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▼ 相愛と後悔と歩み寄れ日々よ

■シギトキ前提の中トキ前提の、斉⇒トキ


少しでも触れたら 粉々に割れてしまいそうな肌。
その頬に そっと手を添えて、視線を合わせようと少し背を屈めた。
キスされると悟ったにも関わらず、相手は特に抵抗もせず こちらを見上げる。
その視線から逃げるように、目を閉じて 重ねた。
反応の無い相手の唇を 舌先でこじ開ける勇気も 技量も 無かった。

考えもなしに触れたくちづけは、ひどく冷ややかで あぁなんて事をしてしまったんだろうと後悔した。
恐る恐る覗き込んだ表情は 何を考えているのか全く掴めない。

「……お、怒ったりしました…?」
「…別に」
「え、だって、嫌…だったでしょ?」
「……別に」

これ以上何を聞いても 同じ返答ばかり返ってきそうな気がする。
視線も 目の前の斉藤ではなく、どこか別のものを見ているような気がする。
そんな彼の様子が悲しくて、しゅん…とうな垂れてしまった。

「……俺、トキさんと中条さんの事、知ってます…」

ちらりと視線が向けられて、慌てて目を反らした。
それは、二人を見ていて なんとなく感づいてしまった関係だった。
まるで二人の秘密を覗き見したようで、こうして言葉にすると とても後ろめたい。

「だから、その……中条さんがいるから…まさか抵抗されないなんて思わなくって…」

いい加減、艶やかな彼を夜な夜な夢で見るのは忍びなくて。
目が覚める度に 彼が向いているのは中条のほうだと思い知るのが 切なかった。
それならいっそ背負い投げでもされて 振られたほうが踏ん切りがつく。
だから安易に「ちゅーしていいですかぁ」なんて悪ふざけを口にしたのだ。

「別に付き合ってるわけじゃない。」

返答は、やけにきっぱりとしていた。驚いて その顔を見直した。
忌々しげに 不快そうによせられた眉。どうやら本気で言っている。

「……えぇえ!?だってモロにキスマークついてましたよ!この前!」
「…それが?」
「それがって……いやいやいや!付き合ってなきゃつかないでしょ、あーゆーのは!?」
「…………。」
酷く冷たい視線を返された。
恋人同士だからこそ身体を重ねると信じている想いを、軽蔑されたような気がした。

「……別に、誰でも良かった。忘れたかっただけだから。ちょうどそこにいたのが中条さんだっただけだ…」

静かに答える彼に、憤りが込み上げて 強く拳を握った。
悲しくて 悔しくて 思わず声を張り上げていた。

「そんなの、間違ってる!そんな開き直ったような言い方ですることじゃないですよ!そうゆうのって、相手が大切で 大好きで、愛しいからするもんですよ!」
実際に経験した事は無い。
だからこれはきっと能天気な理想論かもしれない。
だけど、それでも 美柴の言い様が信じられなかった。

「……俺とお前は違う。お前の価値観を押し付けるな…」

美柴は奮起する斉藤に小さなため息を吐いて、踵を返す。
これ以上話していると 胸に閉じ込めている感情をぶつけてしまいそうだった。
逃げようとしていた。しかし背中に突き刺さった言葉に、厳しい声を上げてしまった。

「でも!トキさんだってこの先誰かを大事に想ったり、ずっと一緒にいたいって思える人が」
「そんなの、もう居ない」
睨みつけて 吐き捨てる言葉は、自分ではどうしようも無かった。

「もう居ないから、誰かで忘れたいんだ。それのどこが悪い」

言った後で、激しく後悔する。
だから嫌だった。こんな話は誰ともしたくない。
(居ない)そう実感するのが苦しい。喉の奥が焼かれるようだ。


斉藤は 言葉を失い、美柴の表情と言葉に刺される。
まるで自分自身に嫌悪するように 目元を歪めて、美柴は顔を背ける。
どちらも、辛かった。

「……トキさん…」
足を踏み出し 近づいていくと、今度は少し戸惑い 離れていこうとした。
「…トキさんは本当に その人を忘れてもいいんですか…?」
少し強引に抱きしめて、込み上げる想いを素直に口にした。

「俺は、トキさんに その人を忘れさせるんじゃなくて、思い出させる人になりたいです」

美柴は強張ったまま 何も答えなかった。

「きっとその人、近くに居なくても、トキさんの大切な人なんですよね…。だったら俺、トキさんにその人の事 ずっと想ってて欲しいです」

だから、その身体を明け渡さないで下さい…。

「俺は、そーゆー感じでトキさんが大好きです!」

そう告白し 斉藤は眩しいぐらい 明るく笑った。
聞き入れた想いがあまりにも純真で、美柴は降参だと息を吐く。
ささくれていた感情は 浄化されていた。しかし真直ぐな斉藤を見ていると、何故か意地悪を言いたくなる。

「………それじゃあ、お前はずっと片想いだな」
「ハッ!!しまった!!そーゆー事になるのか!!」

自分の失言に頭を抱える姿が予想通りで、呆れてしまう。
その襟元を引き寄せた。急な引き寄せに驚く斉藤に 触れるだけのキスをした。

「……バカ。」

決して悪い意味ではなく、そう耳元に囁いた。
吹きかかった息がもどかしかったのか 顔が赤くなる斉藤は 慌てて反論してくる。
うるさい声は聞き流して、背を向けた。 自然と笑んでいる自分を 自覚していた。





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