小説 | ナノ


▼ 借りは返せと教わった

■中鴇+北ハム+店長
上京中にありこさんと北ハムのお話してたら出来上がったものです!




「スタッフへの勧誘はご遠慮下さい」
新宿二丁目にあるそのバーで、店長の男はそう言った。

新宿歌舞伎町付近にある夜の店では従業員による客引きも多いが、第三者から従業員への闇商売の勧誘もとても多い。
むしろ飲食店とは表の顔で、本性はそういった類の仲介をしている仮面店も点在している。
美柴が働いているバーは確かに二丁目にあるのだが、この店は売春やアダルト商法絡みの仕事は請け負っていない。

美柴がこの店の店長を信頼している要因の一つが、それだ。
アダルトビデオへの出演依頼や性風俗店への転職等々、美柴に掛かる声は他の従業員に比べて多い。
こうしてスカウトを断り続けていれば 店の不利益になるかもしれないと分かっていても、店長は自分を守り庇う為に前に出てくれる。

「この子は私の親族で、私の我侭でここで働かせているんです。そういった仕事を許可する事は出来ませんよ」
「…。」
店長が毎度吐く大胆な嘘に、美柴は少し心を救われる。こんな風に庇ってくれるのは、店長だけだ。
カウンター越しに相手に牽制を匂わせる営業スマイルで、店長はスカウトの男を追い払った。

「まったく…。後を絶たないね」
男が店を出ていくのを見送ると、店長はやれやれと溜め息をついて美柴に苦く笑う。
「毎回断ってるのに。ねぇ?」
そう同意を求められて、美柴が小さく頷く。
自分だけではああいう輩を上手く追い払えない。おそらく途中で大人しく断り続けるのが嫌になって、余計面倒な事になったりする。
店長のおかげで、今までトラブルにならずにいるのだ。
「……ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる美柴に、店長ははんなりと笑って応えた。

そんなカウンター内での店長と従業員のやり取りを見ていた北原が、うーんと唸る。
彼も美柴が男からスカウトやナンパをされる場面を何度か見かけてきた。
その度に店長が間に入って、助け舟を出してやっている。
今は店の中だけで済んでいるが、この調子ではいつ店の外で美柴にアダルト業界から魔の手が伸びるか、分かったものではない。

「もういっそ一回出演してしまえばいいんじゃないかな?」

北原のその発言に、店長と美柴は同時に振り返る。
二人の冷ややかに据わった視線を受け、北原は うふふと企むように笑った。

「何処に所属している男優だっていう肩書きがつけば、そうそう業界からは声が掛からなくなるものだよ」
「男優と寝てみたいと騒ぎ立てる連中もいますよ」
「それで金を払ってもらえるなら願ったりじゃないか」
「そんな安売りは絶対駄目です。鴇、また変なのに声を掛けられたら俺に言うんだよ」
北原の冗談とも言い切れない言い方に、店長はムスとした表情で息をつき、美柴に言い聞かせる。
言われた美柴はコクリと素直に頷いて、店長を見る。
まるで、親鳥と小鳥だ。
「過保護だなぁ」
北原は そう肩をすくめて、腕時計に目をやる。その口元が、二マリとほくそ笑む。

「ところで美柴くん、中条君は今日何時に此処に?」
「…………。」
途端、美柴の表情がむっとする。その顔を横目に見つつ、店長は首を傾げた。
「今日中条君が来るって、ご存知だったんですか?」
「いや?だが今日は金曜日だ。中条君は金曜に此処に来る確率が高いだろ?だから今日も、美柴くんは中条くんと約束してたりしないのかな?」
「……してません。」

カランカラン。
美柴の返答に重なって、店のドアが開いた。
そうして来店した人物に 美柴はむぅと眉を寄せ、店長は吹き出して笑い、北原はニッコリと綺麗に笑った。
「よぉ」
何故か来店早々に三つの視線を受けた中条は、少し怪訝そうにしながらも バーの中へと足を進めた。

「……なんで今来るんだ…」
「は?」
中条が目の前のスツールに腰をかけると、美柴がぼそりと呟く。
身に覚えのない不機嫌を当てられた中条は眉をしかめる。
「こっちでバイト終わったら行くって話だっただろうが」
「……〜もっと遅くに終わると思ってた」
「早めに終わったんだよ。何でキレられてんだ俺は」
店長はまぁまぁと美柴を宥めてから、中条に灰皿を差し出した。
「いらっしゃいませ。待ってたんだよ、北原さんがキミを。」
「はあ!?」
店長に半笑いで伝えられた言葉に、中条はますます顔を苦くして チラと隣を見る。
北原は素晴らしく整った笑顔で、恍惚とカクテルを掲げていた。
「ほらね、私の読みは外れないだろ?…待っていたよマイスイートハニィ〜?」
「なんだか知らねぇーけど、とにかくアンタは一発殴り飛ばしてぇーな」


