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▼ ケモノ耳




優希の耳は 片方が大きく欠けている。
尻尾も、途中でブツリと切れてしまっていて 振っても毛並みは靡かない。

出来損ないの、置いてけぼり。

暗くて泥汚い洞穴で 美柴は優希を見つけた。
とても小さな体で その不恰好な尻尾を抱えて震えていた。
涙もとうに枯れてしまった顔は泥だらけで、暗い穴の中では毛の色もよく分からなかった。

死に場所を探して彷徨っていた美柴は、その消えてしまいそうな幼い命に 自分の抱えていた憂いを忘れて、慌てて手を差し伸べた。


ゆっくりと丁寧に抱きかかえて 家に連れて帰った。
水浴びをさせて 痛くないように体を拭いてやると、綺麗な薄茶色の毛並みが艶やかに光った。
正直、その色にとても驚いた。
こんな明るい色をした獣は見たことが無い。
これではどこの姿を隠しても、きっとすぐに見つかってしまうだろう。
あぁ…だからあんな真っ暗な洞穴にいたのか…。
そう納得して、未だに震えが収まらない体を包むように抱きしめた。

一言もしゃべらない優希は、ビクビクとまるで初めて見た生き物を見るような眼差しでずっと美柴を見つめ上げていた。
「……もう、大丈夫…」
慣れないながらに 美柴は優希の千切れた耳を毛繕いする。
傷口からじんわりと滲んだ血の味がした。
「っ!」
ぎゅっと美柴の尻尾にしがみつく優希の手は、まだ生きたいと 願っているように思えた。




ぴょこぴょこと優希の短い尻尾が、草むらの中で右往左往に揺れ回る。
それを目で追いながら、美柴は そっと心の中で笑う。
きっとまたバッタと格闘しているのだろう。
狩りを覚えたばかりの優希は、まだまだ虫すら上手く捕まえられない。


あれから時は流れて、優希はもう元気に駆けたり笑ったりするようになった。
言葉を操れない優希は いつも懸命に美柴の言葉を分かろうとする。
洞穴から一度も外に出たことがなかったと 今初めて出会う様々な事を目一杯吸収している。
褒められて嬉しい時は あの短い尻尾が振り切れんばかりに揺れる。
叱られて沈んだ時は あのトゲトゲの耳がぺたりと伏せる。
そうやって毎日を一生懸命に生きる優希に勇気付けられて、美柴も前を向くようになった。


今は、とても幸せだ。


けれど心無い他の獣達が、優希を「出来損ない」と笑う。
美柴以外には懐かず まわりの色に馴染まない毛色。
それに、優希の年頃になれば、獣達はみな独り立ちをして自分の力だけで生きていく。
でもそれは その年まで大人達がサポートしてくれたから旅立てるのだ。

ずっと何も教えてもらえずにいた優希は、言わば今こそが生まれたばかり。
小さな体で、一生懸命生きていこうとしている。
…優希は出来損ないなんかじゃない。
まるで誰かに食い破られたような耳や、何かで切り落とされたような尻尾も、一生治らないかもしれない。
生まれたままの色じゃ この世界では生きてはいけないかもしれない。
けど、覚悟は出来てる。

優希の為にしてやれる事は、なんでもするつもりだ。
例え滅びる道しかないのだとしても。

「……………」

例え誰に蔑まれても。

(見て!鴇っ)
やっとバッタを捕まえた優希が、誇らしげに咥えて駆け戻ってくる。
「さっきのより大きいな」
そう言って 耳を撫でる。
(明日はもっと大きいのを捕まえるよ!その次の日も、次の日も!)
「……楽しみだ」

例え……いつかこの子がこの手から旅立つ日が来るとしても。



君に出会えて、良かったと思う。



■拍手は一人分でいいのさ それはキミの事だよ (ストレンジカメレオン/the pillows)

助けてもらったのは、美柴さんのほうって話。





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