小説 | ナノ


▼ We are…

■羽風薫と乙狩アドニスの各イベントでの対峙と変化



【7月 海賊】


流星隊と共催した海辺でのドリフェスは初日を終え、それぞれのユニットは会場近くの宿屋で宿泊している。
流星隊はこのような合宿めいた活動を多くしていたようだが、UNDEADにとっては初めての出来事。
一つの宿部屋で川の字で就寝なんて、まるで本当にただの男子高校生のようだ。

一番奥で眠っているのは朔間。夜の部ではさすがと言わざるを得ないパフォーマンスを見せた彼は、また朝になれば要介護のおじいちゃんに戻ってしまうだろう。
その隣には大神が眠っている。乱暴な言動で暴れる大神の寝息は、予想以上に大人しく子供のようだった。
羽風は部屋に流れる寝息と時計の針の音を聞きながら、静かに暗い天井を見上げていた。

「眠れないのか」
「っびっくりしたぁ〜」
突然の声は、隣で寝ていたアドニスからだった。眠っている他二人を気遣ってか、いつもよりずっと小さな声。
見やればアドニスはパッチリと瞼を開けて、こちらを見ている。
「俺が起きてるってよく分かったね」
「俺は夜目が利く」
「・・・あぁ、そうなの」
小声ながらハキハキとした口調に、羽風は呆れ半分に笑う。

「眠れないのか」
「ん〜まぁね。まさかユニットで川の字になって寝る日が来るとか思ってなかった」
「何者かの気配があると安心して眠れない、というやつか」
「俺のことをなんだと思ってるの。小動物じゃないんだから」
アドニスも寝付けないでいるのだろう。暇つぶしに、世間話を振ってみた。

それは、羽風がここ最近頭の片隅に置いている議題。

「アドニスくんは、卒業したらどうしたいとかあるの?」
『将来』
それは羽風にとってあまり輝かしいものではない。漠然とした不安や諦めがついてまわる、どちらかといえば考えたくない議題だ。
今日の打ち上げで少し話をしたあの流星隊のリーダーは、自分の夢の形をしっかりと捉え、その夢の為になるバイトを重ね、地盤を固めているようだった。
キラキラとした目で語る守沢を、羽風は「頑張るねぇ熱血くん」と茶化していたが、実際には焦燥感や劣等感のほうが強い。

自分に、一体何が出来るというのか。

「一年先のことは、まだよく分からない」
羽風の心中など知らぬアドニスは、少し神妙に応える。
「でも、もっと強くなりたいと思う」
「いやもう充分強いと思うよ、鉄の檻を折り曲げちゃうんだから」
「腕力ではなくて・・・心の強さがほしい」
意外な言葉に、思わず羽風はアドニスを見やる。天井を見上げたアドニスは、静かに続けた。

「俺は弱い。大神のように人を引っ張る強さはないし、朔間先輩のような大きな器も持っていない。そして、」
そうして、ゆっくりと羽風のほうを向く。
「羽風先輩のように何事も受け流していける余裕も、俺にはない」
その瞳の中に謙遜や自虐はない。未来への諦めも、見えなかった。
この子はしっかりと自身の形を捉えている。
自分に何が足りないのかを考えて、一歩づつしっかり地に足をつけて歩いている。
(俺とは大違い)
なんだか悔しくて、羽風は自分自身に苦く笑った。

「俺は別に余裕があってへらへらしてるわけじゃないよ。ただ、自分をそうやって都合良く誤魔化してるだけ・・・」
自分を薫風と表現したのは朔間だったか。
なにものにも囚われないと言えば聞こえは良いが、実際にはどこにも留まれない、ただ現状に流されるだけの幽霊だ。広大な海に浮かぶ塵紙と同じ。いつかは沈んで、消えてしまう。

「アドニスくんは凄いね、自分が弱いって認められる」
それは強さを誇示するよりもずっと難しいことだ。
「そうゆう人のほうがきっと、強くなれるんじゃないかな」
「・・・・そうだろうか」
「さぁね?」
後輩との無駄話で気を紛らわせるつもりが、思いのほか深い話になってしまった。
もう寝よう。寝返りを打ってアドニスに背を向ける。
話は終わりだと告げるその背中に、アドニスは言った。

「羽風先輩、明日は俺達を信じてほしい」

『信じる』それは今の羽風にとって、最も遠い言葉だ。

「俺も大神も、全力であなた達を追いかける」
「いや物理的に追いかけてきそうで怖いんだけど」
軽口で応えながらも、背中にはしっかりとアドニスの真摯な想いがぶつかってきている。

