小説 | ナノ


▼ 不戦敗


専門学校ではデザインや洋裁和裁を主に専攻していた。
今は子供服を手掛けていて、自分としてはそれなりに満足出来る仕事だと思っている。

今日は新作の在庫を調査するために 店舗に足を運んでいた。
まずまずの売れ行きに安堵して、少しお客さんの動向を見ていこうと店内をうろうろしてみた。

マネキンが着ているコーディネートに手直しを加えつつ、ふと目をやると 隣に男の子がいた。
ちょこん、という効果音が聞こえてきそうな 小動物のような可愛らしい容貌だった。
職業柄、すぐにその子の服に目が行く。
なんと羽織っているカーディガンが先月のウチの目玉商品で、しかも凄く似合っている。
全体的な雰囲気も上手くまとまっていて、きっと目の肥えたセンスある親御さんが手を掛けてあげているのだろうと容易に想像できた。

くるりとした幼い視線と目が合って、思わず にこりと微笑んだ。

「ママと来たの?」
「………………」
しゃがみ込んで そう尋ねてみたが、反応は無し。
ただじっと、初めて見る生き物を観察するような眼差しで見つめられる。

迷子かな、と周囲を見渡しているうちに 男の子はタタッと駆けて行ってしまった。
本当に迷子なら 目を離さないほうがいい。
「あ!」と慌てて立ち上がって その男の子を視線で追うと ちょうど誰かの腰元に飛び込んだところだった。

(あ…パパと来てたのか)
後姿で男性だと分かる。
服を選んでいたらしいパパさんは、後ろから突撃してきた男の子に少し驚いた様子だった。奇襲に成功した男の子が きゅうと腰に抱きついて 笑っていた。
私と向き合っていた時の表情とは大違いだ。
笑うともっと可愛いな、なんて微笑ましく思って見守っていると 不意にパパさんが振り返って、…………私と目が合った。

「ぇええ!!!?」

ほとんど悲鳴のような驚愕の声に、店内の視線が一気に集中する。
そんな羞恥も気にならないぐらいの衝撃だった。
精巧秀麗な人形のような顔立ち。

「み、み 美柴くん!?」
「………………」

相手から反応は無かったが、彼が美柴くんであることは間違いない。
なにせ、彼は 私が専門学校時代に追いかけていた人だ。

結婚を前提に、恋人を前提に、友達を前提に、と 様々な譲歩を重ねて それでも結局私と美柴くんの関係が友達と呼べるかどうかさえも分からない。
けれど、私は卒業後まったく所在不明となっていた美柴くんがずっと気になっていた。

「…覚えてない、とか?」

悲しいことに、それはあり得る話だった。
美柴くんにとって おそらく私という存在は 所詮大勢の内の一人で、深く印象に残るような華々しいものではなかったのかもしれない。
そう思うととても切なかったが、美柴くんが他人に無関心なのは今更だ。

「私、同じ専門で、同じクラスだったんだよ!少しだけだけど話もしたことあるし、あと、ファッションショーも同じグループだったし、それから、!」
「…………覚えてるし、そんなに大きな声で言わなくても聞こえてる」

意気込んで自己紹介をする私に 美柴くんからようやく反応があった。
ため息混じりの声は相変わらず麗しくて、何より「覚えている」という単語だけで心が躍った。
これは、あの恋路に まだ先が望めると思ってもいい……否、駄目だ!

そこでようやく 肝心の事実を思い出した。

「………………。」
男の子は美柴くんの腰にくっついて、今やその影からこっそりと物凄い怪訝な眼差しで私を見つめている。
どうやらこの子から見た私は、勝手にパパに話しかけてくる不審人物と認識されてしまっているようだ。

「……その子、美柴くんの?」
だとしたらとんでもない事実だ。
どう見ても男の子は5〜7歳。逆算すると…私が美柴くんに告白していた頃、否 専門に入学した頃から 子持ちだったことになる。
確かに美柴くんは学校に試験や補習以外で長居することはなかったし、他の生徒と仲良くすることもなかったけど……まさかそんな重大な秘密を抱えていたというのだろうか。



「…………………」
美柴くんは私の質問には答えずに、男の子に手を見せた。

(…あ。)
それが手話だと分かり、男の子の所作に納得する。
手話での会話を終えた美柴くんが私を見る。
私はと言えば、男の子と美柴くんを見比べて(やっぱり、なんとなく似てる)と親子関係を再確認してしまって、勝手に凹んでいた。

「美柴くんが結婚してるなんて、知らなかったな…」
「……結婚は、してない」

とんでもない事実その2である。開いた口が塞がらない。
これまで私は美柴くんの事を何も知らずにいたのだと 気が遠くなる思いだった。
そして咄嗟に、何か事情があるとこは読み取れた。
なんとなく、美柴くんが それ以上聞くなという目をした気がして、私は慌てて話題をそらし笑った。

「ここの服、私がバイヤーしてるんだ!」
今冬の自信作、子供用のポンチョを差し出す。
「良かったら今季の新作、試着してみてもらえませんか!」
「…………………」
美柴くんは 表情を変えないまま、腕に掛けていた購入前の服を私に見せた。

「……それ、買おうと思ってた。」



それから、30分ほど私は美柴くん親子の接客をさせてもらえた。
さすがに美柴くんが目をつける商品はどれも高水準で、ついでに"親目線"で色んな要望を聞くことも出来た。
接客というよりも、逆に私が勉強させられているような気分だった。


「優希くんは、良いパパがいていいね」

会計をする美柴くんの後方で、私は優希くんの脇に屈んで そう笑いかけた。

ブーツやコートを試着させる美柴くんを見ていたら、優希くんを凄く大切にしているのがよく分かった。
専門学校では一度も見たことがない、穏やかな空気感を纏う美柴くんは あの頃よりももっともっと魅力的だった。
でも、たとえ私がどんな妥協や譲歩をしたとしても、絶対に優希くんには敵わないと確信した。


想い人が実は子連れのシングルファザーで、しかも他人を受け入る隙もない。こんな形で失恋するなんて。
本来なら立ち直れないほど傷心しているはずなのに、私の心はそれほどのダメージを受けてはいなかった。

もちろん、だからといって諦めてるわけでもない。

「美柴くん、常連さんを前提に、またお越し下さいませ!」
性懲りもなく そう見送る私に、美柴くんと優希くんが振り返る。

「またね!」
少し聞き取りにくい舌足らずな口調で、優希くんがそう手を振って、初めて私に笑ってくれた。
その隣で 美柴くんもほんの少しだけ 笑っていたような気がする。

「ありがとうございました!」
手を繋いで 家路に帰る二人を、私はニコニコと浮かれて見送った。


不戦敗の恋路に用意されていた結末を、愛して迎えいれようと思う。
月に一度会う、いつもの店のショップ店員として。




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