ふと、視界に光が飛び込んでくる。同時に実態のない賑やかな声が耳に入ってきて、昼に弁当を食べた後、教室で眠ってしまったことを思い出した。まだ重たい瞼をこすって頭を上げると、すぐ前の机に腰掛けて俺の方を見る友人の姿があった。にやにやと気味悪く、俺を見下して。

「昼休みをまるまる潰しての寝覚めはどうだ、澤田」

そう言って俺の赤くなったデコを小突く友人の手を払い、まだ寝ぼけた目でその友人を睨んで言い返す。

「中々良いもんだ、お前も一緒に寝ればよかったのになあ。なあ丸木」
「誰が寝るか。昼休みは部活の活動誌書きに行くって話すっぽかしやがってよ」

今度はデコピンときた。びしっと弾かれる痛みをデコに感じ、思わず顔をしかめる。

「……そんな話あったっけか」
「あったわ馬鹿。いっぺん死ね」

二度目のデコピン。

「いっつう」
「ざまあみろバーカ」

デコをさする俺を見てまたカラカラと笑う丸木。まあよく笑うやつだ。今に始まったことでないが、こいつは多分何しても笑う。小学生みたいなやつだと常々思う。

「……いま何時だよ」
「一時半だよクソ。あと五分で授業だ」

笑いながらカタカタと貧乏揺すりを始める友人の機嫌は聞かずとも最悪だろう。見りゃわかる。挙句に爪を噛み始める丸木に、俺は溜息をついて席を立った。ハッとした顔で俺を見上げる丸木の背中を思い切り叩いて、ぐうっと背伸びをする。

「いってえな!なんだよ!」
「久し振りに行こうぜ」

背中を抑えながら間抜けな顔をする馬鹿にもわかりやすく、人差し指をピンと立てて地面を指差す。
一瞬怪訝そうだった顔がまた歪むのを見て、俺はふんっと笑って言った。

「工場だよ」




ざくざくと足元の砂利が大きな音をたてる。本来ならば授業中、しかもこの場所は立ち入り禁止となっている範囲なので、俺たちは二重の違反を犯していることになる。しかしこの周囲に家は一切なく、そのため制服で向かっても咎めたり通報したりするものもいない。この砂利も本来は侵入者に気づけるために設置されているらしいが役目も果たしていない。そもそもあの柵も低すぎるのだ。せめて有刺鉄線でも張ればいいと思うのだが、あの柵自体が錆びているから意味がないだろう。

「澤田、お前そろそろ停学くらうぞ」

俺の数メートルほど後ろを歩いていた丸木が久し振りに声を出した。

「なんでだよ」
「だってサボりすぎなんだよ。お前、どうせ学校にいない時はここに入り浸ってんだろー」

無言。歩くのはやめない。

「ほらみろバカ田ー」
「うるせえなー、別に個人の自由だろー」
「お前の将来に関わってくる大事な話だよー」
「黙れ母親」
「お母さん澤田の将来が心配だわー」
「死ね」

ざく、とまた足を進める。丸木は俺を追って駆け足で走ってくるが、音を聞く限り何度か転びそうになっている。待てよ、などとふざけた声も聞こえたが無視した。




工場の錆びた重い扉を開けると、軋む音とともに埃がそれこそ雪のように落ちてきた。蜘蛛の巣が張り電気は途絶え、しかしいまだに壊さない、壊すに壊せない工場はここにある。そして俺はこの場所が好きで、……。壁にかけてあるカンテラを取り火を灯すと、周囲の虫が一気に引くのがよくわかった。
うええと露骨に顔をしかめた丸木は言った。

「今日もあれ買うのかよ」
「……そのつもりで来たんだが」
「はぁー、暇なやつはほんっとに……」

ズカズカと上がり込む。周りがほとんど見えず、まるでカルガモの子みたいにひょいひょい歩く丸木……どうしてこいつも連れて来たのか。

「丸木ィ」
「、んだよ」
「帰ってもいいぞ」

後ろで笑い声がしたので無視することにした。虫の鳴き声、ギチギチと節の鳴る音。かつかつと靴の音が二つ分に、聞こえなくなった笑い声。
数年前に廃棄された工場。周囲の住宅街にもその内容は教えられないまま開発され、教えられないまま棄てられた。手に負えなくなったその工場は人がいなくても発展を始め、いつしか一つの街ができていたのだ。
五つ目の鳥居をくぐり、森の中へ。実際にそれらがあるわけではない。ここの住人が呼ぶ街の丁目の名だ。

「お面屋また店変えてんのか」

お面を、これは俺と丸木しか知らないこと。薄暗い工場内に音が反響する。俺らにはそれが必要になるから。




工場の奥、干からびた人みたいな影にカンテラを渡し、俺は強く言った。

「今日は三つよこせ」

ギシギシと軋む腕、カンテラの代わりに差し出されたのは、三枚の白い紙だった。
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