小説 | ナノ


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翌週。ゲーム当日。
一番に待ち合わせ場所に到着した美柴は、気持ちを持て余して軽く背を壁にあずけた。
出来ることならもう中条と顔を合わせたくない。
相手はきっと遊び慣れているだろうから 普段通りに接してくるだろう。
自分も無愛想なのは自覚しているから 何も無かったことを装える。
でも、あれからずっと嫌な重さが胸から消えない。
確かに身体はすっきりしたし、他人の体温に少なからず心が動いた。
でも、シギを裏切った。中条を利用した。
積もり積もった虚しさを紛らわしたかっただけだ。
誰かと上辺だけでも関係を持てば 少しは胸の内が軽くなるんじゃないかと浅はかな希望を持ってしまった。
そんな自分に失望して、シギに申し訳なくて、中条にもどう顔を合わせればいいのか分からない。

後悔していた。


「わ!」
「!?」
背後からの大声に、美柴の肩がビクンと跳ねた。
飛び上がった心臓の音に手を当てて 振り返ると、斉藤がなんとも憎たらしい笑顔で目を輝かせていた。
「鴇さんでもそうゆうリアクションするんだ!うわー!動画用意しときゃ良かったー!」
「……」
「痛い痛い痛い…!!腕もげる!ごめんなさいマジごめんなさい…!」
思考が落ち込んでいた分、斉藤の無邪気さが腹立たしくて 美柴は容赦なくその右腕を捻り上げていた。
斉藤は「ギブ!ギブ!」と懸命に美柴の肩を叩いて許しを請うていた。
「……何やってんだよお前ら…」
最後にやって来た中条は、そんな二人を見て うんざりと溜息を吐いた。
止めろ、と美柴の肩を小突く。瞬間 美柴が少し肩を強ばらせた。中条もその様子を横目に見たが、次いで斉藤の頭をベシリと叩く。

「待ち合わせも静かに出来ねぇーのかお前らはよぉ」
「中条さんにまで叩かれたー。今ね、鴇さんに「わ!」ってやったら ちゃんとビックリしてくれたんですよ!レアだと思いません!?」
「…あんなデカイ声、誰だってびっくりするに決まってる」
「だからって捻り上げることないでしょー!?報復が痛すぎるっ」

「ま、ハイリスクハイリターンってやつだな」

その何気ない一言が、聞いた美柴にも 言った中条にも、どこか杭を打っていた。


それからゲームが終わるまで、美柴と中条は視線を合わすことが無かった。
交わされる会話は作戦の確認と現状の情報交換のみ。
無駄なことなんて一つもない、いつも以上に淡白なやり取りだった。
三人で居る時はまだいい。斉藤が真ん中にいると その騒がしさが救いだった。

しかし、帰り道はそうもいかなくなった。

美柴も、中条も、帰りの路線が被ることは分かっていた。
何か嘘をついて路線をズラすことも出来たのに、双方 妙な頑固が働いてしまった。
相手の為に自分が遠回りをして帰宅するのが面白くなかったのだ。
何も気もない素振りで 「終電だよな」「あぁ」と言葉を交わして、乗った車両。
夜も遅く、乗客はほとんど居ない。
二人きりも同然だった。

長い車両席で、二人は奇妙な距離を取って座っていた。
「………………」
出来るだけ余計なことを考えず、中条は深く座って中吊りを見上げていた。
ふと、美柴の手元に目がいった。
ゲーム終了時からずっと左の手首を庇うように握っている。たまに労わるようにさすっていた。
「……痛めたか?」
中条の問いに驚いたのか 美柴は少しだけ目を見開いて中条を見た。
「それ」と中条が顎で手首を示すと、ああと納得して視線を落とす。
「……別に。我慢できないほどじゃない」
そう言って、手首を隠すように右手の平で覆う。
「……………。」
中条は一度深く溜息を吐き出して、立ち上がった。
「美柴、」
電車は駅のホームに滑り込む。
「降りろよ」
当たり前のようにそう告げた中条は、開いたドアに向かう。
美柴がすぐについてくる気配は無かった。
軽く振り返れば、美柴は座ったまま、至極不思議そうに 目を丸くしてこちらを見ていた。
「早く来い」
お前に言ってんだよ、とだけ言って ホームに降りた。

「………。」
美柴が(なんで)と問う暇もなく、ドアの締まるベルが鳴り響く。
けたたましい音の中 動揺していた。どうしたらいいのか分からない。
降りるべきか?無視するべきか?
中条はもう振り返らずに、進んでいってしまう。

自分を呼んだ背中が、離れていく。
ふいにそれが、とても怖くなった。

「っ、」
奇妙な焦りに急かされながら、美柴の靴先はホームを踏んだ。
美柴が降りた直後にドアは閉まり、電車は駅を出ていってしまう。

「………………」
背後に流れていく車窓と風を感じながら、途方に暮れてしまった。
あれは、終電だった。
咄嗟に降りてしまったが、ここから自宅はまだ相当距離がある。帰れない。
なぜ言われるがまま降りたのか、分からなかった。
けれど、とにかく、もう自宅に帰る術はない。

「おい行くぞ」
はと顔を上げると、中条が階段を上がっている。
「…………。」
ついて行っていいのだろうか。
迷ったところで 前に進む以外に道はなく、美柴は静かに中条のあとに続いた。
この駅が、中条の家の最寄り駅だということには気づいている。
「………………。」
中条は何も言わず 改札へと進んでいく。
目の前の背中が何を考えているのか分からなくて、声を掛けることも出来なかった。

決して隣を歩かずに、手を伸ばしても届かない距離で二人は駅を出た。




■そう 気付いてた 揺られてる線路の鼓動で もう 戻れない (Train/AAA)



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