小説 | ナノ


▼ どうかお願い

■最終回。



目を覚ますと、そこがすぐに自分の部屋だと分かった。
ぼんやりとした頭痛に眉を潜め、優希は片手を額に乗せる。
手の平で額を覆うと 貼り付けられている冷えピタが、まだ少しひんやりといていた。
出窓から差し込む明かりの具合を見ると、もう夜だという事だけは分かる。

(………………)
今、何時だろうか。
鴇達はリビングだろうか。
アキラはどうしただろう。
色々な疑問が次から次へと思いつく。
ううと唸りながら、優希はゆっくりと寝返りを打った。

(!!)
心臓が止まるかと思った。

(…そんな…!)
優希は息を飲んだまま、身体を強ばらせる。
目を丸々と見開いて 絶句した。

ベッド脇に、アキラが立っていたのだ。

こちらを どこか切な気に見下ろして 笑っていた。
今にも泣きそうな、痛々しい笑みだった。

(嘘だ)
今までどれだけ探しても見つからなかった魂が、目の前に居る。
でも優希には喜びは無かった。アキラの表情で 何もかも悟ってしまった。
優希の中で この不可解な現象とアキラの儚い笑顔の意味は、すぐに繋がった。

もしかすると戻れないのか、アキラの魂は…もう……。

(嘘だ…!)
咄嗟に強く瞼を閉じた。
(消えろ…!)
人の魂を見て、怖いと思ったことはたくさんある。けれど今この沸き上がる恐怖は、それとは違う。

(消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!!)
何度もそう念じて 両手を握りしめる。信じたくなかった。

≪優希≫
頭の中に聞こえてくる声。は、と思わず目を見開いた。
アキラはやはり変わらずにそこに立っていた。動けないのか 不自然に直立不動である。
たまに電波が乱れた映像のように、その姿はブレて見えた。
≪ゆうき≫
一瞬、惚けてしまった。
アキラの’声’を感じたのは、初めてだった。思ったよりも高い声だ、なんて拍子抜けな事を思ってしまった。
横たわったまま呆然と見上げていると、アキラは 困ったように笑った。
≪ヘタこいた。悪い≫
何を言ってるのか、意味が分からなかった。何に謝っているというのか。

(ふざけんな…)
フツフツと込み上げてきたのは、怒りだった。頭の中で、怒鳴る。
(身体に戻れ!消えろ!笑うなバカ!!)
立ち上がって責め立てたいのに、身体はまるで他人のモノのように動かなかった。
それでも諦めず、優希はアキラを見上げる。
(消えろ!!)
≪優希、聞いて欲しいことがあるんだ≫
優希の怒号を遮って、アキラは話しかけてきた。
嫌だった。これ以上何か聞いたら、本当に取り返しのつかない事になるんだと、優希は直感している。
聞いてなるものかと、目を閉じて 心の中で 首を横に大きく振った。

聴きたくない。
友の最期の言葉なんて聞いてやるもんか。
頼むから、消えて。
そして在るべき身体に戻って。

≪…優希、≫

不確かなアキラの気配が、薄れていくのを感じた。
アキラの声は弱々しく、切なげだ。

嘘だ……。
閉じた瞼の裏に、アキラの残像が視える。
消えていく。まるで風に舞っていくように…。アキラの魂が……

(アキラ!!)

寒くもないのに身体が震えた。怖くてたまらなかった。

アキラは、笑っていた。

≪お前は俺の、親友だ≫

(!!?)
そんな事、天地がひっくり返っても絶対に言わない奴のくせに!
愕然と、優希は消えていくアキラを視ていた。

≪これだけは、絶対だ≫
アキラは泣き出しそうな笑顔のまま、さらりと、消えた。

(!)
強ばっていた筋肉が解かれて、ベッドから弾けるように身を起こした。
ただ横になっていただけのはずなのに、息が上がっている。
見渡しても どこにもアキラの魂は見えなかった。

(……嘘だ。)

わなわなと開いたままの唇が震えた。
これは悪い夢だ。そう思い込もうとしても、どうしても現実だと悟ってしまう。
きっと他の人なら 夢だと思えるだろう。けれど、自分は違う。
視えるのだ。死んだ人の魂が………視える…。

(…どうして)
親友の、こんな最期を見届ける為の力なのか?
誰かを救うための力だと信じてきたのに。
アキラを…見つけられると、信じてきたのに……。

せり上がってくる絶望に、感情が爆発しそうになる。
ぎこちなく、嘘だ嘘だと心で呟きながら 何度も首を横に振る。
ついに叫び出してしまうと諦めたところで、部屋のドアが勢いよく開いた。

鴇が、切羽詰った表情で 優希の目の前に飛び込んできた。



━━━━━━



美柴、中条、そして優希は病院の廊下を走っていた。
夜の病院は三人分の足音を大げさに反響する。
先頭を切っていた優希は角を曲がると 看護師とぶつかりそうになった。
「きゃ」という悲鳴に目もくれず、優希は走りを止めなかった。
代わりに美柴と中条が、すみません」「悪ィな」と声だけ掛けた。
突風のように駆けていく三人の背中に、看護師は叫んだ。

「走らないで下さいー!」

ずいぶん後ろでそう声が響いていたが、優希には関係ない。
一直線でアキラの病室のドアに突進していた。

バァン!!
激しい音に、中にいた医師らと静香が驚いて振り返る。
息を切らせている優希を見て、静香は泣き声交じりに声を上げた。
「優希くん…!」
けれど優希は静香ではなく、中央のベッドに目が釘付けである。
そのすぐ後に 中条と美柴も飛び込んできた。
「!?」
「な…!?」
駆けつけた三人が三人とも、全く同じ顔をした。
あんぐりと口を開けて 地球外生命体に出会ったSF映画の主人公のような顔。

