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▼ 落書き(優希アキラ・学園黙示録ぱろ)




「…交代」

アキラが次にベランダにやって来た時、奈緒は居なかった。
優希は一人ぶらぶらと足を外に投げ出して、くるりとアキラを振り返る。

「俺変わるから、寝てこいよ」
「ありがと」
立ち上がった優希が んーと両腕を空に伸ばして伸びをした。
出来るだけいつも通りに。そう装うアキラを ほんの少しチラリと見た。

「あ。」
「あ?」

優希が、ズボンのポケットを漁った。
そうして何かを取り出し、腰を下ろそうとしたアキラの腕を ぐいと引っ張る。

何だよと見やるアキラに、優希は「はい」とそれを無理やり手に持たせた。

「…………何これ。」
「シュシュ。」
「見りゃ分かるっつーの」
「奈緒ちゃんの、シュシュ」
「…………だから何だよ…」

怪訝と不機嫌で眉を寄せたアキラを、優希は のほほんと見返す。

「さっき取れちゃったの。返してきてよ」
「は?自分で行けよ」
「聞かないんだね、なんで取れたのとか」
「…知るかよ」
「……中条さん、なんて言ってたの?」
「!?」
アキラの肩がビクリと引きつった。
優希の言葉の意味を悟って、シュシュから優希へと視線を上げた。
盗み見ていた自分をからかってくるつもりなら、その頭を殴りつけてやろうと思った。

「…………………。」
でも、優希はとても複雑な表情をしていた。
泣きそうな、笑いそうな、怒りそうな……苦しそうな…。
見てるこっちまで複雑な気持ちになる。

変な沈黙で、見つめ合ってしまった。

「……お前、ほんと千里眼だよな…」
「起き上がった時に、ちょうど目に入ったんだよ」
「………あっそ、別にどーでもいいけど」
受け取ったシュシュをひらひら振って、アキラは渋々とベランダを出て行く。
カラカラと窓を開け 部屋に片足を入れてから、はてと振り返った。

「優希」
「んー?」
また座りなおし 下の道を見下ろす優希は 振り返らない。
暗い夜を背景に背負ったその背中に、言った。
「……なんかあんなら、俺に言えよ。」
「…はは、心強いね」

アキラが去った後、優希の背中は、笑ったのか泣いたのか、少し震えた。



――……



二階の一室。
コンコン、とノックをすると 中から奈緒の声が返ってきた。
ドアを開けると 奈緒は眠る前だったのか ベッドの上に座っていた。

「あ、悪ィ。寝るとこだったよな」
「ううん、平気。なんか、眠れるか分からなかったし…」

いつもと違う寝床。しかも赤の他人の生活感が残った部屋だ。
きっとこの部屋の主はギャルだったのだろう。濃いピンクと黒が基調の派手な色合い。
鼻を掠める甘い香水の香りに、奈緒は全く馴染んでいなかった。

「どうしたの?」
首を傾げる奈緒に、アキラは「いや、」と言葉を濁した。
何、と改めて言われるとなんだか戸惑ってしまう。
入っていいよと示す奈緒を見て、アキラはドアを少し開けたまま 足を踏み入れた。
極力奈緒と距離を開けて、ベッドの端に座る。
ドアを閉めなかったのは、……下心が沸き起こらないように、だ。
”何か”する為に来たわけでは決してないが、アキラは好きな異性に対しての自分の理性に全く自信がない。

全く警戒しない奈緒は にこりと笑った。

「やっぱり、こんなんじゃ眠れないよね」
どうやらアキラの訪問を 寝付けない暇つぶしだと思ったようだ。

「優希くんは、凄いよね…」
奈緒の声には本当に賞賛の色があった。

「あんな状況で、私のことを見つけてくれた…。私、あそこで死ぬんだって諦めちゃってたのに。優希くんは、手を掴みに来てくれた…」
「………そうだな…」

奈緒の救出を思い返す。
奴らに背後を塞がれ、前方の奴らをなぎ倒しながら、歩道橋を走っていた。
後方を守っていた優希が急に立ち止まり、何も告げずに桟橋を飛び降りた。
無人トラックの上に着地した優希に、気がついた鴇さんが名前を叫んで。
他の全員も何事かと歩道橋の下に身を乗り出して、目を見開いた。
「優希てめ何、!?」
けれど優希は引き返さなかった。
玉突きで折り重なった車の屋根の上を駆けながら 「奈緒ちゃん!!」と叫んだ。

