小説 | ナノ


▼ 龍王戦、準備!

■鉄虎と晃牙が『先輩大好き枠』でちょっと仲良くなってたら良いなというお話。


夢ノ咲学院。広い校舎の廊下に、張り紙をして回る一年生が一人いる。
空手部一年、南雲鉄虎。彼は今、『龍王戦』の挑戦者探しに翻弄されていた。

龍王戦は空手部の歴史そのものと言える伝統的なドリフェス。前回の勝者は、龍王は、現空手部部長の鬼龍紅郎だ。
南雲は空手部に入った以上、あの迫力あるライブを是非とも主催したいと思っていた。
しかし今の夢ノ咲学院は生徒会の力が大きすぎる。
龍王戦のようなB1は、たとえ勝ったとしても成績に反映されることもない上に、関われば生徒会や教師に目をつけられるだけ。
ルールのもとで平和を甘受している生徒達の中に、『龍王と戦いたい』と願う者はそういない。
(・・・・せっかく大将も承認してくれてるのに)
ステージや照明に関してはなんとか段取りをつけることが出来そうなのに、肝心の挑戦者を見つけることが出来ずにいた。


このまま挑戦者が見つからなければ企画は泡と消えてしまう。
はぁあと込み上げる諦観の溜息に、南雲は慌てて首を振る。
諦めてはいけない。絶対に成し遂げると鬼龍に宣言したのだ。
あっちの渡り廊下にも張り紙をしよう。そう体の向きを変えると、隣の柱に貼った張り紙をじーっと見ている生徒がいた。

「!」
多くの生徒が見向きもしなかった張り紙を、神妙に見ている生徒がいる。
その光景に、南雲は思わず胸が高鳴って、彼に近付いた。
ネクタイの色を見ても、何年生か分からない。
夢ノ咲学院は支給されたネクタイの色で学年が分けられている。現在は下級生から赤、青、緑という色分けだ。しかしその生徒がしているネクタイは、黒だった。
一年生の中には制服を着崩している生徒はいなかったはずだから、この生徒は上級生だろう。

傍に寄って来た南雲に気がついたその生徒は、「ぁあ?」と険しいオーラで眉を寄せた。鋭い眼差しで南雲を見下ろす。
素行の悪そうな、見るからに不良っぽい雰囲気に、南雲は少し遠慮してしまう。
「これ貼ってんの、お前か?」
しかし思いがけず相手のほうからそう問いかけられた。南雲が腕に抱えた同じ張り紙を見て気がついたようだ。
「そ、そうッス・・・!!」
どう見ても1000パーセント、生徒会の人間ではない。ならばB1の存在を知られても問題はないだろう。
「あの、今度、俺がMCを務めるドリフェスを開催する予定なんス!『学院最強の男を決めるドリフェス』その名も龍王戦ッス!!」
説明しているうちにテンションがあがってしまう。
「成績には反映されないB1ッスけど、この学院で最も熱い、男と男の戦いッス!!」
「B1ならこんな張り紙してたら一発で生徒会に潰されるぞ」
「う・・・!・・・それは、そうなんスけど・・・」
しょんぼりと肩を落とす南雲を、上級生の生徒は黙って見下ろすだけだ。
「〜・・・挑戦者がいないんスよ・・・。先輩も仰る通り、B1なんて関わったら生徒会に睨まれるだけだって皆分かってるから、誰も出てくれないんス・・・。だからこうして、挑戦者を募ってるところッス」
「一年のガキが主催しようってのがそもそもの間違いなんじゃねぇーの」
そう言って嘲笑う生徒は、どこか挑発的だった。相手を侮辱するというよりも、わざとけしかけているような・・・。
煽られている。そう感じた南雲はぐっと目に強く力を込め、拳を握って反論した。
「俺は諦めないッス!!絶対諦めないッス!!」
そこまで大きな反響を受けると思っていなかったのか、挑発した生徒はきょとんと目を丸くして南雲を見やる。
「龍王戦は空手部の先輩達が代々受け継いできた伝統なんス!それに、前回の龍王はうちの空手部部長!鬼龍紅郎!大将がこの学院で最強だってとこ、俺はしっかり魅せたいんスよ!!」
「・・・へぇ〜・・・鬼龍紅郎・・・」
ぼそと口の中で名前を反芻した生徒を見上げて、南雲は目を輝かせる。
「その様子だと、大将をご存知なんスね!やっぱ大将は誰もが認める男の中の男ッス!」
すると、それまでポケットに手を入れて舐めきった態度で射に構えていた生徒が、楽しげにニヤと不敵に笑った。

