、結構怒られるんだから!)
「口止め料だ、肉まん奢れよな」
(あ。じゃあアキラは僕にあんまん買ってね)
「なんでだよ…!?」

そうして結局、優希はアキラに肉まんを、アキラは優希にあんまんを買う。
ほかほかの湯気の中、嬉しそうにあんまんを頬張る優希を見て アキラは呆れながら笑うのだ。

(人の気も知らないでまったく、)

優希は本当に、頑固でワガママで、お人好しだ。






[ back to top ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -