小説 | ナノ


▼ 星に願いを

■ちび優希とちびアキラ。




7月7日。
短冊に願いを書いて、夜空の星にそれを願う。
僕がこの風習を知ったのは、夜 託児所に預けられていた頃のことだ。

僕はあの時の事をこんなにもはっきりと覚えているというのに、この話をアキラにしても 「そうだったっけ?」と首を捻られる。
僕にとってはそれなりに印象的だったその出来事を、関係者であるアキラが忘れてしまっているのは少し腹立たしい。
けれどあの時 僕がどんな想いでアキラを見上げたのかなんて、今更言いたくもないので、詳しいことはアキラには黙っておくことにする。

これはここだけの秘密。
僕、美柴優希の、初めての七夕のお話だ。

━━━━

駅や学校で様々なイベントが開催されているその日、優希を預けている託児所でも それは行われていた。

「ちょうど短冊を付けるところなんです。もう少し待って頂いてもいいですか?」
少し早めに優希を迎えにきた美柴は、保育士にそう告げられた。
受付口で頷いた美柴は こじんまりとした、けれど子供らしく飾られた託児所内を見渡す。
格段急ぐこともないし、優希はきっとこうゆうイベントをあまり知らないだろうから、参加させてやりたいと思う。
「…。」
けれど、見つけた優希は 子供達の輪から少し離れた場所に、ぽつんと立っていた。
他の子供たちは騒々しく笹の下に集まって、どこに結ぶのか争っているというのに、優希はそれをどこか別の世界で起こっていることかのように 見つめているだけだ。
「…。」
優希の手には 小さな短冊が握られている。きっと何か願いを書くように言われただろう。
なんと書いたのかも気になるところではあるが、でも今一番気掛かりなのは、やはり優希のその人見知りな性格だった。

この託児所に来て もう一ヶ月は経つ。
けれど未だに 友達と呼べる子は居ない。
いつ迎えに来ても、優希は部屋の隅で一人 画用紙を広げて絵を描いていたり、絵本を眺めていたりする。
先生が声を掛けて 子供達の輪に入れようとしても、頑なに拒んでしまうようだ。
相手が子供であっても、あまりしつこく誘われると 目を両手で塞いで 蹲ってしまう。
聴覚の無い優希にとって、それは完全な外界との遮断である。

「…。」
美柴は ふと溜息を零す。
家ではあんなにキラキラとした目でカメラを弄ったり、甘いデザートにご満悦の表情を見せるのに、一歩外に出ると 優希の心には未だに高い壁が出来る。
それは無理矢理こじ開けることの出来ない、繊細で硬質な壁だ。無くなるには相当の時間が必要だと分かっている。

それでも、楽しげな子供達の輪の外で 一人佇んでいる優希を見ていると、胸が重くなる。
これは仲間はずれなんかではなく、優希が自ら望んで一人でいるのだ。
その証拠に、子供たちを見る優希の眼差しには羨望はない。
ただ、じっと、観察するような目で見ているだけ。

「…、」
自分が声を掛ければ何か変わるだろうか。
美柴がそう思い立って 動こうとした時、一人の子供が優希の傍にやって来た。

「なんだ、お前、まだ付けてねぇーじゃん」
優希と同じ年頃の男の子。髪は金髪に染められていて、いかにも悪ガキな子供だった。
(…っ)
優希は、急に目の前に寄ってきたその子が自分に対して何か言っていると気がつき ビクリと肩を固くする。
「書き終わってんの?」
(……〜)
優希は何を言われているのか分からずに 俯いてしまう。
その様子を少し眺めた男の子は、少し乱暴に 優希の腕を握った。
(!)
「終わってんなら付けろよ」
男の子は まだ賑わっている子供達の輪をズイズイ横切って、優希を笹の下まで連れていった。
連れられる優希は その子の手から逃げようとするのだが、男の子は気にもとめず 優希を振り返る。
「いつまでも後ろにいたんじゃ誰も気がつかねぇーって」
(……?)
「あ!おい、邪魔すんなよなー!」
きょとんとする優希の後ろで、横入りされた他の子供が不満を口にする。
「お前もう付けたんんだろ!コイツまだなんだよ、ちょっとぐらいいいだろ!」
金髪で周囲より少し背も高いその子が そう強く言い張ると、不満を言っていた子は不服そうな顔をしつつも優希に場所を譲った。

「早く付けろよ、どこだっていいんだから!」
ほら、とその子に促されて 優希はようやく事態を飲み込んだらしい。
おどおどしながら、小さな指で 短冊を笹に結びつけようとする。

「そんな下じゃダメだよ」
(!)
しかしその位置を見た金髪のその子は、優希の手から短冊を取り上げてしまった。
驚いて目を見開く優希をよそに、男の子は優希の短冊をもっと高い位置に結びつけてくれる。
優希が背伸びしても届かないだろう、高い高い位置。
結び終わった男の子は 優希を見て、少し得意げな顔をする。

「こんぐらい高くなきゃ、空から見えねぇーだろ!俺の隣、特別だからな!」
(……、…)

ビシ!と指差されたそこには、二枚の短冊が並んでいる。
優希はその短冊を見上げて、それから男の子を見つめる。
とても不思議そうな、圧倒されたような眼差し。
それはもう、自分から離れた外の世界を見る眼ではなかった。

そんな優希などお構いなしに、今度は子供達が一斉に笹を窓辺に運ぶ作業に入る。
そのはしゃぎっぷりに、優希はあわあわと戸惑いながら流されいく。

「……、」
先程とは一変して、子供達の輪の中にあっという間に飛び込まされ、ぱちくりと瞬く優希の表情。
唖然としているその横顔を見て、美柴はふと心の中で安堵の笑みを零す。
大丈夫。少しずつ知っていけばいい。
友達が出来るということ。
それはきっと遠い未来の話じゃないはずだ。

「…短冊、どうした?」
(うん、あのね、知らない子にね、結んでもらったの!ビックリしたー)
その日、初めて優希は笑顔で託児所の話をした。


優希の心にあった壁を、一番最初に正面から突き破った張本人の名前が『アキラ』だと知るのは、この少し先の話だ。



そして10年経った今年も変わらずに、7月7日はやって来た。
優希とアキラは 七夕イベントが開催されている駅の一角で、短冊を持って並んでいた。


「はぁ!?お前自分で書いたやつなら自分で結べよ」
(だって届かないんだもーん)
「んなもん何処に結んでも一緒だっつーの」
(えーやだー。上の方じゃなきゃ空から見えないよー。星に願うんだからー)
「寒いこと言うな」
(とか言うアキラだって凄い上に結んだじゃん。ロマンチストー)
「上の方だと人に見られねぇーからだよ!」
(…えー。人に見られちゃ困るお願いする気?奈緒ちゃんとデートしたいとか?)
「なわけねぇーだろ…!!」
(まぁアキラのお願いなんてどうでもいいから僕のも結んでよ)
「どうでもいいって何だオイ!」
(アキラの横がいいな。早く早くー)
「〜あーもう分かった分かった!結ぶから揺らすな!!」

二人の少年が ちょっと騒がしく揺らす笹の上。


『母ちゃんが身体壊しませんように』
『鴇がずっと幸せでありますように』


あの日と同じ願いが、今年も飾られる。




■関係性はちょっと変わってきてるけどね!(笑





[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -