小説 | ナノ


▼ 夜闇に目覚める魔王

■私の中のUNDEAD像ですので 思い違いや公式違いがあるかと思います。ご容赦くださいませ。



すべての授業を終えたある一日の放課後。
2年生の 大神晃牙 と 乙狩アドニス は軽音楽部の部室に呼び出されていた。

呼び出したのは 彼らのユニット『UNDEAD』のリーダー、3年生の朔間零だ。
彼は学園では『三奇人』と言われる人物。
3年で一年留年していて、この学園では最年長。
奇人の名の通り、自分を日差しに弱い吸血鬼だと自称し 思わせぶりな発言も多い謎のリーダーだ。
軽音楽部の部長も勤める彼は 部室の真ん中に 赤と黒が基調のシックで立派な棺桶を持ち込んでおり、日がな一日そこで眠っている。

「朔間先輩に呼び出されるのは珍しい」
不思議そうに首を傾げるアドニスに、大神はケッと舌を打つ。
「どーせ目が覚めて腹が減ったから飯買ってこいとか、栄養ドリンクが欲しいとか、そんな話だろ」
「ならば大神だけを呼びつけるはずだ」
「俺だけパシられてるみたいな言い方すんじゃねぇーよ…!」
「事実だ」
「てめぇ黙ってろ!!」
事実である。だがしかし、大神にとっては不本意な事実である。


部室に入ると、すでに朔間は目を覚ましていた。
棺桶の蓋の上に座り、「おはよう」と穏やかに笑んでひらひらと手を振ってみせる。
「おはようございます、朔間先輩」
「おはよう、じゃねぇーよ!何時だと思ってんだ、もう放課後だっつーの!」
がるる!と吠える勢いで叱るのだが、朔間には届いていないようだ。

「さてわんこ、お遣いを頼まれてくれんかのぉ」
開口一番、朔間からの一言に、大神は顔を歪める。
「あぁん?なんで毎回毎回俺様があんたの言う事聞かなきゃなんねぇーんだよ!」
「まだ何を頼むとも言っておらんだろう?」
まるで聞き分けの無い子供を諭すような声色で、朔間は紙の束を大神に差し出して見せる。
「ほれ わんこ、これを人数分コピーしてくるのじゃ」
「あぁ?人数分?」
なんなんだと怪訝にその紙を見た大神は、しかしその内容にパッと目を見開いた。

「楽譜じゃねぇーか…!なんだ、新曲か!?」
「新曲…?」
奪うように手に取った大神の言葉に、アドニスも信じられないとそれを覗き込む。
そこに書かれているのは、彼らUNDEADの為に作られた譜面だった。

「おぉ!」と甚く感激した様子で楽譜に食いつく大神と、その後ろから、リアクションこそ大きくはないがとても真摯な眼差しで譜面を覗くアドニス。
二人の後輩に、朔間はふふと目を綻ばせる。とても素直で、正直な子供達だ。


「アドニス君は薫くんを探して連れてきてくれんかの」
朔間の依頼に、アドニスは楽譜から顔をあげて頷く。
「了解した」
「見ろわんこ、アドニス君はこんなにも我輩に協力的だと言うのに。わんこと来たら全く…」
「分ーかったよ!コピーしてくりゃいいんだろ!!」
人数分。それはUNDEADの人数分だ。
4セット。早くコピーしてこなければと大神はそわそわと吠える。
「〜つーか、新曲ならそう言えよ!俺はてっきりまた飯でも買って来いって言われるのかと思ったじゃねぇーか!!」
大神の主張に、アドニスもコクコクと頷いた。
「俺も驚いた。朔間先輩は、もうステージに立たないのかと思っていた」
「我輩を誰だと思っておるのじゃ」
朔間はくっくっくと思わせぶりに笑う。その笑みの不敵さは、まさに獲物を見定めて夜闇に潜む吸血鬼のそれだ。

「今、学園の至る所で抑圧されていた芽が咲き乱れようとしておる。じきに大きな嵐がくる。この混沌に乗らない手はないじゃろう。我輩は何もただ闇の中で眠っていただけではないのだぞ。言ったはずだ、「準備は万端に整えてから動く」とな」