「ハッ!ふざけた事抜かしてんじゃねぇーぞ。本当に最強かどうか、俺様が直々に見定めてやんよ」
一瞬、南雲はその返しの意味を理解出来なかった。
「・・・え!?え、それって・・・それって、出場してくれるってことッスか!?」
突然の出来事に、ついガバッと上級生の両肩を掴んでしまい、張り紙が廊下に散らばる。
バサバサー!と一気に周囲に落ちていく張り紙に、その生徒は動揺しながら叫ぶ。
「〜お前うるせぇーなぁ!毎回毎回んなデケェー声で言わなくても聞こえるっつーの!つか、紙!すげー落ちてっから!!」
「あ、あのっ!え!?本当ッスか!!出てくれるんスか!?マジッスか!!挑戦者に、なってくれるんスか!!」
「オイ揺らすな!騒ぐな!離せ!落ち着けこのガキ!!張り紙を拾え!!」
ガクガクと掴んだ肩を揺らして歓喜する南雲に、銀髪が吠えて振り払う。
その怒号でようやく舞い散った張り紙に気がついた南雲は、慌ててそれらを回収する。
回収しながら、今一度確認をと思い顔をあげると、なんとその生徒も一緒に張り紙を拾い集めてくれていた。

「あの!・・・本当に良いんスか!?龍王戦、出てくれるってことなんスよね・・・!?」
「あぁ。今じゃどいつもこいつも腰抜けばっかになっちまったけどよ。お前みたいな奴がやるドリフェスなら、久々に暴れられそうだ」
南雲の表情が一気にキラキラと輝いた。「〜よっしゃ・・・!」と小さなガッツポーズを何度もして、夢の実現の兆しを噛み締める。

拾い集めた張り紙を南雲の頭を叩くように押しつけながら、その生徒は自信満々と鼻で笑った。
「龍王だかなんだか知らねぇーけど、この学院で最強は俺様なんだよ!お前の憧れの先輩は、俺様が沈めてやんよ!」
「むっ!それは・・・!」
反射的に反論しようとして、気がつく。これは宣戦布告というやつだ。戦う意志をぶつけられているのだ。
これ以上は、舞台で決着をつけるべきものだ。勝負とは、そうゆうものだ。
「〜分かったッス!そこまで言うなら、空手部の名を持ってその挑戦、受けて立つッスよ!大将に挑戦者が現れたことを伝えて、また改めて打ち合わせをさせてくださいッス!!」
しっかりと受け止めて応えた南雲は、そこでようやく大事なことを思い出す。

「あ!えっと、お名前と、所属してる部活を教えてほしいッス。龍王戦は個人戦スけど、一応部活が仕切るドリフェスなんスよ」
「大神晃牙。軽音部だ」
部活を告げてすぐに、大神は何か厄介事を思い出したように顔を歪めた。
「あー・・・いや、部活はどうでもいいだろ。俺は2Bだから、なんか決まったことがあったら教室に来い」
「え、でも・・・部活対抗だからそっちの部長さんとかにもお話を」
「いいんだよ」
南雲の言葉を遮って、大神は軽音部の関わりを拒絶した。かつあげをするヤンキーのように、南雲との距離をぐいと詰め寄る。
「軽音部に足踏み入れやがったら、今回の出場は白紙にすっぞ」
「!!それは困るッス!!」
ぶんぶんと首を振った南雲は、「押忍!」と空手部らしく改めて挨拶をした。
「俺は空手部一年、南雲鉄虎ッス!じゃあ打ち合わせは2年B組にお邪魔させていただくッス!!このご恩、必ず正々堂々、舞台でお返しするッス!!よろしくお願いします!!」
渡り廊下に響き渡る大声でそう告げた南雲は、今度はハッと息を飲む。
「大将にご報告してくるッス!!大将は3年生だから、えっと、ここからだと、えっと」
「右の階段な」
どうやら南雲は頭より体が先に動くタイプらしい。
自分も似たようなものだが、なんだか危なっかしい一年生にやれやれと苦笑いながら、大神は三学年室への近道を提示する。
「押忍!ありがとうございます!!」
深々と頭を下げた南雲は、親犬のもとに帰る子犬のように、渡り廊下を走り抜けていった。



「・・・大神晃牙?」
南雲から対戦相手が決まったと聞いた鬼龍の反応は、少し怪訝だった。
「そうッス!さっき俺が貼ってた張り紙を見て、自分が大将を負かすんだなんて言ってきたんスよ!でも、龍王戦に出てくれるって、言ってくれたんスよ!!これで大将も、龍王戦、出てもらえるんスよね!?」
「・・・あぁ、そりゃあ良いが。鉄、お前そいつの事ちゃんと知ってんのか?」
「へ?あ、えーっと、軽音部だっていうのはちゃんと聞いてきたッスよ!!」
一番難航していた挑戦者探しが解決し、南雲はすっかり舞い上がっている。
しかし鬼龍はそんな南雲の様子に、不安を覚えていた。

軽音部の「狂犬」。手綱を握っているのは・・・・あの男だ。



夢ノ咲学院きっての変人が集う、3年B組。
鬼龍紅郎は、朔間零の席の前にドッカリと座った。
「おい」
時刻は夕方。未だぐったりと机に突っ伏している朔間の頭頂部に向かって、鬼龍は声を投げる。
朔間に起きる様子がないと分かると、軽く机の脚を膝で蹴り揺らした。
「おい朔間」
「・・・ん〜」
愚図り声と共に、朔間は突っ伏したまま視線だけを鬼龍に寄越す。
上目に流し見るその視線は、乱暴な目覚ましに不機嫌そうだ。もしその視線を受けたのが下級生ならば、竦みあがってしまうだろう。
だが鬼龍はそんな一瞥をさらりと軽く受け流す。朔間も、起こしたのが鬼龍だと分かると ゆらりと穏やかに身体を起こした。

「なんじゃ、鬼龍くんか。我輩まだこの日の光に力を奪われておるから、日直なら他の者に」
「日直の話じゃねぇーよ。つーか、お前日直当番なんざ一回もまともにやったことねぇーだろうが。ついでにもう夕方だ」
「おや、本当じゃ。いつの間に」
教室はすでに放課後の活動に向かう生徒達ばかりだ。朔間は大欠伸で身体を伸ばす。
「では、我輩も根城に帰るとするかのぉ〜」
「根城ってのは、軽音部室か?」
少し剣呑な鬼龍の声色を察し、朔間ははてと目を向ける。クラスメイトから喧嘩を売られる覚えはない。
「ん?そうじゃが。それが何か気にかかるかのぅ?」
「お前のとこの犬ッコロが何やら仕掛けてくるみてぇーだが?後輩を出してくるなんざ回りくどい真似してんなよ」
静かに、けれど不穏に、鬼龍が忠告する。
「こっちも後輩が頑張って必死に企画してるんだ。もしお前らが何か良からぬこと企んでるんだとしたら、容赦しねぇーぞ」
ビリビリと空気を裂くような殺気に、けれど朔間は心底不思議そうに目を丸くして、首を傾げた。
「はて。わんこが?・・・何かあったかの?」
「・・・あ?」
「・・・わんこが鬼龍くんに何か粗相をしたのだとしたら・・・それはすまない。我輩、何も知らぬのじゃけども・・・」
ふむと真剣に考えこむ朔間の様子に、鬼龍は拍子抜けして軽くははと笑った。
「なんだ、俺はてっきりお前の差し金かと思ったぜ」
「何の話じゃ?」
「本当に何も聞いてねぇーのか?」
肩の力が抜けた鬼龍は、「疑って悪かったな」と一言置いてから朔間に説明する。