「まぁ・・・そうだね、やれるもんならやってみなって感じ?」
「あぁ、待っていてくれ。おやすみなさい、羽風先輩」
「・・・おやすみ」
どこまでも真っ直ぐなその想いの強さに、羽風はやれやれと息をつきながら目を閉じた。



「おい起きろ!!」
耳元に轟いた大神の声に、羽風はううと愚図って目を覚ました。
「ちょっともう、もっと優しく起こせないわけ〜?」
バシバシと布団を叩かれて、渋々顔を覗かせる。
朝の眩しさを背にこちらを覗きこんでいた大神は、ケッとそっぽを向いた。

「優しく起こして欲しかったら日頃のテメェ〜の行いを改めるこったな」
「これでも俺、先輩よ〜。もっと敬う気持ちはないわけ?朔間さんのしつけは一体どうなって・・・・」
と、一番奥の布団で寝ていた朔間を見て、羽風はビクッと身体を震わせた。
ぐったりと寝惚けた朔間の両腕を、アドニスが捕えて空に伸ばしていた。
上半身は起きてはいるが、まるで糸に繋がれた人形だ。アドニスに腕を掴まれている以上、もう二度と横になることは叶わないだろう。

「・・・・わー。ちょっと何してんの、アドニスくん」
「朔間先輩が寝ないように起こしていろと、大神に言われた」
「・・・晃牙くん、曲がりなりにもあの人リーダーなんだからさ、もうちょっと優しくしてあげなよ」
「うっせー!朝食持ってきてやっから、それまでにシャンとしろ!しっかり食えよっ」
「う〜わんこ〜、我輩朝は弱いのじゃよ〜」
ぶらぶらと座らない首で訴える朔間に、大神は容赦しない。
「今日は第一部から全員で出るって決めただろ!リーダーがそんなんで勝てるかよ」
「う〜薫くん助けておくれ〜」
「いやアドニスくんが相手じゃさすがに無理」
「この薄情者め〜」
えーんえーんと泣いている朔間に苦笑う羽風は、少しづつ身なりを整え始めた。
それを見た大神はふんと鼻を鳴らし、次の行動に出る。

「おいアドニス、お前も手伝え。このボンクラ共の飯、用意すんぞ」
まるで引率の先生、いや、お母さんだ。大神はこうゆう時、やけに面倒見が良い。
呼ばれたアドニスは、ぶらぶらと伸ばしていた朔間をしっかりと座らせ、大神に続いて部屋を出て行った。
去り際に朔間に「大丈夫か、すまない。起きていてくれ」と声をかけていったのは、彼なりの優しさだろう。

「あ〜もう最悪。男の後輩に寝顔どころか寝起きまで見られるとか」
洗面で顔を洗った羽風が部屋に戻ると、朔間はやはり布団の上に転がっていた。
噂には聞いていたが、本当に朝に弱いようだ。
「ほら、朔間さん。しっかりしてよ。じゃなきゃ戻ってきたわんちゃんがまたキャンキャンうるさくなるでしょ」
着替えの上に据えられていたトマトジュースで、こんこんとその頭をノックする。
もぞもぞとそれを受け取った朔間は、子供のようにストローを刺して啜る。
「薫くんは、今日もちゃんと参加してくれるのかえ」
「負けっぱなしはさすがに気に入らないからね」
相手は『流星隊』。一年生が半分を占めるユニットに負けたのは、正直悔しかった。
曲がりなりにも『二枚看板』という二つ名で通っているのだ。独特のテンポでこちらの調子を崩して翻弄してくるあの友人にも、負けはしたくない。

じわじわと滲み出る羽風の負けず嫌いに、朔間は同意した。
「まぁ我輩も、最後には敗れる悪役とは言え、爪痕は残しておきたいのぉ」
「試合に負けても勝負に勝つ、みたいなやつがしたいってこと?」
「UNDEADらしいじゃろ?あの熱血を絵に描いたような隊長くんに、一泡吹かせてやりたいと思ってしまうのじゃよ」
くくくと笑う朔間の笑みは、豪快な海賊と言うよりも艶美な魔物に近い。
底が知れない静かな対抗心を見せた朔間に、羽風は「性格悪いねー」と面白く笑う。