それに、と続けて大神を見る朔間は 白々しく小首を傾げて肩を竦めた。

「わんこにもそろそろ新しい玩具を与えてやらんとなぁ。遊びたくてうずうずしておったじゃろう?」
この学園の体制に納得がいかないと吠えていた大神を、今まで朔間は宥めるだけだった。
が、これからは違う。こちらからも動き出すのだ。攻めに出る。牙を立てる時だ。
好戦的な大神はこれから起こる変革の予感に、ぞくぞくと身震いして応える。
「あったり前じゃねぇーか!!トリックスターの連中も何やら企んでるみてぇーだからな!負けるわけにはいかねぇーだろ!!……ってだから!人を犬みたいに表現するんじゃねぇーよこの吸血鬼やろー!」
「アドニスくん、薫くんならおそらく屋上かガーデンテラスじゃ」
「おいてめぇ俺様を無視すんな…!!」

アドニスへの依頼は、UNDEADメンバー、羽風薫の捕獲だ。
3年生の羽風は、もとは朔間の後輩でもある。穏やかながら飄々とした言動で、人を煙に巻くのが上手い。
フェミニストな彼はいつだって女の子を追っていて、学園内ではなかなかその姿を捉えられないのだ。
朔間からのアドバイスに、アドニスは素直に従った。
「了解した。屋上から見てくる」
「よろしく頼むぞ。来ないと言うようならば首根っこを掴んで引き摺ってくるといい」
「了解した」
「いやお前そこ了解すんのかよ…!?」
ぎょっとする大神に、朔間は今一度お遣いを告げる。
「さて。ではわんこも、コピーを頼んだぞ」
「分かってらぁ!」

わくわくと楽しげに部室を出て行く後輩二人を、朔間は微笑ましく見送った。
窓の向こうの風の音に耳を傾け、一人目を閉じる。

「さぁ、……寝覚めの時だ」


―――



「羽風薫」
不意に背後から掛けられた声に、羽風はおやと眉を上げた。
屋上からの眺めを楽しんでいたのに、どうやら邪魔が入ってしまった。
しかも、振り返ればそこにいるのは生徒会副会長、蓮巳敬人だ。

「あーあー、面倒な人に見つかっちゃったなぁー」
けろっとした態度で笑って見せると、蓮巳は忌々しげに眼鏡を直す。
「それはこちらの台詞だ。……朔間さん同様、お前も生徒会にとっては面倒な人間だ」
二言目に朔間の名を出した。これはおそらくユニット絡みの小言だろう。
蓮巳と朔間の間柄は、旧知であるということ以外はよく知らない。
しかし今はあまり好意的ではないのは、「生徒会」と「三奇人」という枠組みを見れば分かることだ。

「朔間さんが何やら企てていると聞いた。2年生のユニットに何か吹き込んだそうじゃないか」
おそらく、ここ最近学内を賑わせているユニット「Trick star」の件だ。
羽風は穏やかに首を傾げて、にこりと笑う。
「へぇ〜、そうなんだ。俺はあんまりこの学園のことに興味が無いからなぁ。生徒会も、朔間さんも、後輩くん達も、勝手にしたらいいんじゃない?それこそ、青春を校訓に掲げるこの学園の在り方じゃない。俺も自由に、気ままに、楽しくやってるだけだよ」
「そう言いながらお前が外でこの学園やそれぞれのユニットについて情報収集していたことは知っている。学園の外でなら我々の目が行き届かないとでも思っているのか」

今この屋上に流れる空気を例えるならば、冷戦だろう。
どちらもそれぞれが王の右腕として立つ身。羽風には蓮巳ほどの献身さや誠実さは無いかもしれない。
それでも、この中核との腹の読み合いに尻込みするような男でもない。請けて立つ。
羽風は笑みを崩さなかった。

「え〜、怖いなぁ〜。俺、ただ女の子と楽しい時間を過ごしているだけだよ?全然疑われるようなことなんかしてないって〜」
そこで、わざと一つ声のトーンを落とす。蓮巳の胸を刺すような、笑みと声色。
「それとも、わざわざキミが出向いて釘を刺しに来るほど、生徒会は俺らのことが怖いのかなぁ?」
「っ…」
カッと目に力の入った蓮巳に、羽風はさらに茶化すように手を振った。
「あ、ほらほら。そんな怖い顔してたら女の子が皆逃げちゃうよ〜?俺達はアイドルを目指す卵。愛嬌が良くなきゃね。あ、でもそれは『大人に媚びへつらえ』っていう意味じゃ、ないんだよ?」
「………何が言いたい」
「分かってるんじゃない?」
「学園の方針に意義があるのなら、相応しいやり方で抗議してこい」
これ以上言い合いをしても無駄だと悟ったのだろう。蓮巳は溜息を吐き、やれやれと頭を振る。