「今、俺の空手部の後輩が『龍王戦』を企画してんだよ」
「ほぉ。前回の龍王は確か鬼龍くんじゃったの」
「まぁB1だけどな。で、その後輩が一年生なんだが甚く熱入れててよ。挑戦者が見つかればやってやるって言ったら本当に見つけてきやがったんだ」
「なるほど。それがうちのわんこ、ということか」
「あぁ。どうゆう成行きかは知らねぇーが、さっき昼休みに鉄が知らせに来た。どうやら俺を最強かどうか見定めてやるとか散々言ってたらしくてな。鉄のやつ、自分が対戦するわけじゃねぇーのにやる気満々になっちまって」
先ほどまでの殺気立ったオーラはどこへやら。後輩の話をする鬼龍は心優しい兄のように穏やかだ。

「龍王戦は個人戦だが、一応部活を背負った戦いだ。だから俺はてっきり、お前が何か吹き込んだんじゃねぇーかと思ったんだよ。でもその様子じゃ、元気な後輩が勝手に息巻いたってとこか」
合点がいった朔間は溜息を吐き、やれやれと首を振るう。
「そうじゃな。我輩はもうただの老いぼれじゃよ。まったく、困ったわんこじゃ。よりによって鬼龍くんに挑もうなどと」
「俺は構わねぇーよ。その代わり、手は抜かねぇーからな?」
にやりと不敵に笑った鬼龍に、朔間も仕方がないと諦めたように頷いて、席を立つ。
「好きに料理してやっておくれ。ずっと檻に入れられておったから、暴れたくてしょうがないのじゃろ」
部室に向かう朔間の横顔を、鬼龍はチラと見やる。

(檻に入れられているのは大神だけじゃねぇだろう?)
そう脳裏に過ぎった言葉は、口に出さなかった。

「可愛い後輩を放置するのも大概にしとけよ。なんならお前が出てきたらどうだ?歓迎するぜ」
そう声を掛けてみると、朔間はひょいと英国映画のように華麗に肩を竦めて笑う。
「何の策もなく鬼に挑むほど、我輩は生き急いではおらぬよ」
「鬼ならお互い様だろ、吸血鬼」
「ただの老いぼれだと言うとるじゃろ。ゆっくり余生を過ごしたいのじゃよ」
「そうかよ。お前は・・・生き急いでるほうが性に合うんじゃねぇーかと思ったが?」
過去を知るからこその言葉。『奇人』の名は伊達ではないことを、上級生達は知っている。
しかし、朔間は否定を表す仕草でひらひらと手を振って、教室を出て行った。



部室に入ると、けたたましいエレキギターの音が耳を劈いた。
一心不乱に目を閉じてコード進行を繰り返す大神は、朔間に気がついていない。
リズムを刻んで揺れる身体の前にしゃがみ込み、じーっとその顔を見上げ覗き込んでみる。
「ずいぶんとご機嫌じゃな」
「ぉわっ!?」
真下から声を掛けられ、驚いた大神はぎょっと目を見開き、飛び跳ねて距離を取る。
「おやおや、まるで猫のような反応じゃの。わんこがにゃんこになっておる」
「〜〜てめぇ!気配消して近付くんじゃねぇーよ!?俺様はてめぇと違って心臓止まったら死ぬんだよ!」
「いやさすがに我輩も心臓止まったら死ぬけども」
ドキドキと跳ねている鼓動に手を当てて息を整える大神に、朔間はくくと笑う。

「そんなに一生懸命ギターをかき鳴らして。何か良いことでもあったのかの?」
「!・・・べ、別に?」
「・・・・・・」
フイッとそっぽを向いて応えた大神は、盛大にコードを間違える。不協和音がアンプから大音量で響いて、朔間は耳を塞いだ。
この後輩、嘘が下手すぎて逆に不安になる。
どうやら空手部の後輩とやらとは違い、こちらの後輩は部長に内緒で暴れたいらしい。困ったものだ。
やれやれと心の中で笑いながら、朔間はそれとなく釘を指す。
「まぁ、わんこが元気なのは良いことじゃが。あまり悪目立ちするようなことはせんでおくれよ」
「うっせぇ!」
大神はべーっと舌を出し、中指を立てる。
「俺様は腑抜けになっちまった奴らの言いなりになんかなんねぇーんだよっ」
そうしてまたギターの練習に打ち込む大神を、朔間は棺桶に座って眺める。

