小説 | ナノ


▼ 笑う大人

■喰と花礫と與儀。複雑な心模様。

貮號艇。
先日、この艇に壱號艇闘員 喰が仮配属となった。


不可解な視線に、花礫は読んでいた本をバタンと閉じた。
キツイ目力で喰を見やると、相手は わざとらしく微笑んだ。

「さっきから何だよ 見てんじゃねェーよ気色悪ィ」
「あれ。バレちゃってた?」

喰の目が笑っていない笑顔は、心底気に食わない。
こうゆう人種は大嫌いだ。花礫は思う。
お綺麗な上辺で本性を眩ます人間というのは、ただ悪意に満ち満ちている人間よりも悪質で質が悪いのだ。

慈善事業をやりつつ 汚い金で汚い思惑を回している悪徳成金なんかも、その類だ。

「上手だなぁと思ってさ」
「は?何が。」
喰の笑顔はより一層嫌味に深くなる。
「无くんはともかく、君も結構この艇に馴染んでるじゃん。さすがだなーなんてね」
「……………」
言葉に裏の意図を察して、花礫は喰をじっと見据える。
喰はわざとらしく小首を傾げて見せた。

「だって花礫君ってさ…カラスナの出なんでしょ?大人に媚びる術とか、身についちゃってるんだろうなぁ」

媚びる術。
その単語に花礫はギリと眉根を寄せて 低い声を出す。

「何が言いたいんだよ。俺がカラスナで売りでもやってたんじゃねーかって、そうゆう話かよ」

喰は ははと愉しそうに声を上げて笑った。

「聡い子は好きだよ」
明らかに卑下した言い様だった。
気に食わない、なんてそんな言葉では収まらない。
人の感情を覗き込もうとしている喰の顔。
食らいつくように見返して、花礫は 鼻で笑って見せた。

「生憎、そんな事しなくても稼げる腕があんだよ」
「でもお姉さんはそうゆう仕事をしていたんでしょ?」

ツバキの事だとすぐに分かった。
そしてすぐに分かった自分を呪う。
歯を食い縛った。彼女を愚弄されることだけは、許せない。

「まぁ女手一つで子供三人も養うとなったら、致し方ないことだよね」

今にでも、牙を剥いて喰に殴りかかりたい。
でも花礫は耐えた。憤りに唸りそうな喉を堪える。
ぎゅっと強く握った拳は震えた。

「―…それ以上何か言ったら、ぶっ飛ばす」

腹のずっと奥から搾り出すような声。
頭に血が昇る。眼の前が真っ赤になりそうだ。
喰は冷ややかに笑っている。
分かってる。どうせ掴みかかったって敵わない。
あの時のように一瞬で組み倒されて終わりだ。
分かってる。
でも、それでも見過ごすことなんて出来ない。

「事実でしょ。君は何かを守れるような力なんて持ってない、ただの子供の内の一人でしかなかった。そしてそれは、きっと今もそうだ」

君はこの艇に保護されている、ただの子供だよ。

「だから、もっと自分の立つべき場所を よく考えるべきだよ」

図星だ。
喰が言っている事には何一つ反論できない。
悔しくてたまらない。
ツバキを愚弄されてそれを殴り飛ばせる力もない。
ここに居るだけで、何の役にも立てない。
悔しくてたまらない。

花礫の憤りは、気がつけば自分自身に向けられている。

小さく「くそ…!」と吐き捨てて 花礫はついに喰から目を反らした。
微か俯いて、自分の足元を睨む。なりふり構わず叫び散らしたい衝動に駆られる。

「………………。」

喰は、もう笑ってはいなかった。
ただ 肩を震わす花礫を見る。聡いと感心する。
自分が忠告する言葉の意味を、この子供はすべて汲み取る。
そうして、自分がどれだけ無力かも 思い知っている。

きっと、………ずっとずっと昔から。


「喰くん」

その声は、いつもより少しだけ真摯だった。

視線をずらすと ドア口から與儀が歩み寄ってきていた。
特に怒りや不快感を表した様子ではない。
けれど声と同じく、表情も、いつもの緩みきった笑顔ではなかった。
どこか他人行儀な 作り笑顔だと 喰は気がつく。

與儀は花礫の少し後ろで立ち止まる。
ほんの一瞬 花礫の背中を見やったが、すぐに喰に笑いかける。

「平門さんが呼んでたよ。今度の円卓での会議の件みたい」
「……そう、ありがとう」

喰も、何事もなかったように笑みを返した。
不穏な空気なんて微塵も醸し出さなかった。

喰は 花礫に一言も、一目も、くれずに部屋を出て行った。


「………………。」
花礫は背後に立つ與儀の気配を探る。
どことなく、気遣われているように思えた。

「……嘘とか…」
ぼそりと呟くと、與儀は 横から「え?」と覗き込んできた。
きっと今の自分は酷い顔をしている。
だから、花礫は ツンと顔をそっぽに背けた。
いきり立っていた憤りは冷めてきていたが、胸に篭っている重みは消えない。
助けられてばかりだ。守られてばかりだ。
情けない。
でも、與儀にはそうゆう心の内を見せたくなかった。

「嘘とか言える頭、あったんだな」
いつもの憎まれ口。
與儀は 少し花礫の横顔を見つめていたが、すぐに いつもの ふにゃっとした笑顔になった。

「えへへ 俺だって大人ですから〜」
「その顔で大人とか、笑えねェ」
「ええ 何それどーゆう意味ィ!?」

大げさにショックを受けている與儀の様子を横目に見て、花礫は はぁと誤魔化すように大きく溜息を吐き出してみる。

「…お前、いつから聞いてた」
「えーっと…そんなには、聞いてないかな。花礫くんがなんか物凄く怒ってるかなって思っただけ」
「………あっそ」

素っ気無く応えると、花礫はスタスタと部屋を出て行こうとする。
その背中を見て、與儀は 曖昧に表情を歪ませる。


花礫くん。
声には出さず、声を掛ける。

花礫くん。
俺、大人だからね。
……大人だから、嘘も平気で吐くんだ…。

「花礫くん!」
めんどくさそうに振り返った花礫に、與儀は目いっぱい明るく笑った。

「飲み物貰いに行こうよ!給仕の子が 新しいミキサーが手に入ったから珍しいジュース、作ってみたいって言ってたんだ!」
「は?実験台になる気はねェーよ」
「ミキサー、ちょっと使わせてもらえないか頼んでみようよ。弄ってみたくなぁい?」
ね?と笑ってみせると、花礫の意地は少しブレたようで、顎に手を当てる。

「………行く。」
「よし!行こう!」
駆け寄った與儀は花礫の両肩を持つと 早く早くと後ろから急かした。

「〜押すなっつーの!」
「痛デ!殴らないでよ花礫く〜ん」

口から炎を噴き出さんばかりの花礫に 叱られながら、與儀は笑う。

少しでも花礫の気が紛れればいいと思いながら。


「………………。」
本当は、ドアの影で全部聞いていた。
『生憎、そんな事しなくても稼げる腕があんだよ』
そう言う花礫の指先は、忙しなく震えていた。


「ツクモちゃんと无ちゃんの分も作ってあげようね〜」
「初めてで美味くできんのかよ…ったく」
ふて腐れる花礫の横顔を盗み見る。

「大丈夫だよ〜 きっと上手に出来るよぉ!」

あの指先の意味を、見て見ぬふりをして笑ってる俺は、最低な大人だよね。



■確信をついて笑ってる僕を遠ざける(WHAT`S FUNNY?/SADS)

喰がただの嫌な奴にならないようにしたかったんだが…笑"


[ back to top ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -