小説 | ナノ


▼ クラリネット

■未来捏造。ちび優希。ネタは海外ドラマから拝借。
落書きなので 細かいところは見逃してやって下さいませー(´∀`;)




朝、起きてきた優希はひどい顔色をしていた。

「…どうした?」
その血の気の無い肌色に、美柴は思わず優希の前に屈みこむ。
優希はあまり寝起きが良いほうではないが、こんな風になることはあまりない。
どこか体調が悪いのだろうかと 心配になる。

(……まだ、眠いよ…)
優希は眠そうに目蓋をコシコシと擦り、むぅとした顔を見せた。
「…眠れなかったのか?」
昨晩、優希はきちんといつもの時間に寝入ったはずだ。
優希が眠るまでベッドの傍にいた美柴はそれを知っている。
けれど優希は 眠れなかったのだと頷いた。

(お姉さんがね、ずっと僕にクラリネットを教えようとするんだよ)
「……え?」
突拍子もない優希の手話に、美柴は自分の見間違いかと眉を顰める。
怪訝そうな美柴の表情を見て、優希がもう一度同じ手話を見せた。

(部屋に来たお姉さんが、僕にクラリネットを教えようとするの)
「……部屋に来るのか?寝てる時間に」
(そう、気がついたらベッドの横に立ってたり、椅子に座ってたりするよ)
優希は当然のように頷いて、美柴を見上げる。
(僕は音が聞こえないから音楽は無理だよって言うんだけど、そのお姉さん何回も僕にクラリネットを吹いて見せて、こうやって吹いてくれってお願いしてくるんだ)
そう説明すると、眉を八の字にして はぁ…と肩を落とした。
(もう眠いからやめてって何回も言ってるのに、お姉さん僕が覚えるまでずっと居るって言うんだもん。もう、僕疲れちゃったー)
そして、美柴の腕の中にむぎゅうと甘えてくる。
「………。」
寝巻きのままの幼い身体を受け止めながら、美柴も重い溜め息を吐く。


(……どうしてそんな奴ばかり絡んでくるんだ…)というのが、美柴の正直な気持ちだった。


優希には、少し変わった力がある。
そこにあるはずのない存在が見えるという、いわゆる霊視能力だ。
美柴が優希と出逢ったのも、その霊視があったからこそ。
優希は会ったはずがないシギの事を知っていた。
シギを知っていたから、瓜二つの美柴に声を掛けてきたのだ。
美柴が優希と深く関わり こうして一緒に暮らす事を決意できたのも、すべては優希の霊視が始まりだった。
美柴と優希を小さな幸せへと導いてくれたのは、シギと、そしてシギと対話できた優希の力だった。

けれど、その霊視能力は幸せなことばかり見出すわけではない。
時と場合によって、視える者達は優希を傷つけることがある。
助けようと手を差し伸べた優希に、牙を剥くことがあるのだ。
美柴はそんな彼らを、非業の死を遂げたのだからという同情を持って許すことは出来ない。

おそらくその女性は、優希に何か伝えたいことがあるのだろう。
しかし……優希はひどく疲弊していた。
優希を、守らなくては。

「………。」
美柴はネットや新聞を駆使し、その女性の身元を割ろうとした。
クラリネットという情報だけでは到底無理だとは分かっていたが、それでも優希の抱えるストレスをこのままにしておけない。

結局、女性の正体は分からないまま、三日が経った。

(もう指の動き、覚えちゃったよ)
女性は相変わらず優希の元を訪れ、執拗にクラリネットの吹き方を教えている。
対策として、美柴と同じベッドで寝かしたのだが、どうやら女性は今度は優希の夢の中に侵入しているようだった。
相変わらず眠そうにソファーに座る優希は、美柴に向かって クラリネットを持っている格好をする。
そして構えた両手指を動かし、メロディを奏でるように見せてくれた。

「……。」
おそらく何か曲を弾いているのだろう。
現物がなくてはどんな音色なのかは分からないが、これに一体何の意味があるのか。
その女性は一体どうゆうつもりで優希にそれを吹けと言っているのか。

(もう覚えたからいいよって言っても、まだ来るんだ)
「……せめて名前だけでも分かれば…」
(…うん。何を言っても「これを吹いて欲しい」ってことしか言わないから、どうしてあげればいいのか全然分からないよ…)
「………そうだな…」

これはいよいよクラリネットを購入するべきだろうか。
美柴はその女性の厄介さにうんざりとしながら、出掛ける準備を進めた。



「お子さん向けのものはこちらになりますね」
都内の大型楽器店。
美柴は優希を連れて、店員が勧めるクラリネットを眺めた。
隣で見上げてくる優希の顔は、明らかにむっすりとご機嫌ナナメだ。
三日三晩寝ずの特訓を強いられていては当然の反応だ。
でももうこれ以外に女性を納得させられる案が思いつかない。

「……試しに、吹かせてみても…?」
「えぇ、大丈夫ですよ。少々お待ちくださいませ」
店員は美柴の申し出に快く頷き、試し吹きの準備をしてくれた。
「はい、どうぞ?」
「……。」
店員からクラリネットを笑顔で渡された優希は、恐る恐るそれを受け取る。
子供向けだというその楽器は、優希が持つとまだだいぶ手に余るサイズに思えた。

