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「ったく、ホントお前ってさあ」
「な、何だよ」
「……良いわ、やっぱ。黙って連行連行!」

学校周辺の住宅街の中を、強引に引っ張られていく。向けられる背中はふざけた口ぶりとは違って、少し苛立っているようだった。
なぜだろう。
薫には、彰人の心情が理解できない。ただ、彼がなぜか他人である自分を気にしていることしかわからないのだ。
いつもそうだ。いつも、彼は薫を連れ出そうとする。薫の知らない世界を見せようとする。
これは彼なりの優しさなのか。そうだとしたら変わっているなと思う。他人にここまで深入りしようとする彰人の行動は、薫には理解できない。

「お前さ」

ずかずかと歩きながら彰人が言う。

「もうちょい楽しめよ」
「……は?」
「人生」

じんせい、とはっきり発音されたその言葉は、薫の耳をするりと通る。
――人生。

「いっつも勉強、勉強って、そりゃ勉強は大事だけどさ、もっと体動かしてあちこち行ってあれやこれやしないと。つまんねえよ」
「僕は十分満足してる」
「おれが満足できてねえんだよ」

苛立ちのこもった声が冷たい風に掻き消されていく。

「嫌なんだよ、おれが。薫が教室の机に一人座ってずっとカリカリ勉強してるのが」
「……僕は十分」
「満足してるんだろうけど、こう、なんつーか、やっぱ我慢ならないんだわ、おれが」

だから、と彰人は声音を明らかに変えて肩越しに振り返る。

「デートしよって言ってんの、カオルチャン?」
「……気持ち悪い」
「うげ、酷っ! 人に向かって言うなよ! アキチャン傷ついちゃうわあ」
「気持ち悪い」
「に、二回も言うなよ……けっこう傷つくからな、薫の真顔でマジな『気持ち悪い』」
「気持ち悪い」
「……駄目だもう俺戦闘不能」

足を止め、がっくりと項垂れた。足を止めた瞬間、風が強く体を襲ってくる。身震いしながら、大袈裟だな、と薫が声をかければ、もう赤色点滅だわ、と薫のわからない言葉が返ってきた。信号機のことかと思った薫にゲームの話だと返し、彰人はくるりと振り返る。背の低い薫を見下ろしてきた。

「あのさ、薫」
いやに真剣な表情で彰人が言う。
「おれ、うざい?」
「うん」

薫の簡潔な答えに、みるみるうちに彰人の顔が泣き顔に変わっていく。

「……そこ真面目に答える? 嘘でも違うって言ってくれるもんでしょ? 泣いちゃうよ? 俺泣いちゃうよ?」
「嘘を言って欲しかったわけ」
「……それも辛い」
「だろうね。まあ」

 ふと言葉を切る。

「……彰人に嘘を言ったことは、今までないけど」

尻すぼみになる薫の声に、涙目になりかけていた彰人が、え、と呟く。それを聞かなかった振りをして、薫は淡々と続けた。

「行くなら早くしてよ。僕は暇じゃないし、寒いのは嫌いだ」

呆然としていた彰人の表情が、徐々に薫の言葉を理解していったらしい、漫画のように劇的に変化していく。

「……か、おるうっ」
「うん? ……おわっ!」

パアッと顔を輝かせた彰人が再び薫の腕を掴んで歩き出す。

「よーっし、じゃあゲーセン行って、マックで飯食って、ゲーセン行って」
「は、はあっ?」
「たっのしもうぜぇ放課後ぉ!」

うえーい、などと奇妙な声を上げる彰人に、他の歩行者の視線が集まる。腕を引かれる薫は顔を赤らめ、しかしその腕を振り払わずに、ただ彰人についていく。どうやら彼は薫の言葉を都合よく解釈したらしい。薫としては、寒いし時間が無駄に過ぎるのがもったいないから早く室内に入りたかっただけなのだが。
でも、こんな放課後も悪くないな。そう思う自分に呆れ、薫は楽しげに歩く彰人の背中を見つめ、小さくため息をついた。


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