小説 | ナノ


▼ 君が目の前からいなくなるって、知らせないで…

行為の後 感じたぬくもりを胸の中で思い返しながら、煙草を吐き出す。
相手は眠っていたけれど 煙を嫌う彼を聡い、窓は開けていた。夜風に靡くカーテンが 背中をくすぐる。

深く眠れなかったのか もぞもぞと気だるげに起き上がった彼は、この隣に身体を落ち着けた。
少し身震いをして 毛布を手繰り寄せる。言葉は無く ただそっとこちらの足の上にも 毛布を広げ置いた。

ベッドの上、二人で窓に背を預け座っていた。

「シギがよく、眠れないって言って 起こしてくることがあった…」

ぽつり。
唐突な話題に 彼の様子を窺った。
感情の表れない白い横顔が ぼんやりとシーツを眺めている。

『シギ』
その名が誰なのかは知らない。
ただ極々稀に 彼が眠りながら寂しそうに呼ぶことを知っている。
なんとなく、似通った志向の名であったから血族 もしくは兄弟かもしれないと思っている。

「怖い夢を見るんだって そう言って…。トキと一緒に眠ったら 見ないんだって。でも、どんな夢なのかは 一度も教えてくれなかった」

彼がどうしてそんな話を始めたのかは 分からない。
きっと彼自身も はっきりとした意思はないんだろう。
自動的に 回想が口から零れ出ている、そんな印象を受けた。

「シギと俺はいつも逆だったから、今ならどんな夢だったのか、分かる気がする……。俺はいつも過去の夢ばかり見るから、きっとシギは 未来の夢を見てた…」

ゆっくりと 片腕を 闇に差し出すように引き上げる。
手の平が まるで何かを優しく掴んでいるような仕草を見せた。
繋いでいた”誰か”の手が するりと 力を失って 彼の手の中をすり抜けようとする。
落とさないように、離さないように、彼の手は必死に掴みなおそうとする。
それでも、きっと 落としてしまったんだろう。彼の手は 何も無い空間で 自分の無力さに絶望していた。

実際に その落ちていった”誰か”の手が見えたわけじゃない。
彼の一連の仕草が、そんな風に見えただけだ。

「……俺にも 見えたら良かったのに…」

そうしたら、きっと 恐くなかっただろう。
どんな逆境だって、哀しくなんてなかっただろう。
今更になって積もるこの想いも、伝える事ができただろう。

「……お前しか、いないのに…。シギだけだった…」

夢の中に居るかのような、茫然とした瞳を閉じて、呟いた言葉。
落ちた瞼に行き場を奪われ、頬に零れ落ちる涙。

いつか彼が 過去は無理にでも記憶から消し去っているのだと言っていた。
でも 人の想いは 消えず募っていくものだから。
何をどれだけ失っても、そうゆう想いは 決して薄れたりなんかしないのだから。

美柴鴇が 続く言葉を零したとき、このまま時間が止まればいいと思った。
どうかこれ以上、その想いを募らせるな と 届かない想いで傷つかないで欲しい と、そう願った。


(……愛してたんだ…なのに、届かなかった…)




―――end


■時折想うのは、届かなかった愛について。(輪廻,清春)



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