「だったら、そうなるように作戦会議してよね、リーダー。あのクソガキ達、俺じゃ『全然』手に負えないんだから」
「『まだまだ』、の間違いじゃないかの」
間髪居れずに返ってきた朔間の言葉に、羽風の手はピクリと止まった。相変わらず、痛いところを突いてくる魔物だ。
「・・・・言ってくれるねぇ」
じっとりと見つめ返した羽風に、朔間は挑発的な笑みで応えるだけ。
少し不穏な、けれど何故か心地良い対峙を、二人は楽しんでいた。

「オラ!飯持ってきてやったぞ」
その空気を一掃する、晃牙の声。
「うわ!ちょっと何その量!?」
「羽風先輩の分もある」
次いで戻ってきたアドニスの持つ皿にも、てんこもりのウインナーが乗っていた。
「いっぱい食べて、元気になれ」
「いやいや、朝からそんなに食べられないからね!?」
「我輩確かに海賊の長じゃけども海賊王ではないぞ」
唖然と見上げてくる二枚看板に、後輩二人は悪戯っ子のように顔を見合わせて笑っていた。



【10月 ハロウィン】

「なーに?そんな暗い顔して。せっかく女の子達がたくさん来てくれるイベントなんだから、もっとキラキラした顔でいてよねぇ?」
メイクを終えた羽風が、隣のメイクブースに座るアドニスの肩をぽんと叩いた。
準備は終わったはずなのに、アドニスが鏡の前から動かなかったからだ。
「衣装も決まってるし、何がそんなに気になるの?」
「・・・こんなメイクで、俺はお客さんを怖がらせてしまうのではないだろうか」
「へ?」

アドニスの悩みに、羽風はぽかんと口を開けていた。
聞くところによると、アドニスは自分の外見が威圧的であることがコンプレックスらしい。
朔間が当初彼のことを「熊のような子じゃよ」と紹介してきた時、「なるほど」と思ってしまったことは隠しておいた方がいいだろう。

「せっかく朔間先輩から「UNDEADの宣伝をしてくるのじゃよ」と仕事を請け負ったのに、俺は誰にも声をかけられないかもしれない・・・」
アドニスの消沈の深さは思った以上に深刻だ。羽風はそんなアドニスの顔を鏡越しに見て、眉を上げる。
モノは考えようで、使いようだ。バカとハサミは使いよう。アドニスにだって、出来ることは充分ある。

「ねぇ。アドニスくんって、フランケンシュタインだよね?」
「あぁ」
「俺の衣装、見て。なんだと思う?」
「・・・・神父、だろうか?」
「正解。俺ちょっと良いこと思いついちゃった。アドニスくんさ、今日は一日俺についてきてくれない?」
「俺は構わないが・・・俺と一緒にいると羽風先輩まで怖がられてしまうかもしれない」
「大丈夫だいじょ〜ぶ。俺に任せてよ、フランケンシュタインくん」
「・・・・分かった。羽風先輩に従おう」

少ししょんぼりと肩を丸めてついてくるアドニスに、羽風はふと笑ってしまう。
そんな悲しげな顔のフランケンシュタインが、人間を襲うなんて微塵も思えない。

校内を歩いてみると、すでに今回のドリフェスを楽しみにきた女性客が至る所にいた。
羽風はそんな女の子達の中から一組、ターゲットを絞り込む。
「アドニスくん、あの子達。ちょっと声かけてきてみてごらん?」
「・・・俺が、か?」
「そうそう。ちょっとこう、怖〜いモンスターみたいな感じでさ。のそぉっと近付いて「トリックオワトリート」って声かけてきてよ」
「・・・・そんなことをしたら逃げていってしまうのではないか?」
「大丈夫だって。俺に考えがあるの。いいから黙って先輩の言うことには従いなさい」
「・・・・承知した」

まだ戸惑いを隠せないアドニスは、恐る恐る羽風の決めた女の子達に近付いていく。
そうして、こちらに気がついた女の子達が驚いて「きゃっ」と身を引いた。そのリアクションに、アドニスが怖気づいて足を止めてしまう。きっと悲しそうな情けない顔をしていることだろう。
でも、その時羽風は女の子達の目が乙女心に輝いていることを見逃してはいなかった。