それから中条は美柴へのスカウト事情を北原から聞いて、興味なさげに鼻で笑った。

「んなもん、気に入らねぇーなら全員黙らしちまえばいいじゃねぇーか」
「さすが中条くんだ、横暴な解決策だね」
潔い中条に北原は笑うが、当の美柴は小さな溜息を零した。
「……それが出来ないから、困ってる…」
ここでのバイトは嫌いじゃない。
私生活でも何かと世話を見てくれて、気にかけてくれる店長がいるし、他のバーテンダーも年下で言葉拙い美柴をそれとなくナンパや悪い輩から遠ざけてくれる。
良い人達ばかりだ。
だからこそ、店に迷惑がかかるかもしれないやり方では、追い返すことが出来ない。

美柴は本当に困ったような溜め息を零す。
「………。」
そんな沈んだ横顔を少し見遣った中条は それでも「面倒なこったな」と呆気ない相槌を打っただけだった。


客足も落ち着いた時間帯。
それまでボックス席で飲み交わしていた客の一人が、伝票整理をしている美柴の元につつと擦り寄ってきた。
人の近寄る気配に顔を上げた美柴は ピリリと警戒の強い眼差しで男を見る。
男は黙ったまま、美柴に見えるように指を三本立てた。
『3万』
値踏みだ。無視をして伝票整理に視線を戻すが、今度はその伝票の上に男の手が重なってきた。
『5万』
今日はこういった件で悩んだばかりだ。心底苛立つが 無視するしかない。
男の手を払いのけて、レジから離れようとした。その腕を捕まえられる。

「待って。指だけだよ」
こそっと囁くように男が言った。見ると、男の手がカメラの形を作っていた。
先程まで男が座っていたボックス席を見ると、連れの男も同じような手を見せる。
これはアダルトビデオ関連だ。それが分かってしまう自分にもうんざりするが、こうゆう飽きない連中にもうんざりする。
(店長は)と視線を泳がせるが、ちょうどカウンターの向こうの客に捕まっている。
ここはどうにかして、自分で切り抜けるしかない。

「ノンケだっていうのは聞いてる。だから指だけでいいんだ。こっちもそうゆう企画だからさ。ね?」
男は懇願する姿勢に変えて、美柴を覗き込むように見る。
「顔出しNGならちゃんとモザイク掛けるし、名前も偽名で構わないよ」
こちらがどれだけ冷めた表情を見せても、男は引き下がらない。
視界の隅で、席から様子見をしていた連れの男も立ち上がってこちらに来ようとしている。
どうして自分はこうゆう輩に捕まってしまうのだろう。
自分のどこをどう見たらそんな如何わしい企画や誘いに乗っかるタイプに見えると言うのか…。
北原には「だからこそ、釣りたいんだよ」と笑われたが、正直迷惑な話だ。

「無理はさせないし、ちょっとした小遣い稼ぎ程度だよ。全然痛くないって」
「……。」
どう断れば穏便に済ませられるかと言葉を探しているうちに、男の横にふらりと影が出来た。

「なぁ、アンタ」
突然男の話に割って入ったのは、中条だった。
自分の連れが来たのだと思って人影を振り返ったスカウトマンは、長身の柄の悪い男が居ることに少しギクリと怯んだ顔を見せた。
しかし、中条は気にせず薄く笑って続ける。

「こいつ、指でヤッてもたいして喘がねぇーぜ?」
「!?」
中条の発言に目を剥いたのは、スカウトマンよりも美柴の方だった。
「な、に言って…!」
「よっぽど良いトコ突いてやらないとダメなんだよ。な?」
言葉を失っている美柴に、中条がニヤリと笑みを深くする。
「あぁ悪い、これは二人だけの秘密、だったか?美柴」
「〜勝手なこと言うな…!!」
ここにカウンターが無ければ掴みかかっていたところだ。
美柴が噴気して中条を睨んでいると、今度は中条の横に別の人影が重なった。
紳士的な微笑みを称えた、北原だった。
ヤクザものに見える中条の威圧感に怯んでいたスカウトマンは、人の良さそうな北原を見て 少し助けを求める視線を投げかける。

