A fallen angel and an angel

1. No body knows that angel.
(誰もその天使を知らない)

これは、むかしむかしのおはなしです。
てんかいのしずかなおはなし。

2. I know that angel.
(私はその天使を知っている)

――天界はきれいだ。天使はもっときれいだ。

「堕ちちまったもんはしかたねぇってか。」
(俺も前はむこうで悠々と飛んでいたはずなのにな。)

 暗い暗い闇の中にいて、光っているほうにはいかない、と心に誓う。堕天使の姿は光と闇の中間にあって誰もその姿を見ていなかった。堕天使は、「光の天使たちの姿を見たいから」、といつもその場所にいた。

「ね、何でそんなところにいるの?」

 ニパッと笑顔を浮かべた一人の天使。金色の短い髪と真っ青な瞳が印象的な青年だ。そのまま、堕天使のほうへと歩み寄ろうとする。

「それ以上寄らないほうがいいぜ。堕ちちまうからな。」
「う?…あ、本当。ここハザマの近くだ。早く君もこっちに来ないと。堕ちちゃうよ。」

 周りをきょろきょろと見渡し、自分の居場所に気づいたのだろうか、不安そうな顔をする天使。

「俺は…いい、もう此処にしかいれないからな。」

 暗がりで姿はよく見えないが、堕天使は少し落胆したような声を出した。すぐに気を取り直したように天使に聞く。

「お前、名は?」
「ボク?ボクは、ローファン。」
「ローファン?聞かない名前だな。」

 堕天使は深く考えこんで、無言になってしまう。

「最近、やっと仕事がいただけるようになったばかりだから名前を知らないのかも。君の名前は?」
「俺は、アチェトリューシェだ。」

 堕天使の答えはそっけないものだった。
 しかし、天使はその答えに肩をびくつかせる。

「アーチェ大天使様。こんなところにいらっしゃったのですか?」
「アーチェだと?俺みたいな醜くて汚い堕天使がそんなお偉い方だなんて。ふざけるのもほどがあるぜ。」

 天使の言葉にふざけたように言葉を返す堕天使。笑ったような声で言ったその言葉は、思わぬことを聞くことになった。

「あのね。ボク、アーチェ大天使様を探してるんだよ。配属されてからずっと。ミカエル様もすごく心配していて…」

 下を向いて、何かを悔やむようにしかし、必死に伝えようとしている天使。

(…あの馬鹿め。)

対する堕天使は誰かの顔を思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔をする。

「そうか……アーチェという名を聞いたことがある。そいつは、おそらくこっちにいるだろうな。明日探してつれてくるから、お前もミカエル様を連れて来てくれないか?」
「うんっ!」

 堕天使の言葉を聞いた天使はうれしそうに帰っていった。

3. On the next day, the angel opens a wing.
(次の日、その天使は翼を広げた。)

「……リューシェ…………アチェトリューシェってば。」

 次の日、昨日とまったく同じ場所で寝ていた堕天使を起こしたのは昨日あったばかりの天使の声だった。

「あぁ、お前か。」
「やはり、アーチェのようですね。」

 天使の後ろから出てきたのは大天使。それに反応した堕天使は、大天使を馬鹿にするような声で言った。

「元気そうじゃないか、ミカエル。相変わらずの寵愛っぷりだな。」
「口の悪さは変わってないようですね。アーチェ。」

 まるで旧友と話すような口ぶりで話す二人。それをみて、困惑した顔をする天使。

「もう一度戻ってきませんか?あなたはこちらへ出てこられるでしょう?」
「…それは、魔物と天使の混合種である俺にたいするあてつけか?はははっ!また、そうやって、俺をあざ笑うんだよな。天使は素直かもしれないがな、正直すぎて相手のことを傷つけることまで言っていることに気づいてくれよ。」

 大天使の言い方に棘のある言葉をぶつける堕天使。相当怒っているようだ。大天使は、落ち着いた表情をしている。

「そうさ、俺は醜いさ。お前らみたいな純粋な天使じゃねぇ。しかも、魔物後が混ざってる。だからお前らみたいにきれいで純粋なままじゃいられねぇ。」
「そんなことないっ!」

 堕天使の自分をさげすむような言葉の数々に叫んだのは、天使の少年。

「貴方はボクを励ましてくれた。こんなとりえもないボクにもできることがあると教えてくれたのは貴方だ!」
「フッ…ずいぶんなものを飼ってるじゃないか。」

 いまだ、暗がりにいる堕天使の顔は見えないが気配で立ち上がってそこを去ろうとするのが二人にはわかった。
 カ、と足音が響く。

「まちなさい。」

 大天使が静かに言う。

「貴方は今の私たちには必要なのです。彼は私のものではありませんよ。貴方の信者なのです。」
「嘘をつけ。お前がそんなに溺愛しているのなら、俺のものであるはずがない。そうじゃなかったら、お前はここまで来ないだろう?」

 そのまま足音がする。堕天使は去っていくのだ。

「待って!」

 叫んだのは黙っていた天使。自分の感情に突き動かされて、一気にまくし立てる。

「ボクが好きなのは、アーチェ様だけです。アーチェ様が、どんなに悪口を言われても揺るがないで進んでいらしたから、ボクはここまでこれたんです。今まで……今まで、貴方だけを目標にしてきたボクは、どうすればいいんですか!?」
「どうするも、こうするもないさ。お前はお前なんだから、勝手にすればいいだろうが。ホラ、俺なんかよりも偉い奴が、そっちにいるんだから。」

 からかい、嫉妬、憤怒、思慕、束縛、天使にはない感情が、堕天使の心にある。劣等感、羨望、恋心、そんなきれいな感情ではない、と堕天使は位置づける。自嘲だ。嘲ることしかできない。

(ほら、おれはこんなにも醜い。ほら、俺はこんなにも愚かだ。)

 いつの間にか、大天使はその場を去っていた。
 カツン、と音が響く。
 堕天使は振り返る。
 また、カツンと音がする。
 堕天使が、振り返ったその先にあるのは、一歩一歩、おそるおそる、こちらへ、闇へと近づいてくる天使の姿。

「やめろっ!」

 天使が顔を上げると、こちらへと駆け寄ってくる堕天使の姿。ラベンダーのような長髪に、おそろいの色をした翼。男である天使よりも頭ひとつ分だけ低い背。そのままタックルをされるが、衝撃はほとんどない。

(軽い…。)
「お前まで、来ることはなかったんだ。俺といてもいいのか?このような蔑み者と。」

不安そうな顔、それを見て微笑む天使。

「アーチェ様がいいとおっしゃるなら、何処までも……ボクでいいんですか?」
「ローファンでなければダメだ。俺についてくると言ったお前がいい。」

翼を震わせ、天使に抱きつく堕天使。二人はそのまま、天界へと翼を広げ飛び立っていった。

4. You know that angel now.
(あなたは今その天使のことを知っている)

ふるいふるいでんせつは、こうやってかたりつがれていく。
てんしのしょうねんとだてんしのしょうじょのものがたりはあせることはない。


おわり
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