Nameless Song(1/3)
 全宇宙を満たす小さな粒子の発見が、一時期世界を賑わした。それなしでは世界には「重さ」が存在しないことになり、「重さ」が存在しないということはそのまま「モノ」が「在る」ことが失われることを意味する、らしい。
 詳しいことは専門家じゃないから分からない。そもそも専門家でさえよく分からなかったのだから、今こうして世界を騒がしているのだろう(理論が先にあって、実際に粒子の存在が確認できたから騒いでるんだぞ、っていうツッコミが入りそうだ)。
 どうしてそんな話をしてるかって、僕も体験的に世界を満たすあるモノの存在性を実感したからである。ソレの存在性は大それた発見というわけでもなく、それこそ昔から人間の周りにあって当然なものだっただろう。時に安息を、時に危険を……人間たちはソレらを利用して生活や人生を豊かなものにしていったことはまぎれもない事実だと思う。
 世界は”音”で隙間なく満たされている。僕は”音”を失いかけて初めてそれに気付けた。


 二つの異変は冬将軍とともにやってきた。一つ目の異変は冬休みに入る頃から。どうも咳込むことが多くなり、鼻歌も日常会話も困難な日々が続いた。風邪だと思ってマスクをしたり手洗いうがいを徹底したりしながら過ごしていたけれど、一向に改善する気配がない。ついには講義を休んで寝込む始末だ。
 ピピピ、という電子音の合図で布団からごそりと起き上がり、体温計の数値を見る。
(微熱か……。咳が一番辛いけど、体の節々も痛む……)
 一週間の様子見した結果、観念して病院に行くことにした。
「気管支炎ですね」
「はあ……ゴホ」
「とりあえずお薬を1ヶ月分出しておきますので、また1週間後くらいに来てください」
 ぺこりと一礼して部屋を出る。会話をするのもやっとなのが歯がゆかった。
(しばらくは治療に専念か)
 携帯を開き、メールの新規作成を選択する。
『気管支炎のため音楽活動を休止します。咳込むため連絡手段はメールで』
 心配させるのも悪いし、と少し文面でおどけてみせる。返信は程なくしてきた。
『近くにいるとうつるかな?』
『急に起きたタイプは大体ウイルスが原因だからうつりやすいって言われた』
『そうなんだ』
 メールは文字を打ってる時間が惜しいからと彼女とのやり取りはほとんど電話だったので、メールで会話をするのは久しぶりだ。
(なんか情報量が全然違うなあ)
 物寂しさにため息をついた。それが彼女に会えないからなのか病気で体が弱っているからなのかは判然としなかった。
 二つ目の異変は、薬を処方された翌日に現れた。シャワーを浴びた後、冷凍しておいたご飯を温めながらドライヤーで髪を乾かす、いたっていつもの朝だ。
 強い風に揺れる前髪。ブオオオ、と唸りを上げて働くドライヤー。
(……?)
 なんだろう、この違和感は。
 首をかしげながら髪を乾かし終えると、計ったように電子レンジがチンと鳴った。
(げっ……)
 違和感は確信へと近づいていく。手に持っていたドライヤーを置く音、レンジに近づく自分の足音、扉を開ける音。
「あっつ!」
 独り言までも。
(半音……いやそこまでじゃないな)
 すべての音が、ほんの少しだけ低い。
 思い当たることは一つあった。調べてみればやはりビンゴで、処方された薬の副作用が原因だった。確かに思い出せばちゃんと説明を受けていたはずなのに、よく聞いていなかったのだろう。でももしその副作用のことを知っていたとしても、実際体験すればやっぱり驚いていたんだと思う。
 いつ治るんだろう。薬を変えることはできるのだろうか。不安はたちまちに膨れ上がる。
 彼女に会うことは愚か、こんな調子では音に触れることもままならない。音階も持たないと思っていた音たちが総出で僕に襲いかかっているように感じる。
 治るまでの辛抱とはいえ、音の歪んだ世界は僕にとって地獄だった。

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