「……俺は、『五奇人』を覚えている」
蓮巳の声から威圧感が消え、どこか諦めを含んだものへと変わった。
ふと敵意の消えた視線に、羽風は眉を寄せる。
「お前も覚えているんだろう」
「え〜?何なに?突然昔話なんてして」
「羽風、朔間さんは決して誰にも真意を話さない。あの人はあの頃からずっと、明るみを嫌って逃げていた」

日差しを嫌うと言うその胸中で、本当に嫌っているものは一体なんなのか。
どうして退いたのか。どうして身を潜めたのか。どうして……
考えればキリの無い、朔間零という人物の真相。

「自分の胸の内を曝け出さないあの人に、本当にリーダーとしての器があるのか。俺はあの人を認めない。羽風薫、お前のこともだ。お前達のユニットは所詮「落第」だ」
蓮巳の言葉に、羽風の笑みは消えた。
「……ふーん。ま、別に俺は男から嫌われようが好かれようがどうでもいいけど」
自分が所属するユニットに愛着のないメンバーは、誰もいない。
「だったら俺も、言わせてもらうよ?」
言われっぱなしじゃ格好がつかない。それは、笑って見過ごせる言葉じゃない。

「キミの皇帝も、本当にリーダーとしての器があるのかな?俺からすれば彼はただの七光りだよ。お家が偉くて良かったよね〜。あぁ今は入院中だっけ。……『留年』しなければいいけどねぇ?」
「っ…言葉を慎め。このまま生徒会室まで連行してもいいんだぞ」
蓮巳の目に敵意が戻る。ザッと靴を鳴らして一歩踏み込んできた蓮巳に、けれど羽風はけろりと続けた。
「ほらほら、そんな怖い顔しないでよ。……俺だって、怒る時は怒るんだよって話をしただけじゃない?」
そうして、ふふと笑みを戻し 蓮巳にウインクを決めてみせる。

「目を覚ます夜闇の魔王に怯えるキミの姿も面白いけどね、僕は子猫を苛める趣味はないんだよ」
「王?王なら一人で充分だ」
「その通り。分かってるじゃない」
生真面目と不真面目の絵に描いたような視線のぶつかり合い。
屋上で続くその冷戦に、停戦の声がかかった。

「羽風先輩」
「あれ?アドニスくん、どうしたの?」
羽風は今までの険悪なムードをすべてふいにしてアドニスを振り返った。
心なしか蓮巳から邪険な眼差しを受けたように思え、アドニスは少し躊躇したように応える。

「……邪魔をしたのならすまない。俺は朔間先輩から、羽風先輩を呼んでこいと言われた」
「邪魔なんてしてないよ。むしろ助かったくらい!」
羽風はまるで生娘のようにおいおいと泣く素振りで アドニスに縋る。
「この副会長さんが俺のことイジメるんだよぉ。ひどいでしょ〜、俺なーんにも悪いことしてないのに〜」
「日々の生活態度を持ってしてよく言えたものだな」
蓮巳からの手厳しい一声に、まさかのアドニスも静かに同意した。
「確かに。羽風先輩は携帯に連絡しても無視をする」
「……いや、いやいや俺さすがに無視はしてないよ?ちゃんと返事はしてるじゃない」
「でもいつも練習をサボる」
「羽風のそれは昔から変わらない」
「…………ねぇちょっとさ、そこだけ同調するのひどくない?」

えぇー…と肩を落とす羽風に、アドニスは唐突に用件を口にした。

「新曲が出来たそうだ」
「!」
まさかと目を見張る蓮巳と、同じく驚く羽風。でもすぐに、羽風の口元はにやりと笑む。
この時がくるのを、まるで待ちわびていたかのように…。

「朔間先輩からは、来ないようなら羽風先輩の首根っこを掴んで引き摺っても良いと言われた」
「なんであの人がそんな許可出してるの!?」
「俺なら羽風先輩を引き摺ることが出来る。俺は強く、強靭だ。」
「うん、なるほど、キミがこのお遣い選ばれた理由が分かった気がする!」
我がリーダー様は最近、後輩二人の扱いが上手くなってきている気がする…。

