小説 | ナノ


▼ どうかお願い、目を覚まして。

■6月号表紙を譲って下さった佑さまへのお礼文デス!
ちょっと不穏ですが、最後まで読んでいただければ きっとリクエストにお応え出来ている…はず、です((笑"




「赤いから、三倍早いんだぜ」
なんて言って、子供みたいに笑って。
(古くない?それ)
なんて言って、子供みたいに笑った。


どうかお願い、目を覚まして


八日目だ。

(…………)
通い慣れているはずの見知れた病院が、今は馬鹿みたいに白々しく感じる。

単調な足取りで ただ真っ直ぐ廊下を歩いた。
見えてくる目的の部屋。ノックをしても返事は無いと分かっている。
返事があったとしても、どうせ自分には聞こえはしない。
そんな自虐的な想いを押し殺して、優希はその一室のドアを開けた。

アキラが眠っている病室だ。

白い壁。白い床。白いカーテン。
花瓶に刺さった綺麗な花束は、全然アキラの好みじゃない。
優希の手には、コーラのペットボトルと今日発売の週刊ジャンプ。
コーラはダイエットではないやつだ。それじゃないとアキラは納得しない。

(…寒い)
開いた窓辺に近づき、風で靡くカーテンを抑えてゆっくりと窓を閉めた。

意味も無く込み上げてくる溜息を吐き出して、優希はそっとベッドの脇に佇む。
コーラとジャンプをサイドテーブルに置いた。

(ワンピース、今週からルフィーのターンだったよ。なんかもう、無敵って感じ)
心の中でそう言ってみる。
返事は無い。

酸素マスクをつけたまま、アキラは眠っている。
傍らにある機械はアキラの心音を表しているのだという。
目に見えるその線の折れ曲がる様が、本当にアキラの命の軌跡なのかと不思議に思う。

アキラは、今、どこに居るのだろう。

(……どこに居るの?何、いい年して迷子になってんの。もう18だよ、僕らは…)


一週間前の深夜。
アキラはバイト帰りに原チャリに乗ったままトラックに吹っ飛ばされた。
連絡を受け、鴇と病院に駆けつけた時には アキラの母親 静香が、真っ青な顔で廊下に崩れ落ちていた。
処置が終わり、手術室から病室へと タンカで運ばれていくアキラを見た。
足も腕も包帯でぐるぐる巻き。真っ白な顔には酷い掠り傷が走っていた。
そうして、ピクリとも動かなかった。

暗い顔をした医者が、静香に何か言って、残念そうに首を小さく横に振った。
途端ガタガタと震えてよろける静香と、静香を支えながら凍りついた表情でタンカを見る鴇の顔を見て、優希はようやく現状を理解した。

アキラは、もう、目を覚まさないのか。

ぽっかりと開いた穴に落ちていくような、そんな浮遊感があった。
急激に落ちるジェットコースターに乗っているようだ。胃が反り返るような吐き気。

ああこれを絶望と言うのだと、優希はその時どこか遠くで思った。


(………ジャンプ、来週も買ってくるよ)
もしアキラが目を覚ましたら、きっと見逃した回を後悔するに決まってる。
優希はまだアキラの眠ったままの状態は回復すると信じている。
だってこの目にアキラは見えないのだ。

優希には人の魂が視えるという体質がある。
死者だけではない、例えば今のアキラのように眠っていて、体から抜け出してしまった魂も、見たことがある。

そう、だからもしアキラの魂が抜け出してしまっているのなら、探してあげればいい。
きっと吹っ飛ばされた時に 魂だけどこか遠くに飛ばされたのだ。
きっとアキラは方向音痴だから、帰る場所が分からなくなってしまったのだ。
きっとそうだ。絶対に、そうだ。

(大丈夫。)
毎日毎日、優希はアキラと行ったことのある場所を巡っている。
どこかにアキラの魂が置き去りになっていないか、目を皿のようにして探している。
まだ、見つからない。
もしかしたらもうどこかに消えてしまったのだろうか。そう掠める絶望は、絶対に見ないふりをした。
魂が無いアキラの身体を見下ろして、優希は強く拳を握る。唇を噛む。

(泣かない。だって、アキラは死んでなんかない。)

噛み締めた唇の隙間から ふーふーと荒い呼吸する。
嗚咽を耐えるあまり、息が苦しい。
ゴクリと唾を飲み込んだ。一緒に 重い気持ちも飲み込む。

(大丈夫。)

そうして、キッと強く前を見据えた。



━━━━



その週の日曜日。東京は近年稀に見る大型台風に見舞われていた。
横殴りに叩きつける雨粒は大きく、身体に当たると痛いほどだ。
傘を差しても 吹き荒れる強風でいとも簡単にその骨組みは破壊される。

リビングで流れるその中継ニュースを見ながら、美柴は窓の外に目をやった。
とっぷりと暮れた空は真っ黒で、強い風の唸りが 家の中に居ても聞こえてくる。
「………………。」
手にした携帯電話を開く。
優希にメールをして、もう一時間は経つ。
今日はこんな天気だから、早めに帰ってくるようにと連絡を入れたのだ。
しかし、返信はおろか優希は家にも帰ってこない。

アキラが入院してから、毎日毎日優希が見舞いに行っていることは知っていた。
優希はこの話題を嫌がるから、家でそれについて話したことはない。
でも優希は聡い子だから、きっと分かっている。けれど認めたくないのだろう。
自分だって、今でもまだ信じられない。
アキラが、もう目を覚まさないかもしれないなんて…。

「………ッ…」
携帯を握り締めた両手に、額を当てる。
積み重なる悲しみや切なさで、身体の奥が重い。
けれどきっと優希の抱えている重みの方が何倍も孤独で、深く真っ黒だ。

早く帰ってこい。そう願う。
優希の冷たくなった身体と心を、抱き締めてやりたくてたまらなかった。




(……どうして…)
そう心で呟く優希は、豪雨の中だった。
差していた傘は壊れてしまったから、公園のゴミ箱に捨てた。
着ている服は雨で重くて、身体は爪先までキンキンと冷たくて。
水気を存分に吸った靴も ぐしょぐしょで不快だった。

(……どこに居るの?)
優希の足取りは ゆらゆらと おぼつかなくなっていた。
吐き出す息が微かに白い。その白さも 荒れ狂う雨が消し飛ばしていく。
歩を進める度に 足元で泥が広がる。

ふと 足が止まった。
項垂れると、重くなった前髪の毛先から 冷たい雫が流れ落ちる。
頬を伝うそれが雨なのか涙なのか、もう分からなかった。

泣かないと決めたのに、一度決壊した心は優希を簡単に折ってしまった。

そのままガクリと膝を折る。
泥の中に両手をついた。
悔しくて、悲しくて、辛くて、
掻き毟るように 泥に爪を立てた。

見つからない。見つからない。見つけてあげられない。

何の為に自分は魂が見えるのだ。
大切な友達一人も救えずに、どうしてこんな力を与えられたのか。
アキラは死んでなんかない。今日もあの機械は規則正しく線を曲げていた。
だから、死んでなんかいないんだ。
でも、

(アキラは、何処にもいない…)

真っ暗な公園。嵐の中で、優希は声を上げて、泣いた。
でも、優希には自分がどんな声で泣いているのかは分からない。

「あきら!」

どんなに声を張り上げて泣いても、自分が大切な友達の名前を呼べているのかさえ、分からないのだ。



■君を呼ぶことさえままならない。

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