しかし、北原は決して穏やかで心素敵な紳士ではない。

「何やら面白いスカウトのお話が聞こえたのですが?」
そう言って、北原は中条の肩を抱いた。
薄笑っていた中条が途端に苦い顔をして、北原の腕を振り払う。

「なんなら、私達が出演させていただきましょうか?」
「私『達』!?何勝手に肩組んでんだてめぇ」
「あぁ、いいんじゃないかな。何事も経験だよ中条くん」
いつの間にか美柴を庇うように背中に隠した店長が、はんなりとそう笑った。

「…あんた、美柴ん時と言ってること真逆じゃねーか」
中条に据わった眼差しで睨まれても、店長は笑みを絶やさない。
「スタッフへの淫らな勧誘はお断りだけどね、お客様同士なら構わないよ?」
「俺が構うっつってんだよ…!」
「心配しないで中条君。どこの馬の骨とも知らない男優にキミを任せたりはしないさ。私が一から丁寧に手解きをしてあげるから」
「てめぇーも充分どこの馬の骨とも知らねぇーよ…!!」
「北原さんならきっと優しくしてくれるから。ここは中条君、鴇を守ると思って犠牲になってくれるかな」
「犠牲って言ってるじゃねぇーか…!!」
「そうゆうシチュエーションも、私はとても好みだよ中条君」
「ちょっと待て。だからなんで俺に話がすり替わってんだよ、元は美柴に来た勧誘だったろーが…」
「だから、鴇を守る為にキミが間に入ってくれたんでしょう?」
「何を言っているんだ。私は最初から中条君しか誘っていない!美柴くんも気になるけど、どうせならやっぱり好みの男を落としたい!」
「アンタは黙っててくれマジで。もしくは死ね!!」

言い合う3人を横から見ていたスカウトマンは、こそこそと逃げるように退散していった。
スカウトマンが居なくなってからも、北原は中条を誘って、店長は面白がって二人を煽っていた。
「…………。」
結局スカウトから守られた美柴は、北原に牙を剥いている中条を黙って見ていた。

『トキを守るために間に入ってくれたんでしょう?』
店長は、どこか美柴に聞かせるようにそう言っていた。
「…………。」
何か考え込んでいる美柴の横顔を盗み見て、店長は小さく笑い グラスを拭いていた。


それから一週間後。
その日はカウンター席の都合が悪く、北原と中条は離れて座っていた。
しばらくして 二人の間を使っていた客が帰り、真ん中の席が空く。
北原は美柴を呼びつけ、カクテルを注文した。
てっきり中条の隣に席を移動すると言い出すのかと思っていた美柴は、内心どこかほっとして注文を取る。
しかし、その時北原が頼んだのは、いつも中条が頼むものだった。
不審に思う美柴の様子に、北原は勝ち誇った笑みを見せる。

「あちらの彼に」
と、優雅な手の動きで中条をそっと示す。
「………。」
指名された中条はちょうど店長と世間話を交わしていて、北原の思惑に気がつかない。
今気がつけば、きっと中条は「いらねぇーよ」と豪語して断るはずだ。
けれど、客の注文を従業員が断るわけにはいかない。
「私の中条くんへの愛を込めて、作ってもらいたい」
「………」
タチの悪い嫌がらせにしか思えない。
北原が中条を口説くためのカクテルを、今から自分が作るのだ。
じっと北原を見たが、北原は余裕を見せた笑みで美柴を見つめる。
「作ってくれないのかい?」
「………〜」
せめてもの抵抗と返事はせず、美柴は準備に取り掛かった。

そうして出来上がったカクテルは、一応 中条に出した。
前に出されたグラスを見て、煙草を吹かしていた中条は眉を上げる。
「あ?まだ頼んでねぇーぞ」
「……あっちから、中条さんにって言われた…」
少し不服げな声で美柴が言うと、中条は示された方向に目を向ける。
北原が、キラリと星を飛ばすウィンクを、中条に投げた。
飛んできた星を手で叩き落とし、中条は顔をしかめる。
「〜誰がいるかよっ」
そう吐き捨てて、カウンターに置かれたカクテルグラスを北原へスライディングさせる。
スーっと華麗に滑べったグラスは、見事に北原の手の中にキャッチされた。北原は楽しげに笑う。
「そんな事言わずに受け取ってくれ」
そして中条と同じように、グラスを滑らせて中条へと返す。
「〜だからいらねぇーつーの!!」
戻ってきたグラスを受け取ってしまった中条は、今度は勢い良く北原に向けてグラスを滑らせる。反動で揺れたカクテルが少しだけカウンターに零れた。
そのカクテルを出した美柴は、スイスイと何度もカウンターの上を行き来するグラスを、まるで玩具を視線で追う猫のように黙って見ている。

