小説 | ナノ


▼ 俺だけを見て




夢だと分かっている。

鴫がほんの少しほくそ笑んで、ベッドに横たわる俺に馬乗りになって 首を絞めてくる。
全体重を掛けて指圧された首の骨はギシギシと軋み、呼吸を求めて上下する喉仏の感触を喉の奥に感じる。

「、は、…っ」
肺まで届かない酸素を、開けた唇で懸命に吸い込もうとした。
それを許すまじと 更に絞め上げてくる鴫の両手。その手の甲を両手で引っ掻いてもがく。
「ッ…!、…!」
投げ出されたままの足をバタバタと暴れさせる。シーツを強く蹴飛ばして、苦しさから逃れようと身をよじる。
鴫を退かそうと必死になって 両手を伸ばす。
けれど伸ばした手は、空を切った。

鴫には、触れられなかった。
目の前にいるはずなのに。
上に乗っているはずなのに。
氷のように冷たい体温を感じるのに。

「ねぇ、俺寂しいよ、鴇」
まるで映画で見る幽霊のように、触れられずに透けてしまう鴫は ただ深く笑った。

鴫がいない。

絞殺されかねない自身の現状よりも、その事実に激しい焦燥感に襲われた。
「…!し、ッ…!!」
喉の奥で ポキリと小枝が折れるような音がした。途端に 激しい痛みが脳髄に突き刺さる。
口の中に違和感がある。泡を吹いているのかもしれない。
でもそんなこと、どうだっていい。
もっともっと必死になって、胸の上に跨って笑う鴫に両腕を伸ばす。
少しでもその身体に、せめて指だけでも引っ掛かってくれと 指先をばたつかせて腕を伸ばす。

けれど俺はシーツの上で、一人虚しくもがいているだけだった。

息が出来ない。
頭に血が溜まっていく。身体が燃えるように熱い。
ぐらぐらと目眩が起こり、視界の中の鴫が ゆらりとぼやけて揺らいだ。

「ー美柴!」

耳に飛び込んできた声に、背筋がビクリと反り返った。
喉と身体にのしかかっていた重みがふと消える。
消える瞬間、鴫の器用にしなった唇だけがやけにはっきりと見えた。
「ーっ!!」
夢が終わって、今だと慌てて盛大に肺を膨らませて呼吸した。
「、ゲホ…!ハ、…ッカハ…!!」
激しく咳き込んで、息苦しさが続く喉元に両手を添える。
仰向けのままでいることが怖くて、身体を寝返らせる。
背中を丸めて、蹲った。
そうやって身体を小さくして 自分を抱きかかえないと、冷や汗で凍えてしまうそうだった。

いつもそうだ。
こうやって、死なないギリギリの線で生かされる。
俺があの手から逃れようとすればするほど強く締め付けられるのは、きっと鴫の孤独故だ。

これは鴫を孤独から救う為の夢だ。
俺は自分の何を犠牲にしても、お前に触れてみせる。
そう鴫に意思表示する為の夢なのだ。

そう自分に言い聞かせて、隣で何かを懸念したように眉を寄せている中条を見上げた。

「……起こして、悪い…」
「………」
冷や汗を流しながら ぼそりとそう呟いた美柴を見て、中条は深い溜め息を吐いた。
まだ整っていない息で 肩が震えている。
どんな悪夢だったのか聞くことはしない。
その夢に自分が介入することはルール違反だ。
けれど、夢から覚めた美柴はいつもとても消耗していて、そのまま衰弱死してしまいそうだ。

「…頼むから、朝起きたら死んでたとかいう冗談だけは止めてくれ」
そんな言葉で茶化すと、美柴の表情はほんの少し和らぐ。

「…そこまで迷惑かけない」
「どうだかな。無呼吸症でも持ってんじゃねーのお前」
「……そんなに頻繁にあるわけじゃない」
「そうか?俺は頻繁に見てるような気がするけどな、最近は特に。」
「……最近…」
「まるでお前が俺と寝てちゃいけねぇーみたいだ」
「、!」


『ねぇ、俺さみしいよ、トキ…』


耳元で囁かれたような気がして、身震いがした。




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