「元気じゃなぁ、本当にお前は」

表面だけの平和を続ける息苦しい世界の中でも、自分のあり方を信じて吠えるこの後輩を、ほんの少し誇りに思った。



龍王戦の打ち合わせは順調に進み、必要最低限の設備の手筈が揃った。
放課後の2年B組に、南雲は大神に言われて校内地図を持って参じていた。
「機材はこことここに隠しておくと良い。めったに開けねぇー部屋だし、そこそこ広いから照明も隠せる」
「なるほど!そこならステージからも近いから、設営もスピーディーに終わるっスね!!」
大神が地図に印を入れてくれるのを、南雲はワクワクと覗き込む。
「つーかお前、あの張り紙全部ちゃんと回収したんだろうな?」
「あの後ちゃんと全部剥がしたッス!!」

まだ一年生、入学して間もない南雲はドリフェスの準備に不慣れで、いつの間にかそれに見かねた大神がアドバイスする形になっていた。
「大神先輩こうゆうB1に詳しいっていうか、生徒会対策に慣れてるんスね?監視の目を掻い潜るみたいッス」
「・・・まぁそうゆうセンパイが近くにいるからな。おかげ様でってやつだよ」
龍王戦について、大神はまだ朔間に何も伝えていない。同じ部活の双子からも何も聞かれない。おそらく上手く隠せているはずだ。

「開始時間は生徒会の会議時間にぶつけろよ。少しでも行動を遅らせる」
ここ最近のB1は尽く生徒会に強制的に撤退させられている。龍王戦も、始まればすぐに目をつけられるだろう。
「あ〜うちの部長どこにマスターキー隠してんだか。あいつが居ない隙に部室とか棺桶とか、目ぼしい場所全部探したけど全然見つからなくてよぉ〜」
「そもそもマスターキー持ってるって、軽音部の部長さんは一体何者なんスか。てか、そんなカギあったとして、どうするつもりなんスか?」
「生徒会の連中を一人残らず全員会議室に閉じ込める」
「考え方が完全に悪者ッスね!?」
さすがに悪事が過ぎると思うのだが、大神は心底残念そうに頬杖をついて頬を膨らませている。
「うちのユニットのリーダーが知ったら大騒ぎしそうッスよ」
「お前も正義のヒーローなんじゃねぇーのかよ、流星隊だろお前」
「・・・あー、まぁそうなんスけど」
大神の返しに、南雲は苦笑いながら椅子の上で膝を抱いた。
「・・・?」
トーンの落ちた声色を察した大神が、じっと南雲の表情を見やる。
黙ったまま向けられるその真摯な視線に、南雲はへへと誤魔化すように小さく笑った。

「・・・俺、本当は大将がいる紅月に入りたかったんスよ。でも加入試験に落ちちゃって・・・。それで・・・それで、ユニットとして大将と一緒に舞台に立つことは叶わないけど、龍王戦でならって思ったんス」
机に置いた企画書を見つめた南雲は、微かに唇を噛んだ。
「・・・大将と一緒に戦うことは出来ないけど。・・・隣には立てるかなって。そう思ったんス・・・」
憧れる先輩がいる。追いつきたいけど、追いつけない先輩が。
それは泣きたくなるほど悔しくて苦しくて、でも、幸せなことなのだ。
きっといつかと思う日々の中で、南雲は南雲なりにがむしゃらだった。

「あ〜・・・なんか、申し訳ないッス。こうやって話すと俺の都合に大将と大神先輩を巻き込んでるだけみたいな感じッスね・・・」
「お前の都合なんか知らねぇーよ」
遠慮がちに俯いた鉄虎に、大神ははっきりと言い放った。
「俺様は自分がやりたいと思ったから出場するんだよ。誰かに気を遣うとか、誰かの為にとか、立場とか時代とかそんなもんの為じゃねぇーだろ。ライブがやりたいって気持ちは、自由だろ」
朔間はよく「まだその時ではない」だなんて言う。でも、大神にはそんな事はどうだって良かった。ただ、ライブがしたいのだ。
・・・・自分が認めるカッコイイ存在と一緒に、出来れば、いつだって・・・。

