小説 | ナノ


▼ 幸せの味

■未来捏造シリーズ。ちび優希+中鴇


美柴家には、少し変わった秘伝のレシピがある。

味噌汁にほんの数滴のごま油。
その隠し味はもとは中条伸人のレシピで、初めてそれを知った時は 優希も美柴もとても驚いたものだ。

それから、美柴はたまに、味噌汁にごま油を落とすようになった。


(いい匂い!)
火にかかっている片手鍋を背伸びで覗き込んだ優希が、屈託なく笑った。
今日の味噌汁はほうれん草と豆腐の具。そしてそこに香る程度のごま油。
美柴は出来上がったそれを三つの椀に取り分ける。
優希の椀は白地にペングーの柄。中身が溢れないようにゆっくり優希に渡すと、
(ほうれん草のお味噌汁、僕大好き)
優希はそう素直に喜んで 両手で包むように受け取った。
慎重に慎重に、ダイニングに運ぶ幼い姿を見送って 美柴は今度は中条の椀を手に取る。
自分の分を運んだ優希は そそくさとまた美柴の隣に立って、次の運搬仕事を待つ。

(鴇も、ほうれん草のお味噌汁、好き?)
「……あぁ」
でも、美柴の横顔はほんの少し落ち込んでいるような気がして、優希はちらりとベランダを振り返った。

中条は ベランダの塀に腕を掛けて、煙草を吹かしている。
外の景色を眺めて 煙を楽しんでいる、のではない。優希にはお見通しだった。
あれはただのポーズで、向こうを向いている顔はきっと鴇と同じ表情をしている。
二人は、そう、喧嘩をしているのだ。


原因は些細なことだろう。
寝室で煙草を吸ったとか PCのデータが飛んでたとか。
危ない件を記事にしようとしてるとか ネガティブな発言をしたとか。
始まりは本当に些細なことだったのに、いつの間にか引き際を見失って 悶々として、最後にはまるで無視し合うようにわざと距離を開ける。

さっきリビングですれ違った二人の、わざとらしい距離の取り方は 実のところ優希には少しだけ面白く見えて、クスクスと笑ってしまいそうになった。
本当は、お互い内心ではもう骨が折れていて 止めにしようと思っているくせに、だ。

優希にはお見通しなのだ。

美柴が味噌汁にごま油を落とす時は、二つのパターンがある。
一つは、単純にマンネリ化してしまう献立に変化を付ける為。
そしてもう一つは、仲直りしようという言葉のないメッセージ。

「…これで最後。」
美柴は自分の椀にも味噌汁を汲んで、優希に渡す。
(はい!)
ピシッと小さな手で敬礼した優希は また漆塗りのような濃い朱色の椀を両手で受け取って、テーブルに運ぶ。そしてそのまま、ベランダに駆け寄った。
コンコンと弱く窓枠をノックして、外に顔を覗かせる。
ちらと振り返った中条は、やっぱり少しだけ疲れたような顔をしていた。

(ご飯出来たよ。今日はね、肉じゃがとほうれん草のお味噌汁!)
「はいはい」
部屋に戻りながら、中条は どんなお手伝いをしたか報告する優希の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、食卓に座る。
そうして、一際香ったごま油の香りに 少しだけ眉を上げた。
それを見て見ぬふりをして、美柴も向かいに座った。

「……作りすぎたから…明日の朝もこれになるけど」
「煮物は二日目のほうが美味いし いいんじゃね?」

そうして、二人の喧嘩は何事も無かったように終わる。
二人は示し合わせたように、味噌汁の碗を最初に手に取る。
それを見てから、優希は笑顔でペチンと手を鳴らし、軽くぺこりと食卓にお辞儀した。

(いただきます!)

味噌汁にほんの少しのごま油。
不毛な争いに終止符が打たれた夕食時、優希は嬉しくていつもよりご飯をいっぱい食べた。

二人が仲良くしていることが、優希の世界で一番重要で、一番の幸せだ。






[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -