小説 | ナノ


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■この事情の裏では…的な久保田センセーと悟浄センセー。




「お前も物好きだよなー」

修復された中条の課題を手に 駆け出していった美柴を見送って、悟浄は久保田にそう言った。
ソファーから寝そべりながら見上げる久保田の表情は やはりいつもと同じで感情が読めない。

「まぁ、ヒマだったからね」
「ヒマ潰しであの広い中庭片っ端から漁るなんて、俺には出来ねぇーな」
「何だ。見てたの?」
「ああ、こっから見えてた」

先ほど、教員室に誰もいないのをいいことに 悟浄は窓を開けて煙草に火をつけようとした。
その窓から、中庭できょろきょろと歩き回る美柴と久保田が見えていた。
最初は何をしているのかと訝しがって見ていたが、どうやら紙切れを探していると分かってからは ニヤニヤと高みの見物だ。
木に引っかかった捜し物の下を 二人が何度も素通りしてしまうのを見て、「上見ろよ上」と一人突っ込みながら、煙草を吹かしていた。

「手伝ってくれれば良かったのに」
「じょーだん。何で俺が手を貸さなきゃなんねぇーのよ」
と 興味なさ気に言いながらも、おそらく久保田と美柴の手際があれ以上悪かったら、悟浄は途中からもどかしくなって 上から口を出していただろう。
(案外世話焼きなくせにねー)
久保田は内心そう思いつつも、「そーね」と薄く笑って流した。

6時を告げる鐘の音が、響き始めた。

「お。間に合うと思うか?あれ」
「さぁ?どっちでもいいよ」
久保田はコーヒーを汲んで 悟浄の向かいのソファーに腰を降ろす。
身体を起こした悟浄は 片腕を背もたれに乗せ、久保田を見やる。

先ほどまで美柴にあんなに朗らかに接していたのが嘘のようだ。
おそらく、もうあの課題や美柴や中条が どうなろうと興味もないのだろう。

「…お前さ、美柴が赴任してきた時どう思った?」
「…。」
飲みかけのコーヒーから唇を離し、久保田は悟浄に視線を向けた。
何やら意味深な空気が流れるが それでも久保田は「さぁ?」と軽く首をひねって見せる。
「別に、特に興味なかったけど」
「嘘つけ。お前最初から結構ちょっかい出してたろーが」

美柴は新年度からではなく、途中 病気で引退をよぎなくされた教師との入れ替わりで赴任してきた。
教員室で 理事長から紹介される彼を見て、悟浄はすぐにピンと来た。
それほどまでに 『あの事件』は当時の学園にとってスキャンダラスだったのだ。
そしておそらく久保田も悟浄と同じく、美柴の正体にすぐに気がついたはずだ。

『神隠しに遭った後輩生徒の双子の兄』

「……そうね。面白いとは、思ったかな」
「…面白い?」
確かにあの頃 オカルト話やその双子に関する噂は散々行き交ったが、久保田はそんな騒ぎに盛り上がるタイプには見えない。
悟浄は眉をひそめて 久保田に真意の白状を求める。

「だって、あの頃結構酷かったじゃない。イジメとまでは言わなくても、皆好き勝手な噂流したり 怪談話にして面白がってたでしょ」
「…まぁな。此処はそれぐらいしかネタがねぇーからな…」
「正直言って 良い思い出なんてひとつもないはずのこの学園に、教師になってまで戻ってくるっていうその精神が、ちょっと変わってるなって思ったんだ」
「…なるほどねー」

美柴は赴任初日から すでに他の教員や生徒達とは馴れ合わない様子だった。
無駄なことは一切しない。
やらなければならない事は手短に。
そんな、新米教師とはとても思えない淡白な姿勢だった。
それから程なくして、悟浄は美柴から睡眠導入剤の支給を頼まれる。

『…誰にも、言わないで下さい』

眠れない理由は、その後久保田から又聞きして把握した。

「神隠しなんて、本当にあると思うか?」
悟浄は顔を歪めてそう言った。
「確かに此処は”そうゆう雰囲気”はあるけどよ。そんな話、あれ以降一回も出てないぜ」
久保田も それには頷く。
「実際は ”あの部屋”に血痕や私物が落ちてたっていう話だからね。事件性はあったんじゃないかと思うよ」
「…学園側がもみ消したってところか?」
「もしもそれが殺人事件になんてなろうものなら、御子息達を預かってる此処には痛手でしょ」
「……自分が働いてる場所をこんな風に言うのはアレだが、クソだなやっぱ」
「でもあの一斉捜索でも遺体やそれ以上の手掛かりは出てこなかったみたいだからね。『やんちゃだった生徒の一人が逃走した』ってことで済ませるのが一番だったんじゃない」


それで済んだのは表面だけだ。
残された双子の兄は奇異や好奇の眼に晒されて、生徒達は大袈裟に怖がり、教師たちはそれを抑圧するためにより一層強制的になった。

「……神隠しじゃないとしたら、なんだと思う?」
「…興味あるの?意外だね」
久保田の笑みに対し、悟浄は首を横に振る。
「俺が当時小耳に挟んだ噂は 神隠しだけじゃなかったぜ」
「…。」
悟浄が続けるであろう言葉を予測したが、久保田は黙ってコーヒーを口にした。

「『兄貴が弟を殺して隠した』ってさ」

その噂を、久保田も知っていた。
おそらくあの当時のほとんどの生徒や教師が知っている。しかしあまり表立って口にはしなかった噂話だ。
しかし久保田は興味なさげに「へぇ?」と相槌を打つ。

「二流小説みたいな話だねぇ」
「深夜に寮内歩き回るのは、証拠隠滅の為。とかだったりしてな?」
そう言う悟浄は 口ぶりは冗談めかしているが、表情はどことなく真剣だ。

「あの弟は人懐っこくて人気者で、光そのものだった。それ対して兄貴のほうは完全に日影で空気も同然。」
確かに弟の方は 「話したことはなくても名前や顔は知っている」という生徒が多かった。
顔がそっくりの双子といっても兄のほうはほとんど目立たず、事件が公になって初めて周知された。

「理解者のいない孤独な影 が 綺麗に輝く光を妬んで、もしくは独り占めしたくて呑み込んじまう。よく出来た話だろ?」
「……どうかな」
悟浄の筋書きを静かに聞いていた久保田は 飲み干した紙コップを潰して、ゴミ箱に放り投げる。

「俺は、逆だと思うけどね」

(孤独に苛まれるのはきっと、光のほうだ)
投げ捨てられた紙コップは ゴミ箱の枠に弾かれて、無様に床に転がった。
それを見下ろす久保田の脳裏に過ぎるのは、暗闇をさ迷う美柴の横顔。

『…シギが居なければ、此処にはもう、何も感じない…。』


(…そして呑み込まれたのはきっと……)


■HIDE and SEEK 輝きだけ青く強く放つ (HIDE and SEEK/トリプルH)

シギについて何も決まってないけど勝手に話が進むのが学パロです(´∀`;)


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