桜の下で

 やがて、時刻は九と一二を示す頃となった。
 渡鍋学院中学校に在籍する新一年生・二年生と百合子・茜を含めた三年生の一同が体育館に集い、静かで粛々とした雰囲気の中、始業式に臨んだ。
 始業式は、校長・教頭の訓辞、表彰、新年度の生徒会長の順に行われた。
 式が終了した後、全体で解散し、個々のクラスにおけるホームルームが行われた。
 時計の針は二回ほど回って進み、一一と六を示す頃。
 始業式・ホームルームなどを含めた一連の行事は終わり、百合子は地上を明るく照らす太陽のような表情を浮かべ、校門に赴いた。
 彼女の向かった校門の辺りでは、鮮やかで淡いピンク色の花を咲かせるさくらや古式ゆかしき紫や妖艶なものを連想させる赤などに染められたつつじやしもつけ、黄金色のやまぶきの花が咲いていた。
 また、地面には、黄色のたんぽぽが生え、力強いことを主張するかのように花を咲せていた。
 それこそ、東山偕夷によって描かれた名画が、現実世界で再現されているかのようであった。
 絵画を思わせる情景の中、茜と一匹の猫がいた。
 茜は、さくらの木の下におり、通学かばんをやわらかな芝や草の上に置いて身体をくの字にかがませ、顔に喜色を表して食パンのちぎりかけを茶・白・黒の三毛の色に染められた猫に食べさせた。
 「茜ちゃん、お待たせ。」
 百合子は、にこやかに笑みを顔に描き、張りのいい声で茜に言葉を掛けた。
 「広瀬さん、私も五分前についたばかりです。」
 茜はしゃがんだまま、ほのぼのとしたやさしい表情を浮かべつつ猫をにがし、親切なまでに丁寧な口調で百合子に言葉を返した。
 「茜ちゃん、行こうよ。」
 百合子は、心の奥底に浮かべたやさしい気持ちを顔の表に出し、茜に語り掛けた。
 「はい、もちろんです。」
 茜は、最先端の技術研究に携わる女性科学者のような様子を漂わせ、淡々とした口調で百合子に答えていた。
 こうして、校門前にて待ち合わせた百合子・茜の二人は、時計の針が短い方で一一から一二寄り、長い方で八を示す時刻に学校を発った。
 二人は、犬が少し急いで歩くのと同じペースで丘の坂を下り、コンビニを目印にして坂田交差点を左に曲がり、東西を貫く大通りを通り過ぎ、まもなく君津駅に到着した。
 そして、二人は、時計の針が長い方・短い方共に一二を示す頃、君津を発つ安房鴨川行きの電車に乗車した。
 電車は、色とりどりの花に囲まれ、春の香り薫る上総路、潮風満ちる海岸沿いの安房路を南下していった。

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