私に筆を取らせたのは一冊の歌集だった。『鳥遊緋穂 歌集』とだけ題字された文字は私の心に一つの思いを形作った。



   三十一音で伝えられるがある



「おはよう、灯火野君。」

「おはよう、何だか嬉しそうだね、鷹司さん。」


 私が筆を執り始めた次の日、教室であったのは灯火野智哉というおとなしげな青年。こちらに気付いたのか歩み寄ってくる。私の手元にある紙束を見て、不思議そうに


「ねぇ、その束は何?」


と私に問うた。


「灯火野君は知ってると思うんだけど、部室に赤い表紙の歌集があったでしょ?あれに感化さ
れちゃってさ、少しだけ書いてみたの。」


 そう私が答えると、彼は感心したように言った。


「少し前の話なんだけど・・・」




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 少し前の話なんだけど、僕は一人の女子生徒に会ったんだよ。彼女は短歌を詠むのが大好きでさ。僕が「短歌は苦手だ」って言ったら「たった三十一字よ!」っていうんだよね「小説のストーリー性や表現力にはかなわないけど、一つの歌を十人が読んだときに、十通りの読み方があって、そうやって育ててもらえるのがいいんだって。

 短歌や俳句っていう文化は日本固有の文化でさ、ホラ「古池や 蛙飛び込む 水の音」って俳句あるだろ?あれを外国で紹介すると「それで?」ってなるんだって。結論がないからさ。それに、英語じゃ短歌は詠めないんだよ。語数とかの問題で。それに言われたんだよね「三十一音で伝えられる愛がある」って。



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 そう語る灯火野君は、その子との出会いを思い出しているらしく懐かしそうな眼をしていた。「で、どんな歌を詠んだの?」と彼に問われ、私はおずおずと持っていた紙の最初に書いた句を読んだ。


ちはやふる 神の血盟 守りしは 君への道も 人目よくらむ


 一番初めに思い浮かんだ区なんて、下手なはずなのに、なぜか彼に聞いてほしかった。歌を聞いた灯火野君は、驚いた顔をしていた。


「ねぇ、『僕がため 惜しからざりし 志さへ 今は君が ためにあらんと』って言われたら、なんて返す?」


 いきなりの言葉。でも私は迷うことなくこう答えた。


「意を込めて 君の心は はかるとも 世に開かざるは わが魂かな」

「やっぱり、似てるね。」


 私の返答を聞いた灯火野君は、懐かしそうで、うれしそうで、悲しそうな、そんな複雑な笑顔を浮かべた。




 幾たびの 邂逅果たせど 気付かざる  忍ぶる恋は 神のみぞ知る


Fin.

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