「おーっと危ない!お姉さん達を襲う不届き者は、この愛の神父がお守りするよ」
女の子のバッグにUNDEADのグッズがぶら下がっていることは、すでに確認済みだった。
彼女達を守るように颯爽とアドニスの前に躍り出て、羽風は手を差し伸べる。
「大丈夫だった?ごめんね、怖がらせてしまったかな?彼は俺の従者なんだ、だからキミ達に悪さはしないよ」
すらすらと並べられる台詞に、アドニスは目をぱちくりと瞬かせる。
女の子達は一様に目を輝かせ、羽風のオーラに圧倒されていた。

「俺達、午後からのステージが出番なんだ。良かったら見に来てよ。見に来てくれなきゃイタズラしちゃうよ?あぁ、でも見に来てくれたらもっともっとイタズラしちゃう、かもね」
宣伝は広く浅く、大量に。
羽風は短い時間の中でしっかりと自分達を売り込み、チラシをその手に握らせた。もちろん、自分のグッズを持っている女の子に向けてだ。

まさに薫風。羽風の『アドニス作戦』はその後も颯爽と数を重ね、気がつけばチラシはすべて配り終えてしまっていた。
しかも、羽風が行ったのはただのチラシ配りではない。
「羽風先輩は凄いな」
圧倒されていたのはアドニスも同じだ。
「え?何が?」
「人を笑顔にする天才だ」
そう、配った相手は全員がキラキラとした笑顔を見せる。自分達以外のユニットのグッズを持っている子さえも、羽風はその技術で虜にしていた。

「・・・なに言ってんの。アイドルなんだから、このぐらい軽く出来なきゃダメでしょ」
アドニスの羨望の眼差しに、羽風は少し戸惑ったように肩を竦める。
「相手が何を望んでいるのかしっかり察知して、相手の期待に応えてあげなきゃ。集客っていうのは、そうゆう空気が読める技術がものを言うんだからね」
「それは凄く難しいことだ。簡単にやってのける羽風先輩は凄い。俺にはまだまだ出来ないことが多いな・・・」
もっと学ばなければ。そう向上心を見せるアドニスに、羽風は小さく笑った。

「まぁ・・・アドニスくんはそのままでいいんじゃない?俺みたいにヘラヘラしてるアドニスくんなんて、想像つかないし」
こんなに真っ直ぐな子が『過激で背徳的なユニット』だなんて、朔間さんも冗談が過ぎる。
自分達『二枚看板』とは真逆の、真っ直ぐで、汚れを知らない、綺麗な魂。

「あんまり気を回しててもね、疲れちゃうだけだから」
外聞を気にして困憊する後輩達の顔は、想像したくない。
一瞬だけ過ぎった暖かい想い。
(あーやだな、朔間さんみたいなこと考えてる、俺)
首を振って、羽風はさてと顔をあげる。
「さ!次のターゲットを探すよアドニスくん!」
「チラシはもう無くなってしまったが・・・」
「そんな紙きれ無くても売り込みは出来るでしょ〜」
行く先を指差した羽風は、芝居めいた声色でアドニスに笑う。
「行け、アドニス!10万ボルトだー」
「・・・俺で遊んでいないか、羽風先輩」



【3月 返礼祭】

「あの老害共・・・結局あれから全然連絡寄越してこねぇーし」
大神が見つめているのはUNDEADのLINEルームだ。既読はついているが、朔間からも、羽風からも、返事はない。
「・・・なんだってんだよ」
目に見えて落ち込んでいる大神に、アドニスは唇を小さく噛む。何も、してやれない。
「なぁアドニス。俺、何か悪いことしたのかな。そりゃ雑に噛み付くこともしたけどさ、・・・・俺は俺なりに精一杯、追いつこうとしてきたのに・・・」
「大神は悪くない」
それだけは確かなことだった。
「大神は悪くない。きっと朔間先輩にも何か思うところがあるはずだ。あの人が、俺達をこのまま置いていくわけがない」
「・・・・だといいけどな」
諦めたような大神の笑顔が、心に痛かった。


放課後、不意に羽風のLINE通知が鳴る。ここ最近は女の子との連絡はほとんど無い。誰だろうとスマホを取り出して、羽風は眉を上げた。
それはアドニスからの個人メッセージだった。

『hakazesennpai』
「見づら!何?珍しいじゃん、アドニスくんからLINEなんて」
『hanasitaikotogaaru』
「ちょっと待って、待って。一旦そのローマ字やめてくれない?」
『変換が、むずか』
その一言の後、しばらく待っても続きが送信されてこない。

