小説 | ナノ


▼ if…

■美柴さんとアキラのママさんが昔話をしています。



「トキ君はさ、結婚とか考えてないの?」

そう聞かれるまで、そんな事はまったく考えたことがなかった。





夜のファミリーレストラン。
窓際のボックス席では託児所から帰ってきたばかりの優希とアキラが運ばれてきたケーキを仲良く突付いていた。
アキラの口元に付いた生クリームを「ほらもうー、ゆっくり食べなってばー」と軽く窘めながら母親が拭く。


「−たまには大勢でご飯も良いと思わない?」
そう言い出したのは アキラの母親 静香のほうだった。

彼女は年は美柴の二つ上。10代の頃に家出し 歌舞伎町で所謂キャバ嬢として生きてきた女性だ。
若さゆえに悪い男に引っ掛かかり、今もアキラを抱えて水商売を続けている。
初めて託児所で見掛けた時は 相当酒に酔っていて、「アキラが居れば幸せだよぉ」と幼い我が子に熱烈なキスを浴びせていた。
迎えの時間にはいつも痛ましいぐらい酔っ払っていて、幼いアキラのほうが 静香を支えて歩く。
彼女を保育士や他の保護者が良い目で見ていないのは明らかだった。
美柴自身も、どう見ても苦手なタイプだと印象付けていた。
しかし優希とアキラが仲良くなるにつれて 話をする機会が増え、今ではこうしてたまに食事をしたり 約束をして子供の服を見に行ったりもする。

見てる方が心配になるほど細く華奢で、エクステで盛り上げた金髪と濃い化粧。
でもどんな事も「へーきだよー」とケラケラ笑い、アキラの事が何より大切な、強い母親だった。

「普通だったら彼女いたり、お金使いまくって好き放題してるんじゃない?」
あたしがトキ君だったら絶対そうしてる、と様々な妄想を繰り広げて一人うっとりしている静香に、美柴は少し首を傾げた。
……そんなものなのだろうか。『普通』の基準がよく分からない。

静香はもちろん美柴がどうゆう経緯で今に至るのかは知らない。
そうゆう事を聞きだそうとする厚かましさは彼女にはない。
同じ歳の子供を、同じ独り身で苦悩しながら育てている。そんな共闘感と心地よい距離感で 静香は美柴や優希に接してくれていた。
だから、美柴も静香には自然と言葉を並べることが出来た。

「……そうゆうのは考えたことがない…」
「全然?」
ああと頷く美柴に静香は 女性らしい妖艶な笑みで身を乗り出す。
「あたしでもいいの?」
「そうしたらアキラが静香さんだけの子供じゃなくなる」
「!!それは困る!!」
大げさに震え上がる様子に、呆れて思わず少し笑ってしまいそうになる。
こんな静香の悪ふざけな求愛はもうお約束で、切り替えしにも慣れてしまった。
「………そんなんで、アキラが将来恋人連れてきたりした時はどうするんだ」
「あたしより可愛くて家事が出来てしっかりしてる子だったら許してやってもいい」
「…………………たくさん居ると思う」
一瞬でギラリ!と恐ろしい目力で睨まれて、美柴は逃げるようにコーヒーを飲んだ。

「………静香さんは」
「あたし?」
きょとん と自分を指差した静香は、すぐに首を横に振った。
「あたしも全ー然考えてない。親はアキラの為にもそうしたほうがいいって言うけどね…」
そうして、そっと頬に影を落として笑う。
「男なんて、もうたくさん。こんなあたしがママでも、アキラはきっと真っ直ぐに育ってくれるし、育ててみせるよ」
静香の視線を追って、隣に目をやれば アキラと優希は絵本で手話の勉強をしていた。
周りを巻き込むほどやんちゃでも アキラは充分心優しく真っ直ぐな子だと美柴は想っている。大切な優希の、大切な友達だ。

「まぁでもさ、人それぞれだから!トキ君ならその気になればほいほい彼女出来ちゃうかもね」
男前め〜とクスクス笑いながら、静香もコーヒーを口に運ぶ。
その時、美柴はほんの微かに躊躇ったが 白状することを選んだ。

「二丁目で働いてた。」
「−ごほっ!!?」
静香は喉を通り損ねたコーヒーを慌てて飲み下しながら、美柴に顔を上げる。
「え嘘ぉ!?」
「……嘘つく意味がない」
「マジでェ!?」
美柴が思っていた以上に 静香の反応は大きかった。
いくら静香の懐が広くても それこそ人それぞれの価値観だ。
……言わないほうが良かったかもしれない。

「くそっ 良い男に限って女眼中に無しかよ…!!」
「………」
「アキラが結婚してからって手もあったのに…!!」
……否、言っておいて良かったかもしれない…。

心底悔しげな静香に 美柴は弁解を入れた。

「……別にそうゆうつもりで働いてたわけじゃない」
「…え、二丁目ってノンケでも働けるの?」
驚くほど自然に、まるでレシピを尋ねるかのような問い掛けに 美柴はどこかほっとした。 呼吸を一つ置いてから、話を始める。