「……何だよ、ビックリした」
上半分を起こした状態のベッドの上で、酸素マスクを外したアキラが こちらを見ていた。

「廊下走るなよ、ここ病院なんだろ?」
声はガサガサに掠れていて弱々しかったが、その口調や表情は アキラの憎まれ口そのままだった。
咳き込んで 少し背中を丸めると、「痛ぇ…」と顔をしかめた。

「……アキラ…」
「…お前…」
信じられないと目を見張る美柴と中条の前で、優希は途端にぐっと拳を握った。
ずんずんと足を踏み鳴らしてベッド脇に近づくと、ギリ!と恨めしくアキラを睨んだ。
「!え、ちょ、何…」
その鬼気迫る優希の様子に、アキラは本能的に後ずさろうとしたが、怪我をした体には無理だった。
優希はぐしゃりと顔を歪めると、アキラの肩を思いっきり叩いた。

「〜痛ァ!!!」
驚く周囲をよそに、優希は大きく手を動かした。

(バッッッカじゃないの!?さっきの何だよアレ!!!)

真っ赤になって怒る優希の表情を見上げて、アキラはしばしきょとんとしていた。
しかし、

(〜なに恥ずかしい事言ってんだ!!も、ほんと、〜〜アキラバカじゃないの!?)
「ぅえ…!!?」

怒涛のサインを見て、アキラの顔はボボボ!と赤くなった。
あわわと焦り始めると、自由が聴く片手を上げて 優希の激高を制する。

「え…は!?何、あれ、夢じゃねぇーの!?」
(夢ぇ!?そんなわけないでしょ 夢気分で人の前に出てくるなこのヘタレバカが…!!)
「え!だって、いや……えええ!?何、じゃあ俺、幽体離脱したの!?」


激しい動揺を隠せないアキラは、恐る恐る優希を見上げる。
優希の背中には 真っ赤な怒りの炎を背負っているように見えた。
……閻魔様なんかより百倍強く怖そうだ。

(〜〜〜アキラのバカ!アキラなんか、アキラなんか…!!!)
でも、閻魔様さまでは有り得ない、暖かい涙をぼろぼろぼろぼろ流している。

(〜〜〜〜ッ)
優希は 安堵と憤りと呆れを混ぜた ぐしゃぐしゃになった顔で、脱力した。
膝を折ると、アキラのベッドに顔を埋めた。張り詰めていた気持ちが すぅと溶けていく。

アキラは、その優希の頭に 遠慮がちに手を乗せた。
くしゃりと髪を掬うと、優希は顔を上げた。

「……わ、悪かっ…たよ…」
唇が読めるか読めないかのラインで、俯き気味のアキラはボソボソとそう言った。
(………………。)
でも、そこは10年来の仲だ。しっかりと、優希には読めていた。
アキラは首まで真っ赤だ。
なんだか面白くて笑ってしまいそうになる。けれど優希は、わざとむーとむくれた顔を続けた。


簡単に、許してやるものか。


(じゃあ最期に言った言葉、今言ってみてよ)
「!はァああ!??」
裏返った声を上げるアキラに、優希はツンと顔を背けた。
例え 昏睡状態から覚めたばかりだとしても、そこは容赦できない。
こっちは、……大切な友達が、死んだかと思ったのだから。

(あれ。なんて言ったか聞こえなかったんだよねぇ〜。もう一回言ってもらいたいなァ〜)
「〜〜無理…!つか、お前聞こえてたんだろ!?」
(何が?聞こえなかったからもう一回聞きたいって言ってるんだよ。それとも、)
横目でジロリと睨む。

(親友って、嘘だったの?)
「〜んなわけあるか…!そんな嘘、死んでも言わねぇーよ!」

突発的な、堂々たる宣言。それから ハッと眉を上げた。

「ー…って、お前!?それ聞こえてたってことじゃねーか…!!」

今度はアキラが怒る番だ。
しかし優希はいつだって そんなアキラににやんと笑ってみせる。

(うん、ちゃんと聞こえてた。)

やっぱりアキラにはあんな青春めいた言葉は、似合わない。

(聞こえてたよ。)

勝ち気な笑みは、やんわりとしたものへ変わる。
そこに許しを見たアキラは 目を据わらせた。
じーと疑わしげに優希を見やる。

「……つーかお前ぇ、消えろ消えろって連呼しただろ。ムカつく」
(のこのこ人の前に出てくるから、腹が立ったの。すごい探したのに)
「…まァいいや。伝わったんなら結果オーライ」

痛てて、と顔を歪ませるアキラを 周囲が心配そうに介抱した。
その様子に一つ溜め息を吐いて、優希はやれやれと笑う。

(………でもあんなのは、もうごめんだよ)
誰にともなく、そう心で呟いた。





■君のおかげで笑っていられる。


………すみません、『ほのぼの』でリクエス貰ったんですよね…(白目)
なんというか…アキラのツンデレと優希の苦しむ姿が私の萌えなのだと思い知らされました…(゜∀゜;)
ちょっと不完全燃焼な気がするかも…;;
でもでも!優希アキラを可愛がって頂けて 本当に嬉しいです!これからも頑張ります!(`・ω・)




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