「ねぇちょっとごめん」
羽風はスマホの画面から顔をあげて、集っていた面々を見渡す。
そこにいるのは、蓮巳、鬼龍、朔間の三人だ。
鬼龍の机を囲んだ四人は、ただいま絶賛会議中。議題は、4人で着る衣装についてだった。
「なんだ、羽風。良い案でも思いついたのか。朔間さんよりはまともな意見を期待するぞ」
「おぉ薫くん、この石頭に我輩の提案を飲み込ませてやっておくれ〜」
「旦那方、ちょっとは譲り合うってことをしやがれよ?」
「ん〜ごめん、ちょっと野暮用が出来ちゃってさ。ちょっとだけ抜けてもいい?」
野暮用、という単語に、蓮巳の眉がヒクリと動く。厳しい一瞥が刺さってきた。
「大事な衣装の打ち合わせだぞ、何を考えている。どうせデートの約そ」
「行っておいで」
蓮巳の批難を遮ったのは、朔間だった。その表情は穏やかで、優しく笑んでいる。
「今の薫くんの野暮用は、将来に繋がることでもあるのじゃろ?」
(・・・うーん)
朔間は羽風が身辺整理に追われていることを知っている。だからこそ離席を許してくれたのだろう。
しかし今は羽風自身というより・・・UNDEADの将来に関わる案件だ。もちろん、朔間には言えない。

「うん、まぁそんな感じ?」
羽風は笑いながら曖昧に濁し、ごめんねと席を立った。
「朔間さん、あんた自分の身内には甘すぎるぞ」
「ちょっとくらい良いじゃろ〜。それよりもやっぱり衣装はもっと過激な感じで」
「それじゃUNDEADと変わらんだろうが!UNDEADと勝負するための衣装だと言っているだろこの吸血鬼・・・!」
「旦那は・・・・朔間が相手だとすぐ熱くなるな」
感性の不一致が顕著な二人を鬼龍に託し、羽風は教室をあとにした。



「アドニスくん」
下駄箱前。振り返ったアドニスの表情は目に見えて気落ちしていた。
「すまない。羽風先輩もまだ学校にいたんだな」
「あ〜、うん、まぁ。野暮用があってね」
「女の子との約束か?邪魔をしたのならすまない」
(・・・うーん違うけど)
野暮用イコール女の子。そんなイメージが定着していた自分に呆れながらも、今はこの口実がちょうどいい。

「まぁね。でもいいよ全然。アドニスくんがメッセージ打ち終わるの待ってたら日が暮れちゃいそうだったし」
「・・・大神にもよく「返事が遅い」と叱られる」
「わんちゃんは短気だからねぇ〜」
あははと笑ってみせても、アドニスは浮かない。
「・・・で。話したいことって何?しかも俺になんて」
尋ねなくても、なんとなく分かっていることだった。

「・・・・朔間先輩は、どうしているだろうかと思って」
軽音部室で朔間と大神の口論があったのは数週間前。
あれから、朔間は大神を避け続けている。
意図を語らずに突然関わりを遮断され、大神はひどく傷ついていた。
彼にとっての朔間零は、ただの先輩ではない。夢や羨望や目標、励み。そのすべてだったのだ。

「大神はずっと朔間先輩を待っている。でも何の連絡もないから、ずっとLINEを見ては落ち込んでいる。俺は隣にいても・・・何もしてやれない」
「ふーん・・・」
羽風もあの騒動から一度だけ大神を見かけたが、憂いた眼差しで部室の前に立っていた。声は、掛けなかった。
スマホを手に沈み込むその様子も目に浮かぶようだ。
「羽風先輩が女の子と遊んでいて返事をくれないのはいつものことだが」
「いきなり失礼だね!?言ったでしょ、最近は身辺整理で忙しいの」
「・・・ユニット練習にも来られないくらいか?」
「・・・・」
アドニスの縋るような眼差しに、心がちくちくと痛む。けれどこればっかりは甘やかせない。
これはただの先輩後輩の喧嘩、仲裁じゃない。これからの自分達を決めるために必要なバトンなのだ。

「朔間さんのことは、俺に任せてよ」
今言える最大限の情報で、羽風はアドニスに応える。
「具体的には言えないけど、今は俺も朔間さんもそっちに顔は出せない。可哀想なことしてるって思うけどね」
本当は手を差し出したい。それはどこのユニットの上級生も同じ想いだ。皆、歯痒い想いをしている。
でも、後輩を想うのならば、今は心を鬼にする。『返礼祭』の意義を今一度噛み締める。

