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▼ 君の事が


アトリエからの帰り道、優希とアキラはたまに駅前のストリートライブに耳を傾ける時がある。
アキラが気に入っているその歌い手は、まるで優希達が通りかかるのを知っていたかのように ふらりと現れて、そして透き通った声で歌い上げるのだ。

『君の事が』と相手を想いながら。



「…つーかお前アレだったら…その、先帰っててもいいからな」
冷たい夜風に肩を小さくしつつ、優希はそのサインを視界の隅で見た。
けれど隣のアキラには目を向けず、歌っているボーカルを変わらずに眺める。
(んー?なんで?)
「……別に。寒いだろ。それにバンドとか、お前興味なさそうだし…」
(そんな事ないよ、なんとなく分かるよ)
表面的な嘘でもなく、気を遣ってるわけでもなく、優希は正直にそう指で告げた。
するとアキラは少し複雑な表情で 「…あーそう」と曖昧に頷いた。

(…………)
どうやら隣の不良君は、こんな寒空の下 自分の趣味に付き合わせて悪い、とでも思っているらしい。
優希はバンドに集中できずにいるアキラの横顔を見て、困ったように小さく息を吐いて笑った。

(別に、気にしなくていいのに)
サインにはしない。ただそっと心の中でそう呟いた。
「?何だよ」
優希の些細な様子の変化に気がついて、アキラは怪訝そうに振り返る。
けれど優希は少しだけ笑って、何でもないと首を横に振った。

アキラは昔からそうだ。

はたから見れば いきがっている金髪ピアスの不良にしか見えないだろう。
もしかしたらとてつもなく我侭で自己中で 何か気に食わないことがあれば噛み付いて襲いかかってくるかもしれない。
いつも懐にナイフを忍ばせていて、悪い連中とつるんで「ポリ公なんかクソくらえ」とか言ってるかもしれない。
そんな荒々しい、いつの時代だよってツッコミたくなるぐらい典型的な不良イメージを持たれるアキラ。

だけど、本当はとても優しくていつも誰かを気遣っている、普通の男の子だ。
我儘なんてほとんど言わないし、むしろ優希に付き合って振り回されたりしている。
何かを間違ってると思えば 真正面からぶつかる強さはある。
けれど だからといって、何でもかんでも自分の物差しだけで測るような幼稚さはない。
もちろんナイフなんて持ち歩いていないし、誰かの心や身体を傷つける事は大嫌いだ。
中条の真似をして吸ってみた煙草だって 美柴にかなりキツく叱られてから 結局手を出していない。

「だってトキさんがすげー心配して、すげー怒るから…」
アキラはただ、不器用なだけ。


優希は幼い頃から人見知りで、耳が不自由なことに塞ぎ込んで 上手く友達を作れなかった。
そんな優希の為に、周りの大人たちはアキラに色んな事を言い聞かせてきた。
「優希くんの手を離さないようにね」
「優希くんのこと、ちゃんと見ていてあげてね」
それは、自分と同じ ただの子供だったアキラにとって、大きなプレッシャーだったんじゃないかと 優希は少しだけ申し訳なく思っている。
だって考えてみれば、ずっと鴇に守られて甘えてきた自分よりも、子供ながらに母親を支えよう守ろうとしていたアキラのほうが 最初から抱えているものは大きかったはずなのだ。

けれど、アキラは繋いだ手を突き放すことなく、ずっと傍にいてくれた。

おかげでアキラは今も、ほとんど無意識に優希を気にかけるし 悪い事から守ろうとする。

もちろん、アキラはその事をうっとおしいとか厄介だとかは思っていない。
そんな事は優希にだってきちんと分かっている。
だから、「申し訳なく思う」なんて言ったらアキラは凄く怒るだろうし、凄く悲しむと思う。

(…ねぇ?)
優希は軽く手招いて アキラに尋ねる。
(このバンド、どんな曲を作るの?)

アキラのおかげで自分はあの頃に比べたら外交的になったし、新しい友達も アキラの繋がりで増えてきた。
この感情は「申し訳ない」じゃない、「ありがとう」だ。
こんな言葉、改まって言うことなんて滅多にない。

アキラは肝心なところでとても鈍感で、好きな異性も上手に口説けない言葉下手だ。
そして思った事や感じた事は全部、アキラの行動や顔、空気感に出ていて、優希はいつもそれを肌で感じている。
案外猫被りなところがある自分とは違って、正直で裏表のない、優しい奴なのだ。

「んー…なんつーか、テンポが良くて自然と身体が引き込まれるような曲調なんだよ。そのリズム感が、なんか落ち着く」
アキラは人差し指で 見た目に分かるようにリズムを指揮する。

「優希もさ、どっかの国の馬鹿デカイ教会の天井の絵?それ見て ビックリしたって言ってただろ?多分、そんな感じだと思うぜ。」
我ながら的確な例えが出来たのだろう。アキラは得意げに笑った。

「このバンドの曲は、とにかく、なんか良い。」

相変わらずとても抽象的で、言葉足らずで、なんとも明快な感想だ。
(なんか良いって…)
優希はクスリと小さく笑って、アキラの指先を見ていた。
そうやって、アキラが何か音楽を口ずさみながら指先を動かすのを見るのが、優希は好きだった。
好きなものに没頭している時のアキラは、本当に楽しそうだ。
無愛想な不良だってこんな顔をすることがあるんだってことを、知っている人はきっと少ない。

(……アキラって、たまに詩人だよね)
含み笑いながらそう伝えてみると、アキラは「ぐっ」と喉を詰まらせて途端に顔を真っ赤にした。
「っせーな!お前が教えろって言ったんだろ…!」
バンドの邪魔にならないように 小声で怒るところも、アキラらしい。
優希は言葉と音を届けようと懸命に奏でる彼らを 見つめた。

(確かにね、僕にはこの音は聞こえない)
「……………。」
アキラはしんと神妙な気持ちで その手話の続きを待った。
(でも、良い音なんだなぁって……分かるよ。)

二人は揃って前を向いたまま、優希の静かなサインは続く。

(アキラを見てればね、色んなものが分かるんだ。)

だから どこに居ても、つまらなくない。

(僕一人じゃ、きっと世の中分からないことだらけだったね)

そこで思わず、アキラはきょとんとして 優希の顔を見た。
優希も同じタイミングでアキラを見やり、穏やかに笑って見せる。
(だから、先に帰れとか、言わなくていいよ)
なんだか妙に照れ臭くなって、アキラは「あー…」と視線を泳がせた。
「あっそ…。なら、いいけど…」
ぶっきらぼうに頷くアキラを、優希は笑った。

アキラは昔からそうだ。

「…つかお前マフラーは?アトリエに忘れてきただろ」
(もー。心配しなくてもだいじょーぶだよー)

まるで心配性でちょっと過保護な、家で待ってる誰かさんみたい。
優希は 平気だと笑って、歌詞を紡いでいるボーカルを見つめた。
大きく言葉を発する唇を追うと、簡単な歌詞は読むことが出来た。

『愛はね涙はね、残ってるよ。夢とか希望はね、ずっとある』
『空や海や雲や、君の事や』
『君のことが 僕はとても気掛かりで』

(良い歌詞だね)
寄りかかるポールの冷たさも気にならないぐらい、暖かく切ない気持ちになる。
隣でアキラも聴き入っているのが見える。

(もう少し、聞いていこう)

聞いていこう。
あえてそう告げた。

本当に、何か大切な音が、聞こえたような気がした。



■BGM:君の事が(清春)


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