「……〜」
優希は彼女の指の動きを覚えただけで、実際に吹いた事があるわけではない。
第一耳が聞こえないのだから、どんな音色になるのかさえも検討がつかないのだ。
一度笛口に唇を当てたものの、優希は吹くのを躊躇って美柴を見上げた。
美柴は そのひどく不安げな瞳を安心させるように、小さく、けれど力強く頷いた。
(大丈夫)
そう、声にも手話にもせずに 心の中で優希に寄り添う。
正直これで何が起こるのかは分からない。
でも、上手く言えないが、悪いことにはならない。そんな気がしたのだ。

「…、」
美柴の心強いひと押しを得て、優希は一度深呼吸をする。
もう一度唇を当てて、深く息を込めた。

〜♪

見よう見真似の優希の演奏は、思いのほか綺麗だった。
所々空気が漏れて 音が掠れたりはしたが、それでもメロディーラインは充分に分かる。

一曲を演奏する勢いの試し吹きに、店員は少し戸惑ったようだが、それでも中断させたりはいない。
美柴も 内心緊張の面持ちだった。

「嘘…」
ふいに、背後でそう呟く女性の声がした。
美柴が振り返ると、そこには女子高生が とても驚いた様子で優希に見入っていた。
「?」
息を飲んで立ち尽くしている彼女に、美柴は首を傾げる。
「あ、…」
美柴と目が合った女子高生はサッと視線を反らしたが、それでも優希のことが気にかかるのか、おずおずと優希を何度か見る。
「…??」
なんだろうかと美柴がますます怪訝に思っていると、ちょうど優希の演奏が終わった。

(……鴇、僕、ちゃんと出来た…のかな?)
自分の出来栄えが掴めない優希は、心配そうに美柴にそうサインを見せる。
吹いている途中も、吹き終わったあとも、特にあの女性が現れる気配がなかった。
「…あぁ、ちゃんと吹けてた」
そう告げる美柴も、何も変化がないことに釈然としない。
もしかしたら、失敗だったのだろうか。
それとも、これは彼女の望みではないのだろうか。

ひとまずクラリネットを店員に返し、御礼をする。
購入まで踏み切るかどうか悩む美柴に、声が掛かった。

「〜あ、あの!」
先程から優希を見ていた女子高生だった。
意を決して声を掛けてきたのだろう。少女はかなり息巻いて美柴に詰め寄ってきた。
「その曲!どこで覚えたんですか…!?」
「……は?」
「あ、急にごめんなさい…!」
少女の勢いに思わず美柴と優希が一歩後退すると、少女は慌てて謝る。
そして頭を上げ、美柴に決死な表情で訴えた。
「あ、あの、ごめんなさい!でもその曲、亡くなった友達が作ってたものにそっくりなんです…!!」
「…!」
少女の言葉に目を見張った美柴と同時に、優希が「あ!」と声を上げて飛び跳ねた。

(鴇!鴇!このお姉さん、あのお姉さんと同じ服着てるよ!)

優希の三日三晩の寝ずの特訓が、報われた瞬間だった。



とある高校の吹奏楽部。
オリジナル曲の作曲を担当していた女子生徒が、完成間近にして交通事故で亡くなった。
残された未完成の楽譜は、一番親しかった女子生徒に受け継がれる。
彼女は志半ばで絶えてしまった親友の楽譜を、何度も何度も読み返した。
そして、なんとか最後まで曲を完成させようとした。
亡くなった彼女が思い描いていたメロディーを、吹奏楽部の皆で音色にしたかった。
けれど、上手くいかなかった。
楽譜の完成には期限が迫っている。
このままではこの楽譜は演奏されないまま終わってしまう。

女子生徒は、自責の念でいっぱいだった。
ごめんね、ごめんね、と何度も親友の墓の前で泣いた。
そうして泣き腫らした後で 彼女とよく来たこの楽器店にやってきたのだ。


女子生徒の事情を聞いた美柴は、翌日、優希を連れて彼女の学校を訪れた。
美柴と優希を待っていた女子生徒は、二人を音楽室へと案内する。
その道のりで、彼女とその亡くなった女生徒の思い出を聞いた。
優希はその話を美柴から通訳してもらい、そして嬉しそうに笑う。

(これであのお姉さん、きっと幸せになれるよね)

たどり着いた音楽室で優希を歓迎したのは、吹奏楽部のメンバー達だ。
優希は少し緊張した顔で、用意されていたクラリネットで彼女から教わった曲を披露する。
じっとそのメロディーに耳を澄ます生徒達。中には 静かに涙を零す生徒もいた。
けれど、そこに広がるのは悲しみや絶望なんかではない。

「……、」
クラリネットを吹く優希を音楽室の一番後ろから見守り、美柴はふと小さく笑む。


『ありがとう』


そんな心のこもった暖かい言葉が、この場所には溢れていた。



■君に届く言葉が、どうか暖かいものでありますように。



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