地元のテレビ局や新聞社は素知らぬ顔をして取材にやってくる。今年の出来はどうでしょう、今年の目玉はなんでしょう、祭りに向けて意気込みをどうぞ……。一昨年の夏を思い出そうとすると、大空で幾千もはじけて消えていった打ち上げ花火の爆音が未だに胸に痛い。

「一昨年みたいになんねーといいんだがな」

 取材がひと通り終わって記者が立ち去った静かな部屋で、オヤジさんが右頬をさすりながらボソリとつぶやく。

「はい、すまねえっす……」
「いやなに、これくらいのこたぁ花火師の勲章みたいなもんさ。それより、一発打ち上げられなかった玉があることが悔しくてならんわ。沢山の人のためにみんながこさえた花火だのに、誰かを傷つけるために作っちゃなんねえ。んま、お前なら言わなくてもわかると思うが」

 最近の打ち上げ花火はみんなコンピュータ制御だ。ポチリとボタンを押してしまえばあとは勝手に発射火薬に電気着火して、空へと舞い上がってしまう。このときにもう導火線には着火していて、玉の中心の割火薬にその火が到達することで色とりどりの星に均等に火がつき四方八方に色と光が飛び散るというわけだ。
 これらの手順のどこで失敗が起きたのか見てきたわけじゃないからわからないけど、去年それは起きた。

『打ち上げ不発 花火師二人負傷』

 去年付の新聞の地方欄の隅にまとめられた記事は、今も財布の中にしまってある。これ、負傷したのが花火師じゃなくて観客だったらもっと大きな記事になっていたんじゃないかと思うと花火師の命ってなんなんだろうって思わないこともない。オヤジさんがさすっている右頬も、やけどの痕で真っ赤になってそこだけ皺がなくてのっぺりしている。
 あの傷ができてから約二年が経とうとしている。俺はあれ以来オヤジさんの顔をまともに見れていない。





 一昨年の夏祭り、尺玉が一つ打ち上げに失敗した。空中で尺玉が花を開かず不発弾として落ちてきたと思ったら、突然火を吹いて爆発した。死亡者がいなかったことは不幸中の幸いだったと地域の人は口を揃える。

「着火の仕方が悪かったのかもしれないし、あんただけの責任じゃないさ。よくあることとは言わないけど、毎年のように落ち込んでちゃきりがないわよ」

 仕事終わりの風呂あがり、テーブルで缶ビールのタブを上げる。そういえば父さんもこうやってエビスを空けていた。

「そうは言うけど、俺の作った花火でオヤジさんに……俺じゃない誰かに怪我をさせたのは事実なんだし」
「じゃああんたもいっちょやけどしてみる?」

 夕飯の生姜焼きが焼きあがったフライパンを俺の方にちょいと向けて、母さんがクスクスと笑った。鉄板の放熱は、触れなくても凄まじくて鳥肌が立つほどだった。豚肉と生姜のタレが鉄板の上でジュウと踊る様子を見ると、なんとなく右頬がもぞもぞする。そして、どうして叱ってくれないんだと怒りを覚えることもある。それは、俺が花火師になりたいと言い出してからずっと変わらない。

「仏さんにご飯あげてるから、先食べてて」

 毎年夏祭りの時期になると父さんは父というより男って感じの顔をして家を出ては帰ってきた。そして俺が中学二年の時、夏祭りの準備だと早朝に出かけたきり父さんは帰ってこなかった。
 父さんは花火師だった。その年一番の目玉と言われていた銀冠(ぎんかむろ)が、空を舞うことなく暴発した。様子を見に行った一人の花火師が全身にやけどを負って命を落とした。

 ――もしもし、もしもし! それは、本当なんですね? ……はい、すぐ、行きます。

 彼女もいなかった俺は毎年恒例とばかりに母さんと二人で弁当を持って花火を見に行っていた。なにやら不穏な光が見えたと思った瞬間に鳴った電話だった。
 その日母は、最愛の人を花火で亡くした。





 音や火や彩りよりも、その大きさに魅せられた。別に父さんの遺志を、とかそういうのじゃなくて、ただ惹かれるままに花火師を志した。父さんの知り合いの人に花火業者を紹介してもらい、自分も資格勉強をしたりして、なんとかやっていっているという感じだ。

「こんにちは! お世話になってますー」

 夏スーツに身を包まれた俺と同い年くらいの若い男が工場に入ってきた。花火シミュレーターのコサカさんだ。

「こんちは、いまオヤジさん呼びますんで」
「敬語はいいっていつもいってるだろ〜?」
「いや俺なんか、ひよっこなんで……」
「だからいいんじゃないか〜。歳あんま変わんないっしょ〜……あ、こんにちは!」

