今様歌物語
〜ここからはじまる〜


「久しぶりだね、灯火野くん」

 卒業という節目の日にも僕はこの場所にいた。鍵をかけられ冷え切った部室には、たった一度だけの――それでも僕の世界観をガラリと変えてくれた――謎の少女、鳥遊緋穂がいた。

「もう、会えないかと思ってた」

 僕は急に呼吸が苦しくなるような感じに襲われる。



「分かったんだ、君の正体が」



「そっか」


 そう言って彼女は詠んだ。


幻が消え去りし後夢現迷いの森を出でし君かも


 僕は答えた。


「そう、だね」


 なぜ彼女が僕のことを理解するのか。それは当たり前のことで、彼女は僕の文学への思いが作った幻で、僕自身だから。


「君に出会えてよかった」

 僕はいすに座っている彼女に告げてその場を去った。少し暖かくなった春風とともに僕は振り返ることなく歩き始めた。手のひらに乗った雪が融けて消えた。





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