「……学生の頃から 面倒を見てくれてた人が、たまたまそこでバーをしてた。俺は"こう"だから…バイトで働かせてくれた」
美柴の気持ちが落ちていたり荒れている時は それとなく道を示してくれた。
今でもたまに優希の面倒を見てくれたりもする。
店長のオムライスは優希が世界で二番目に好きなオムライスだ。
そうやってゆっくりと店長のことを話すと 静香は嬉しそうに微笑んだ。

「…そうなんだ。良い人なんだね、その人」
頷いてみせると 静香も頷く。
そこで思い出したように「でもじゃあ、」と首を傾げた。

「トキ君には彼氏とか、居なかったの?」
「!…………………」
こうゆう時、美柴には"上手く誤魔化す"という技術がない。
ピクリと固まって黙ってしまった美柴を見て、静香は「正直だよねホントに」と大きく笑った。

「………………」
「…………?」
それ以上話そうとしない美柴に気づき、静香は心配そうに覗き込む。
「……話したくないなら、いいんだけど。……良い男じゃなかったとか?」
「…………付き合ってたわけじゃない…」

ようやく言えたのは、そんな言葉だった。

ビズゲーム。………それは誰と話していても話題に上がる事のない昔話だ。
けれど今でもたまにふとした瞬間、思い出すことがある。
人でごった返した駅やビル街。深夜の街頭。潰れて空いている建物。
そんな景色が目に映ると、どこからともなく 幻聴のように当時の会話が耳に戻ってくるのだ。
そんな中でも 一番胸に沁みるのは、タバコの匂いだった。
美柴にはあの匂いだけで、思い出す存在があった。

「…………………………。」
思えば 最初に身体を寄せたのも、最後に離れていったのも、自分からだった。
美柴には当時、どうしても手放せないものがあった。
だから……中条に背を向けて、終わらせた。

「…………喧嘩して、寝るだけの…相手だった……」
言い様のない胸の重みに 美柴は溜め息を溢す。
それを見守って 静香は柔く笑った。


「…付き合ってたんじゃない?それって」
「?」
思いがけない台詞に 美柴は顔を上げる。
「あたし、トキ君がセフレなんて器用な真似出来るタイプには思えないし」
それは当時美柴自身も思ったことだった。
(何故こんな関係が続いているのか)と中条も不思議に思っていたと思う。
「「自分達付き合ってます!」なんて公にしないカップルってたくさん居るし、お互いが相手のこと大切だったなら、それは付き合ってたってことでいいんじゃない?」

大切…? でもそれは自分たちが恋人同士だったからでは絶対に無い。
運命共同体。互いの目的の為に必要な人員だっただけだ。

「……俺は相手の為に、何かした事は一回も無い…」
「じゃあ してもらった事もないの?」
「………っ、」

額に受けたいくつものキス。
寝起きに出来上がる炒飯。
愛撫ではない、寄り添うだけの抱擁。
自分が怪我をすれば、不機嫌に手当てを施す手。

思い返すほどに、胸の重みが酷くなった。
けれど、美柴が築いていた壁はまだその気持ちにNOと言う。

「……名前と、血液型と……好きな煙草ぐらいしか知らない…」

青いCABIN。残り香を纏う指先。
いつか渡したジッポは 今も中条の手の中にあるのだろうか…

「………相手だって、俺のことは何も知らない。」
ビズに関する物はすべて捨てたのに、指輪だけは今もクローゼットの奥にある。
身に着ける事も 取り出す事もないのに、捨てずにいる。

「……いつも、部屋に女物の小物が落ちていたし…」
もしかしたらとっくに結婚して、それこそ自分のように子供がいるかもしれない。

………だとしたら、幸せにしているのだろうか…。

「……きっともう覚えてない…」
「………………。」
静香は 黙って美柴の話を聞いていた。
美柴が自分自身に言い訳をしているように見えた。

「……ねェ トキ君」
自分のことのように胸を痛ませて、静香は美柴を見つめる。


「トキ君は その人のこと、好きだったんだよ」


真っ直ぐそう断言され、美柴は言葉を失った。
愕然と静香を見つめ返す瞳。
自分の事なのに 初めて知ったと衝撃を受けている美柴へ、静香は言い聞かせるように もう一度優しい声で言った。

「……好きだったんだよ…。気がつかなかっただけで…」
そうして、何故か無性に切なくなって 微笑みながら ほろほろと泣いてしまった。


(その人が、いつかまたトキ君と出逢ってくれたらいい…)
本当に、心からそう想った。


「大丈夫、きっと覚えてるよ」



■僕よりか当たってるよね、きっと(inocent/清春)


……静香さんはその後 どう見ても元ヤンな中条さんを見て 前言撤回する。(自分も元ヤンなのに)笑"
そして「あんたみたいな腐った男にトキ君をやれるかぁ!(蹴)」「お前みたいなケバい女に美柴が靡くわけねェーんだよ!」と100年戦争を繰り広げる。笑






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