 オヤジさんが奥の方から出てくると、コサカさんはまず握手を求めた。これがコサカさん流のコミュニケーションなのだ。

「いよいよですな、あんたの演出はなかなか気に入ってるよ」
「滅相もございません。みなさんの花火あってこその仕事ですから、これくらい魅せなくちゃ。今日はイメージがようやく形になったので、いち早くお見せに上がろうと思いまして馳せ参じた次第です」

 パリッと外向きの言葉遣いに変わるのにくだけた感じが消えないのが、工場のおじさん達に受けがいい。シミュレーターの担当が変わって二年目、コサカさんはやり手だった。

「おお、そうか。そりゃご苦労さんです。お前も見るか」
「どうぞどうぞ、みなさんで」
「じゃ、じゃあ……」

 ぞろぞろと工場のみんなが集まって、ちょっとした上映会のようになった。コサカさんが綺麗な指先でキーボードを叩き、ノートパソコンの画面が一旦暗くなる。

「じゃ、いきますよ」

 エンターキーを推した数秒後に、静かに音楽が流れ始める。





 交差する光、大きな音楽に乗せて様々な形に散る火花。そして最後に上がる大輪の正三尺玉は、名残惜しそうに花を広げて黒い画面に消えていった。
 映像が終わると工場のみんなはまず拍手をした。コサカさんが照れたように頭を掻いた。

「……とまあ、こんな感じで。演出さえ間違えなければ、皆さんの花火はもともと日本一……いや、世界一の価値がありますから」

 使用する花火などの最終打ち合わせをオヤジさんと行い、コサカさんは工場を後にした。
 出際にまた、顔を合わせたので話をした。

「すごいっすね。あんな風にシミュレーション出来るのってやっぱ才能ですわ」
「ははっ、そんなことないよ。想像ってのは刺激されるから生まれるんだ」

 一瞬迷ったような表情を見せ、コサカさんは俺の顔を一、二秒見つめた。その真意を測れない俺をよそに二三頷いて、コサカさんは真顔になった。

「君のお父様のこと、聞いたよ。御愁傷様でした」
「ああいや、そんな」
「不謹慎な話かもしれないけど、今回の花火のイメージはそのお話を元にして出来上がったんだ」

 フッと表情が穏やかになる。俺の頭に、さっきのシミュレーション映像が蘇る。

「時代は遠隔打ち上げだろ? 花火から離れたところでパソコンをポチッとやれば、ヒョーッと上がる時代だよ。それも最近の話で、花火はやっぱ多くの命を背負ってここにあるんだと思ってる。
 ……最後の大きい一発、良かったでしょ」
「ああ、はい。すごく。
 なんつーか……工夫を凝らしたチマチマした花火よりも、一発大きく勝負に出るような花火の方がいいっすよね。なんか頼もしくて……」

 そこまで自分で口にして、ああ、と思わず呟いた。
 そう、俺は花火の「大きさ」に魅せられて、花火師を志したのだ。

「君にそう言ってもらえたなら、僕はもう満足」

 それじゃ、と軽く手を振って、コサカさんは工場を去っていった。



 
 打ち上げ当日は、風向きも悪くない最高の天気だった。すっきりと晴れて雲もなく、夜空の星がちらほらと花火を飾るように煌めいた。
 アナウンサーの声が何個ものスピーカーから広場一杯に流れ、最後の目玉花火――コサカさんがプロデュースした俺たちの花火が打ち上がるのを知らせた。
 しんと客席が静まり返る。オヤジさんがスイッチをグッと押した。
 スピーカーから流れる曲と同時にふわっと下から湧いた光は、橋いっぱいに流れるナイアガラ。そこからV字に交差する虎の尾が幾何学模様を作り上げている間に、打ち上げ花火の昇り竜が夜空に儚い線を描く。
 音楽に合わせて花が咲き、鳥が舞い、その度に観衆の見上げた顔が照らされては闇に消える。

『最後の大きな花火は、みなさん花火師の命そのものの象徴のつもり。あなた達が生きているから、花火が空にあがる。生きていることに誇りを持ってほしくて、こういう演出にしたんだ』

 静まったかと思われた暗い夜空に一筋、際立って高く上がる昇り竜。フッとその道筋はなくなり、光は大きく花咲きいて、遅れて爆音が僕の胸を打つ。それは生まれたての命の鼓動のようにこだまして、観客達は感動に息をのむ。

「でけえなー……」

 こんなの、いつになったら作れるようになるんだろう。大きすぎて、遠すぎて、幻のような花火だった。
 父の命日、俺は大輪の花火に父の面影を見た。


【了】
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