「朔間さんもね、晃牙くんと同じだよ。ふと見るといっつもスマホの画面見て溜息ついてる。晃牙くんに返事をしないままトンズラしてる自分に落ち込んでるみたい。あの姿見るとやっぱり(頑固だなー。そんな気になるならいっそ抱きしめに行っちゃえばいいのにー)って思うけどさ。でも、・・・今はあれでいいと俺は思ってるよ」
羽風の言葉に、俯いていたアドニスが顔をあげた。
なぜと問うその瞳に、羽風はそっと微笑む。
「あの人っていっつも誰かの為にばっかりでさ、自分のことあんまり考えてなかったと思うんだよね。だから、これからは自分が先に進むための痛みを、朔間さんは背負うべきなんだ」

『五奇人』から『三奇人』。
『魔王』から『はぐれ者』。
その遍歴を思えば、朔間が経験した孤独や遣る瀬無さは羽風には計り知れない。
光から逃げて、棺桶の中に引き篭もって、大事な可愛い者を愛でるだけ愛でて大切に閉まってきた日々。
でも、もう逃げられない。
朔間零は、自らの未来に目を向ける時が来た。それすらも顔を背けようとするのなら、無理やりにでも引っ張り出してやる。

「まぁ俺が偉そうに言えたことでもないけど。けど俺は俺なりに、自分でケジメつけて進もうと思ってるから」
覚悟は出来ている。
「朔間さんの背中は俺が押すよ。だから、アドニスくんは晃牙くんの背中を押してあげて。そっちの事は、アドニスくんに任せる」
信頼という重みを含ませて、羽風はアドニスにそう告げた。
突き放したわけじゃない。託すんだ。

大丈夫。

「今まで散々俺の事引っ張りまわして、ライブもレッスンも汗流してきたのに、今更何も出来ないなんて泣き言は言わないよね?」
挑発的に笑んで覗き込むと、アドニスは少し困ったように眉を寄せていた。
「・・・俺は羽風先輩のように強くない」
「何言ってんの。俺から言わせてもらえば、俺だってアドニスくんみたいに強くないよ」
「それは、」
「腕力の話じゃない」
深くその瞳を見据えて、羽風は笑った。
「てゆーか、あんな硬い鉄の檻を折り曲げて晃牙くんのこと助けちゃうんだから、これからだって助けてあげられるでしょ」
「・・・今の大神はどこにも閉じ込めれてない」
「そうかな?もっとよく見てあげなよ。囚われているものがあるはずだよ。それを振り切って前を見たら、きっと二人で並んで立てるんじゃない?」

夏の海辺でのドリフェスの時から、ウザったいと思う反面 良いコンビだと思っていた。
見るからに乱暴そうな二人の後輩。その内面は純粋で、優しくて、真っ直ぐな可愛い後輩。
『過激で背徳的なユニット』 これからこのユニットの二枚看板は、大神晃牙と乙狩アドニスだ。

「まぁそれでステージに立てたとしても〜?UNDEADを二人でやっていけるかどうかは別問題だけどねぇ?」
わざとらしく煽った羽風は、去り際、アドニスの肩につんと指を差した。
「あ。一つ、助言してあげようかな」
「?なんだ」
「参加書類、期限は明日までだよ。そこで提出しなきゃ、本当に朔間さんと晃牙くんは空中分解しちゃう。なんとしても提出して、返礼祭には参加しな」
「・・・・まだ、間に合うのか」
「間に合わせるんだよ、俺達でさ」

去っていってしまう羽風の背中に、アドニスは言った。
「羽風先輩は、やっぱり強いひとだ」
足を止めた羽風は、振り返るとふふと笑っていた。
「自分が子供で、まだまだ弱いってこと、ようやく認められただけだよ」

それでも、カッコつけさせてもらう。

「でも負けないよ、後輩にはね」


UNDEADは不死身のユニット。
吸血鬼と狼男以外にも魔物はいるんだってところを、見せてやろうじゃないか。

『We are UNDEAD』

託されたものの重みを受け止めたアドニスの表情は、もう憂いてはいなかった。
強さを教わった。育てられたこの強さを、全力で見せつけよう。

「・・・望むところだ」
きっとまだ独り、棺桶の前で立ち尽くす大神を想い、アドニスは駆け出した。



■この二人がいてくれて、本当に良かったと想います。


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