「ま、そんなわけで蓮巳くん。俺、用事が出来ちゃったからこれで失礼するよ。キミの話を最後まで聞いてあげられなくてごめんね?」
「もとよりお前と長話をするつもりは無かった」
衝撃的な返答だ。蓮巳の長い説教は生徒達の恐怖の的だというのに。
「え〜、声を掛けてきたのはそっちじゃない。……まぁいいや。俺達に文句があるならステージの上でってことで。…ね?」
「無論だ」

宣戦布告を終えた羽風は、さぁ!とアドニスの肩を押して屋上から退散する。
「さぁ行こう行こう、アドニスくん!」
「あぁ…」
アドニスは、屋上に残る蓮巳をチラと横目に見る。
蓮巳は少し俯いて眼鏡を上げる。その顔はもう「生徒会 副会長」だ。

『俺はあの人を認めない』
いつもは冷静で高圧的なはずの彼の、感情深い声色が印象深かった。



「羽風先輩」
部室へと向かう羽風の後ろから、アドニスは声を掛ける。
「なぁに〜?心配しないでも、ちゃんと一緒に行くよ。それにしても新曲を持って来るとは。朔間さんもついにやる気になったってことなんだろうね」
羽風の口ぶりから、(何も聞くな)と言われているのだと察することが出来た。
これでは、本当は蓮巳との会話をかなり盗み聞いてしまっていたことも、言い出せない。

「……俺は、UNDEADが好きだ」
だから、せめてもの想いを口にした。
自分達2年生は、今の3年生が見たであろう過去を知らない。
朔間を含めてかつて栄華を誇ったと伝え聞く『五奇人』のことも、よく知らない。
……知らなくていいことなのだろうと思っている。そんな過去は、関係ない。

「俺は…朔間先輩と、羽風先輩と、大神と、…4人でステージに立てればいいなと思う」
「………、」
羽風は足を止めて、少しだけ静かに前を向いたまま立ち尽くしていた。
アドニスの言葉を、頭から爪先までに沁み込ませるような時間。

「…うん、そうだね」
そうしていつもよりもぐっと落ち着いた、心の篭った声でそう頷いた。
振り返った羽風は、アドニスに微笑みかける。優しくて、穏やかな、心強い笑み。

「最高のステージを、子猫ちゃん達に見せてあげなきゃね!」
星が光るようなウインクで茶化す羽風に、アドニスは小さくホッとして笑う。
「なら練習にはすべて参加するようにきちんと」
「聞こえませ〜ん」
「朔間先輩が引き摺って良いと言っていた」
「いやだからそれ俺の許可無いやつでしょう!?」
アドニスが羽風の後ろ襟を掴もうとすると、羽風は「やめてー!」と身をかわす。

「首根っこ掴むとか、俺はわんちゃんじゃないんだからね…!」
「大神は求める方向にボールを投げれば勝手に走っていく」
「ちょっとそれ軽くバカにしてない?」
大神を例えに出したことに、二人でふふふと笑った。



―――



大神がコピーした4セットの楽譜は、UNDEADの手に配られた。
楽譜を手にした羽風とアドニス、大神は、棺桶の蓋に座る朔間を見やる。
朔間から楽曲の概要やイメージを聴き、それぞれが自分のものにしていく。

「―ということじゃ。今日はひとまず、各々に楽譜を持ち帰ってよく考えてくれ」
今日はここまで。お開きと一拍手を叩いた朔間に、三人は頷く。
「了解した」
「〜やっとだな!!これで生徒会も!トリックスターも!鬼龍のやつも!全員まとめてぶっ飛ばしてやるぜ!!」
「わんちゃんは血の気が多いなぁ〜。俺は、女の子がたくさん呼べればそれでいいんだけど」
「っるせーなぁ!ロックは反体制!抗ってナンボの音楽だ!!」
「分かったから喚くなわんこ。我輩 久々に活動したから疲れておるんじゃ」
今にも暴走しそうな大神に、朔間はやれやれと頭に手を添える。アドニスは朔間を覗き込んだ。

「そんな調子でステージに立てるのか、朔間先輩」
「おぉ…アドニス君は我輩の心配をしてくれるのか。心優しい子じゃのぉ〜。良い子良い子」
座る朔間に視線を合わせて屈んだアドニスを、よしよしと撫でてやる。
「体力に自信がないのなら、肉を食うと良い。それと、俺はそんな風に可愛がられる風貌ではない」
アドニスは頭を撫でる朔間の手を振り払いはしない。されるがままのアドニスに、羽風はふと笑った。