「やりたいからやるんだよ」
そう言いきった大神の主張は、きっと朔間が見ればまるで駄々をこねる子供のようだと言うだろう。けれど南雲にとって、その時の大神は『先輩』の形をしていた。
たった数日、でも唯一この打ち合わせに協力してくれたその先輩に、南雲は背中を押されて「押忍っ」と笑って頷く。
「へへ。俺、結構うじうじ考えちゃうんスよ。そうゆう自分を変えたくて、大将みたいになりたいんス!大将のカッコイイとこ、何度だって見たいんス!!」
「まぁその偉大な大将さんは俺様に負けるけどなー」
「うがー!!絶対負けないッスよー!!」
両腕を天井に突き上げて抗議する南雲に、大神は鼻を鳴らして笑っていた。



龍王戦は開始直前に生徒達に知れ渡り、久々に活気溢れる集客になっていた。
グラウンドの喧騒は、窓を開けていた軽音部室にも微かに聞こえてくる。
遠くに聞こえる荒々しい曲調と、ぼやけて聞こえてくる怒号のようなマイク音声。
それらが唐突に聞こえなくなると、朔間は静かに溜息を吐いた。窓辺から棺桶へと身を移す。
(・・・鬼龍くんがおるから、大丈夫じゃろうが・・・な)
あの不自然な音の途切れ方を、朔間はよく知っている。
おとぎ話の吸血鬼の如く、棺桶の中に背を沈める。蓋をした棺桶の中は暗闇に包まれる。

真っ暗な中で更に目を閉じて、深く呼吸を意識する。頭の奥でチカチカと瞬くのは過去の映像だ。
音が、光が、仲間が、消えていく。
忘れてしまえと追いやった過去が、こうゆう時にまだ追いかけてくる。
眠れそうにない。そう諦めた頃、胸ポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。
身体を起こすことなく、棺桶の中で光る端末を取り出して耳に当てる。

「本当に見に来なかったんだな」
呆れ笑ったような鬼龍の声に、朔間も同じように笑い返した。
「我輩が見に行ったら、わんこは鬼龍くんどころではなくなってしまう」
「分かってんならてめぇーが構ってやれよ。・・・まぁ俺もちゃんとは相手してやれなかったけどな」
「やはり生徒会か」
「あぁ・・・すまねぇーな。鉄も世話になったみてぇーだったし、最後まで成してやりたかったよ」
「・・・鬼龍くんが謝ることは何もない。むしろこちらのほうが世話になった」
電話の向こうで、鬼龍が思わずといったように吹き出して笑った。
「なんだこりゃ。まるでママ友の会話だな」
言い当て妙だと、朔間もふふと笑ってしまった。
「あぁ、大神のことなら心配すんな。さすがお前んとこの後輩だな。生徒会に捕まった様子は無かったぜ。なんか、女の子押し倒して気絶させてたぞ」
「・・・・・どうゆうライブをしたらそんなことになるんじゃ」
「ははっ、気になるなら本人に聞くこった。中途半端に投げ飛ばしちまったからな、手負いの獣状態かもしれねぇーけど」
じゃあな、と切られた電話を静かに胸ポケットに入れ戻す。
狭く暗い棺桶の中、目を閉じる朔間は寝覚めの時を待つ魔王のように眠った。


「ううううう!があああああ!」
そうしていずれ朝になり、聞こえてくる手負いの子犬が喚く声。
朔間は棺桶の中、口元をくくと笑わせる。
(本当に、強い子じゃよ、お前は)
何度も暗闇に追われる自分を、何度も引き戻すのがこの吠え声だ。
生徒会に水を差されても、はぐれ者だと白い目を浴びようとも、噛みついて吠えて抗う。
本当に、うるさくて仕方がない。仕方がなくて、まったく・・・・かわいい後輩だ。


■あんステ、龍王戦、最高に楽しかった!!


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