車やら道路標識やらが塞いでいる道路の向こう。
火の手と奴らの手で包囲されようとしている一角に、追い詰められている人影があった。
黒く煙たい光景の中 目を凝らすと、それは 奈緒だった。

奈緒を捕まえようとする奴の首を刺し、優希は奈緒を車の上に引っ張りあげた。

優希が気づかなければ、絶対に見落としていた。


「優希くんは、私の命の恩人だよ」
そう微笑む奈緒を見て、胸が痛む。
そう…きっと奈緒から見れば、優希は強く優しい希望のヒーローだ。

でも、そんな完全無敵なヒーローなんか、この世には居ない。

「優希さ、あいつ…」
アキラの声は いつもより低く厳しいものに感じた。
奈緒は少し不思議そうにアキラの横顔を見る。

「見栄っ張りなとこあってさ。全然大丈夫じゃねェーのに、平気で笑って大丈夫だとか言うんだよ」
「………そう、かな」
「そうなんだよっ。あいつ、強くねェーくせに人には強く見せるの巧いんだよ」
強めに吐き捨てるアキラに、奈緒は微かに驚きを見せて言葉を失った。
その空気に気がついて、アキラは内心 後悔して、押し黙った。

「……っくそ」
俺は何が言いたいんだ。
ギリギリの優希に八雲を殺してくれと言った奈緒を責めるのか?
無理をして狂いそうなのに 人に縋らない優希を罵倒するのか?

自分が頼ってもらえなかったから…?

「……なんなんだよマジで…俺最低だな死ねよもう」
「………ア、キラ君…?」
「…悪い。駄目だ、言いたい事まとまんね。」
自分を蔑んで 苛ついた様子で頭をガシガシと掻き乱すと、アキラは立ち上がった。
え、と戸惑う奈緒を見やった。

「寝る前に…邪魔したよな。悪ィ」
「…ううん、平気だよ。あの、アキラくん…大丈夫?」
心配そうに見つめてくる奈緒に 苦く笑ってしまう。
奈緒は悪くない。
俺だって、母ちゃんが奴らになっていたらと怖かった。
俺を俺だと気づかずに 食料として喰いかかろうとするとしたら。

きっと誰かに”コレ”を殺してくれと嘆願するだろう。

「これ。」
口実だったシュシュを奈緒にぽいと投げる。
両手の中に落ちてきたそれに、奈緒は目を丸くした。
「え…っ。これ、どうしたの?」
「…階段に落ちてたんだよ。お前んのだろ」
「……そうなんだ?うん?…ごめんね、ありがとう」
どこか腑に落ちない表情の奈緒を残して、アキラは足早に「じゃーな」と部屋を出た。


後ろ手にドアを閉めて、込み上げてくる感情に唇を噛む。
抱えてるものは結局、どちらの力にもなれてない自分への失望だ。

きっとこれから先も奈緒が自分に縋ることはない。優希がいるから。
そうして優希の狂いだす歯車は、自分には止められない。頼れないから…?

助けになりたいだなんて多分こんな感情は上っ面で、根っこはサイテーな自己顕示欲だ。
でも、………優希の背中も、奈緒の不安も、心配で堪らない。
どっちにも、どうかこれからもずっと無事で居て欲しい。

何も出来ないくせにそう願う自分が腹立たしい。

「……〜死ねよ俺、マジで…」

どうしようもなく、泣いて叫びだしたい衝動に駆られた。



■瓦礫のように積み重なる この感傷はどこへ行く?(HIGHSCHOOL OF THE DEAD)


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