小説 | ナノ


▼ 3



会話はひとつもない。
隣に並んで歩くこともない。
今ここを通り掛かった人がいても、この二人を連れだと思うことはないかもしれない。

「………。」
美柴は駅を出てからずっとこれがどうゆう事なのか考えていた。
どうして降りろと言われたのか分からない。
前を歩く中条の背中を見ていても、何を考えているのかなんて分かるわけもない。
……もしかしたら、ただヤリたいだけなのかもしれない。
部屋の中に堂々とコンドームを放置しているような男だ。こんな時間に女を呼ぶのは面倒だから、ちょうど傍にいた自分を呼んだ。これが正解かもしれない。
「……………。」
そこまで考えて、凄く嫌な気分になった。
なぜあの時、呼ばれたからといって電車を降りてしまったのだろう。

最近中条のことで後悔ばかりしている。


「…テキトーに座れ。ちょっと待ってろよ」
意外と大人しく後ろをついてきた美柴に、中条は内心驚いていた。
帰れなくなったとか部屋が汚いとか、なにか文句のひとつでも言ってくるかと思ったのに。
特に返事も頷きもせず 部屋に上がった美柴は ベッドを背に座り込んで、汚いテーブルの上を眺めている。
何を考えているのかさっぱり分からなかった。
「手ぇ出せ」
中条が一息ついて 美柴の隣に屈むと、じぃっと警戒心露わに顔を見上げられた。
「捻ったかなんかしたんだろーが。そのままにしてたらしばらく痛むぞ」
そう言って 散らばった床から湿布を引っ張り出して見せる。
「どうせお前一人じゃ手当てもしねぇーで放っておくんだろ。これ余ってるから貼っておけ。少しはマシなはずだ」
「………………。」
そこで美柴の表情が少し丸くなった。パチパチと瞼を瞬いて、確認するように中条と湿布を交互に見る。
「……くれるのか?」
「あ?痛むんだろ?だから呼んだんだろーが」
「………………。」
渡された湿布を困ったように見つめる美柴を、思わず笑ってしまった。
「何、お前、俺が何考えて降りろって言ったと思ってたんだよ」
「………別に痛くないって言った」
「はいはい、いいから貼れよ。貸せ、巻いてやる」
中条は美柴の手首を持って 軽く視診をした。
ガサツな性格とは打って変わって、丁寧な処置をする中条は、軽い打撲だと判断すると 湿布をそこに巻いた。

「………。」
その間、美柴は黙りこくって手当てされる自分の手首を見ていた。
疑っていたことが気まずくて、「ありがとう」という簡単な言葉が出てこない。
微かに眉を寄せたその表情に、なんとも言えない難しい気持ちが表れていた。

これで良しと美柴の手首を開放しようとした中条は、その表情を見て 手を離すのを止めた。
ちらりと合った眼差しに、問う。

「…お前、俺が怖いのか?」

すぐには答えが返ってこなかった。
美柴は心に不意を突かれ、少しだけ息を飲んだ。
中条の目はじっと美柴の些細な表情の変化も見逃さない。
少しの沈黙ののち、美柴は小さい声で「なんで」と言った。

「ビクビクしてんだろーが。今日会ってからずっと」
「そんなことない」
「じゃあこっち見ろよ」
「…………。」
渋々といった様子で溜息を零して、美柴は中条を見据えた。
逸らしたら負けだとでもいうような 力が入った視線だった。
中条が握った手首をそっと包むと その瞼や身体が一瞬だけビクリと戸惑った。
「…ほら見ろ。ビビってんじゃねぇーか…」
怒るわけでも嘲笑うわけでもなく、静かな声で中条が言う。
傷つけたような気がして、美柴は困ったように 唇を噛んだ。
「……違う。別に、怖いとかじゃない…」
「ならなんだ。俺は確かにお前をヤッたが、無理矢理襲ったわけじゃねぇーだろ」
「………違う」
「違うってなんだ、何が違うんだか説明しろ。お前、何考えてんだかさっぱり分かんねぇーぞ」
さすがに苛々とそう畳み掛けると、美柴は観念したのか 目を逸らして 少し俯いた。

「………後悔してる…。あの夜は……自棄になって あんたを利用するような真似をした…。今だって あんたをただヤリたいだけの男だって疑ってた…」
心無しかしょぼんと落ち込んでいる美柴の肩が、年下らしく可愛らしく思えた。
「……気遣われるとは思っていなかった。こんな打撲ぐらいで、煩わせてすまない…」
ずいぶんと自己嫌悪するタイプなのだなと、中条はこの時初めて美柴の性格と知った。
「……あー…なるほど。俺を使って抜いたのが申し訳ない上に、俺がお前をヤリたいっつー下心で誘ったんじゃねぇーかと、そう思ってたわけか」
「………………」
改めてそう言われると なんだか居た堪れない。美柴は むぅと中条を睨む。
「……そうゆう言い方はしてない」
そこで美柴のぎこちなさに納得して、中条はふと笑ってしまった。
ただの人見知りじゃない。本当に普通に他人との付き合いに慣れていない奴なのだ。
こうゆうタイプは身近に居ない。楽しくなってきた。
「へぇ?俺にはそう聞こえたけどな?」
さすがにこんな吐露は中条の気分を害するだろうと思っていた美柴は、からかうように笑う中条をきょとんと見上げる。
すると、「お前は考えすぎだ」と前置きして、中条は美柴の顔を真正面から見やった。

「まぁ確かに女を相手するより厄介かもしれねぇーとは思ったけどな。でも俺は別にお前に利用されたとは思ってねぇーし、そう疑われても悪い気はしねぇーよ。不細工な女だったら「自惚れんな」って一蹴するけどな、お前なら悪くない」
「……外見の問題なのか?」
「それだけとは言わねぇーよ。不細工ってのは、中身も外見もって意味だ」
気がついたらあっという間に ちゅっと軽いキスをされる。
「な、っ」
驚いて身を引こうとした美柴を押し倒して、中条は笑う。

「せっかく期待してもらったんだ。悪くねぇーだろ?」
「……〜やっぱり降りなければ良かった」
「そうか?お前、さっきの堕ちた気分のままで今日ゆっくり眠れたか?」
「………………。」
確かに、思ってたことを言葉にして相手に言ってみると 気分は軽くなっていた。
そしておそらく、中条も何か気持ちが晴れたのだろう。唇を深く合わせるくちづけが降ってきた。

最初は遊ぶように重なるキスが、徐々に噛み付くようなものに変わっていく。
息が上がって、余計なことを考える余裕はなくなる。
は、と互いに合わせていた唇を離してはまた深く重ねる。
そうして、キスの合間に、中条はそっと静かに呟いた。
それは諦めや現実感を含んだ声だった。

「……俺だってお前を疑って、利用することがあるかもしれない…」

こんな出会い、こんな関係だ。
互いに、互いを裏切る未来を無いとは言い切れない。
それを分かって、こうしている。

「……そうだな…」
「……そうだろ…」
こうやってまるで恋人同士のように熱っぽく交わされる眼差しに、信頼関係が生まれる日は来ないかもしれない。
きっと互いが抱えたものの為に 金さえ手に出来れば呆気なく終わらせるだろう。

「俺やお前で何かを後悔するのは、もう無しだ…」
「…そうだな」

どんな未来でもこれ以上後悔しないように、想い合わない。
互いが枷にならないようにと、美柴と中条はそう誓った。
全部分かった上で、それでも良いからと その関係は始まった。



■言い訳とか諦めなら、過去に閉まっておくから (Train/AAA)
これが始まり。そしてこれが終わり。




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