溜め息を吐いた店長が、窘めるように北原と中条を交互に見た。
「ちょっとちょっと、仲良しなのは分かったからカウンターで遊ぶのやめて下さいお二方?」
滑ってきたグラスを受け取った北原は、子供のように口を尖らせて店長を見上げる。
「でもこれは私が中条くんの事を想って頼んだ、愛のカクテルなんだよ?」
「余計いるか…!!」
「受け取ってくれるまで何度だって渡すさ」
北原が今一度 グラスを中条に向けてスライディングさせた。

が、そのパスコースのちょうど真ん中に 美柴がストンと手を出した。
美柴の手に阻まれて、中条へと滑っていたグラスはその手の中に収まった。
「おや」
愛のパスが阻止された北原は、きょとんと美柴を見る。
「ほら、うちのウエイターに叱られるよ?」
店長が ふふと笑って中条にそう言った。
中条も美柴に文句を言われるかと思い、眉を寄せる。
「先に気色悪ぃー事しやがったのは向こうじゃねぇーか」
「……。」
しかし美柴は中条には何の文句も言わず、手にしたグラスを北原の前に差し出した。

「中条くんに渡してもらいたいんだけどなぁ」
北原は小首を傾げて、しかし挑むような笑みを浮かべて美柴を見上げる。
その視線を受けた美柴は 静かに、凜とした声で応えた。

「中条さんは、北原さんの奢りじゃ飲まない」

強かな意思を秘めた声色と目力に、北原は少し驚いたように目を開く。
そうして、ふふと笑った。

「……それは残念。」
北原は今回は負けを認めると、美柴に両手を軽く上げて 肩を竦めた。




その日の帰り道。
静かに隣を歩く美柴の横顔をチラと見てから、中条は煙草を銜えた。

「てっきり、俺に押し付けてくるかと思ったぜ」
北原がやけに飲ませようとしたカクテルの話だ。
美柴はああいう時は下手に首を突っ込まずに店長に任せることが多い。
あんな風に北原に強気に出るとは、思わなかった。

「………借りを、…返しただけだ」
「…借り?」
憮然とした素っ気ない美柴の返答に思い当たる節は無く、中条は首を傾げる。
「何の話だ」
「………この前のビデオの、スカウトの時…」
「…………あぁ…あれか」
一瞬何の事かと思ったが、脳裏に記憶が甦ってきた。

「………、」
美柴はそれ以上何も言わず、唇を弱く噛む。
感謝しているのだから、本当はもっと言い方がある。
しかしどうにも、中条に「ありがとう」とは、言いにくいのだ。

「…………。」
何か言葉に困っているような美柴を見て、中条は気にするなと大きく息を吐き出す。
「別に、あんなの大した事じゃねーだろ。嘘でも柄の悪い連れがいるって触れまわれば、多少は怖気づく奴もいるんだろうけどな」
「………柄が悪い自覚はあるんだな」
「うるせーよ」
ボソリと言われた憎まれ口に、中条は目を据わらせる。
しかし美柴は涼しい顔で 隣を歩いている。
「………まったく、可愛げがねぇーなぁ」
その表情を見ていると、無性に崩したくなってくる。

…スカウトマンや手練の男達が、美柴を釣ろうとする気持ちも分かる気はするのだ。

にやりと笑んだ中条は、少し背を屈め 美柴の耳元に唇を寄せる。

「良いトコ突かれたら、気持ちよくて愚図って鳴くくせにな?」
「…ッ!!」
グっと喉を詰まらせた美柴の拳が、中条の顔を狙って風を切った。
ヒョイと軽く身を躱した中条はその手を捕まえて、さらに笑みを深くする。
「その秘密、知ってるのは俺だけだな」
「……勝手な捏造するな」
「捏造かどうかは、今から家でじっくり確かめてやるよ」
「〜〜…」
ひどく楽しげに意地悪な笑みを見せる中条を、美柴はむぅと睨みつける。
どのスカウトやナンパよりも、この男が誰よりも美柴を困らせる。

「アンタが、一番厄介だ」

フイと視線を合わせまいと顔を背ける美柴に、中条は満足げに笑った。



■煩わしいと言っても、恋煩いよ(戦場ヶ原ひたぎ)








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