「アドニスくんのその『肉こそ最強』みたいな理論、相変わらずだねぇ」
「何言ってんだ!肉、美味いだろうが!!」
「そうだ、大神の言うとおりだ。そして肉は体を大きくする」
「いや、……まぁいいんだけどね?」
2年生ペアの奇妙な意気投合は、やはりどこかズレているような気がする。
これでクラスにちゃんと馴染めているのだろうかと、らしくない心配をしてしまった。

「あ!俺帰ったらレオンの散歩しなきゃ」
「大神、今日は俺も付き合う」
「おう!じゃあフリスビー持ってくぞ!」
「うわ〜、ほんと元気だねぇ〜」
「元気だけが取り得のようなものじゃからのぉ」
放課後を終えたこの後もまだまだ体を動かす予定を立てる二人に、3年生の二人は呆れ半分に笑っていた。



「ん?薫くんは帰らんのか?」
大神とアドニスを見送り、朔間ははてと羽風を振り返った。
「ん〜、俺此処に来たの久々だからね。もうちょっと懐かしんでいこうかなと思って」
羽風はうろうろと部室を巡り歩く。楽器や荷物が、少し多くなったように感じた。
「あっれ〜?この本棚、こんなに綺麗に収納されてたっけ?」
「あぁそれはわんこがやったのじゃ。あの子は本にまぁ、真面目じゃからのぉ」
「ふふ、それで眠れる魔王を叩き起こすんだから、真面目さも捨てたもんじゃないよねぇ」
「まったく、こっちとしては迷惑な話じゃ」
そう言う朔間の笑みは、とても穏やかだ。

2年生だけのユニットの中で芽生えた、戦う意欲。夢を諦めたくないという決意。
それに力を貸そうと動き出したこの魔王は、一体どんな想いなのだろう。

「…さっき、蓮巳くんに捕まっちゃってね」
「ほぉ」
「朔間さんが何しでかすのかってビクビクしてるみたいだったよ。やっぱり三奇人の影響力は、衰えてないみたいだねぇ」
「……影響力なんて、そんなものはもう我輩には残っておらんよ」
もっと誇り高く笑うのかと思いきや、朔間の声はとても穏やかなものだった。

「我輩に出来るのは、お前達をステージに上げる階段を作ることぐらいじゃ。その先で何が待ち構え、どんな結末を迎えるかは、お前達が切り開く未来。我輩の力ではない」
何もかも見透かしたような笑みで、羽風に微笑みかける。
その笑みはまるで……去年のあの頃のようだ。
こうして同じ学年になってもまだ、朔間にはどこか置いていかれているような気がする。

「……なんでそんな風に、自分は関係ないみたいに言うのかなぁ。俺達からすれば、朔間さんだって一緒に戦う仲間だよ。一緒にステージに立つんでしょう?俺だって女の子はたくさん集められるけどね、朔間さんがいなきゃ、やっぱり締まらないよ」
柄にも無く弱った空気を放つ羽風に、やはり朔間は優しかった。
ふわりと頭に置かれる手の暖かさに、(どこが吸血鬼なんだか)と負けたような気持ちになる。
「ふふ、心配するでない。わんこも、アドニスくんも、薫くんも、皆こう見えて心配性じゃのぉ」
「……こう見えて、は余計だよ」
「我輩にとって、お前達は大切な愛し子じゃ」
「いつまでも後輩扱いしないでよ?今じゃ同学年なんだしね」
アドニスとは違って、羽風はその手を柔く振り払う。心の中で背伸びして 同等だと主張してみせる。
「ふふ、そうじゃったな。では…薫くんにも我輩の一興に手を貸してもらおうぞ」
「何を今更。今までだって、そこそこ協力してきてあげたつもりだよ?」
「まったくその通りじゃな。薫くんには頭が上がらんのぉ」
朔間はとても満足そうに、羽風にミッションを提示した。

「薫くん」
「はいはい、なんでしょう?」
「衣装の手直し手配は薫くんに任せるぞ。飛びっきりのものを用意するんじゃ」
「もちろん、任せてよ。飛びっきりに過激で背徳的なやつを持って来ちゃうよ」

仰せのままに。羽風は 棺桶の蓋に座る朔間に向けて、恭しく胸に手を添えた礼をする。
それはまるで、闇夜に目覚めた魔王への敬意の表れだった。


「あ、薫くん。練習には全部出るのじゃよ」
「あぁそれは聞こえたくないやつだったー!」



■零さんはガチ吸血鬼でもキャラ設定でもどっちでも楽しい。UNDEAD楽しい。


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