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▼ 宇宙旅行は無理ですが…

■意外に侮れない男、斉藤一雄シリーズ。




「もしもし鴇さん、俺ですー!今電話大丈夫っすかぁ?」
「………斉藤…」

…その声が弱ってるって、すぐに分かった。


【いつか君を連れて】


待ち合わせた公園で一人佇む美柴を見つけた。
その後ろ姿が 今にでも夜の闇に紛れてしまいそうで、斉藤は一瞬息を飲んだ。

「お待たせしましたぁー!」
すんませんッと足早に駆け寄る。
声に顔を上げた美柴は 顔色を伺うように覗き込んでくる斉藤に溜息を吐く。

「……近い。」
くるりと背を向ける美柴に 斉藤は戸惑いながらもなんとかいつもの調子で笑った。
覗いた拍子に 美柴の目が少し赤い事に気が付いてしまった。

「用って何だ」
素っ気無く問う美柴は、それでもやはりこちらを見ようとはしない。
何かあったなら頼って欲しい、と思う気持ちが胸に積もる。

「…声が、気になったんです」

正直にそう答えた。怪訝そうに美柴はようやく斉藤を振り返る。
その眼差しが、踏み込もうとする自分を跳ねつけようとしている。

寂しい。

「何かあったのかなって思って。でも「何かあったんですか」って言ったら鴇さんは絶対「何もない」って言って 俺に会ってくれないんだろうから」
「………………」
「だから、用があるってウソつきました」

斉藤はじっと深く美柴を見て そう言った。
対して 美柴はその視線から逃げて また小さく息を吐く。

「……何もない」
「でも俺、知らんふりなんか出来ないし、したくないっスよ」
「…………………」

押し黙る美柴の表情が、ほんの少し動揺しているのが分かった。
誰よりも動じないと思われている美柴が、実は一番臆病だということに 斉藤は気がついている。
誰かに頼れない。心を明け渡せない。でも、そのくせガードが完璧じゃない。
命を懸けてでも取り戻したい”誰か”の為に、どこまでも傷ついて。
自分はそれでいいんだなんて思ってる。
そんなの、どうにかして助けてあげたいって思うに決まってる。

だから、

「俺、鴇さんのこと 放っておけないんです!」

今日は絶対に、このままの表情で帰したりなんてしない!

「……………」
驚くほど真正面から挑んできた斉藤に 美柴は言葉を失う。
バカじゃないのかと一蹴して太刀打ち出来るほど 今は心に余裕がなかった。
何よりも、ここまで恐れずに受け止めようとする姿に呆気に取られていた。
「鴇さん、今日バイト休みっすか!?」
妙に意気込んでそう尋ねられ 思わずこくり頷く。

「よしっ」
ぐっと小さなガッツポーズをした斉藤は 美柴の手を取った。

「宇宙に行きましょう!!」
「…………………………は?」



そうして、今 斉藤と美柴は東京タワーに居る。



「……どこが宇宙なんだ」
「いやぁ〜、さすがに宇宙は無理なんですけど」
「…………」
てへへと照れ笑う斉藤を 横目に睨み、美柴は窓の外に目を向けた。

ぐるりと360度を窓に囲われた展望台。
周辺には夜景を見に来たカップルや家族連れがちらほら居る。
けれど そんなのは気にならないぐらい、綺麗な景色だった。

「………どうして東京タワーなんだ?」
手すりに手を掛けて じっと外を眺める美柴が、ぽつりと問い掛ける。
先ほどよりぐんと穏やかになった声色に 斉藤は内心嬉しくて堪らなかった。

「宇宙は無理だけど、でも物理的に高いところに昇ったら ちょっとくらいは体が軽くなったりするんじゃないかなぁ〜なんて思ったりして」
「…?」
意味を掴みかねた美柴は 斉藤を振り仰ぐ。
隣で同じように満足げな笑顔で夜景を眺める斉藤は 意気揚々と月夜を指差す。

「あそこまで行けたら、なんもかもが重力1/6なんっスよね!」
「?…………そうだな」
「そしたら鴇さんの下がりっぱなしの口角も軽くなって、笑ったりするかもしれなくない!?」
ね?と美柴を振り返った斉藤は にー!と人差し指で自分の口角をわざと持ち上げて笑ってみせる。
能天気で上機嫌な眩しすぎる笑顔だった。
こんなにも直向な斉藤の好意に まだ少し慣れない。

「………………バカにしてるだろ」
「えぇえ!?なんでそうなるんスか…!?」
傾きそうな自分の感情に気づかないふりをして ふいっと顔を逸らした美柴に、斉藤があたふたと狼狽えた。
慌てて弁解しようと覗き込むと 美柴は意地になって見つめ合おうとしない。

「〜違いますって!そうゆう意味で言ったんじゃないんですってばー!」
肝心な時に観察力を失う斉藤は 美柴の首元が少し赤いことには気づかなかった。
必死に、美柴の手をとって 真正面から見つめる。

「俺、いつか宇宙旅行行くんなら鴇さんと行きたいって言ってるんですッ!」
「………いくらかかると思ってるんだ」
「ここで金の話とか!?ロマンチックな雰囲気台無しになるから…!」
「……別に斉藤にロマンは求めてない」
「〜ひどい!」
ガーン!という効果音を背負って項垂れる。
しょぼんと萎んだ斉藤を ちらりと見て、美柴はそっと溜息で誤魔化しながら 少しだけ笑った。

「……此処で充分だ」
「!」

それを見た途端、斉藤はピンと背筋を伸ばし、顔を赤らめて嬉しそうにニンマリ笑う。

「……第一、宇宙旅行なんてまだ一般人じゃ行けないだろ」
「〜いや!でもホワイトベースに行けばきっと有人可能なガンダムが!」
「何の話だ。」

その笑顔が、宇宙なんかよりもずっとずっと体を軽くしてくれると 最近よく思うのだ。



■宇宙船はまだ先だけれど そこに辿りつけるまでの間 僕の左手を握っててくれますか?  (1/6)


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