今様歌物語
〜ここにいたい〜

後編 01


 週に一度の活動日。誰よりも小さな声で、私は灯火野くんに少し長い話をした。

「私がここに来る前にも、色々ありました。もちろんその後、灯火野くんとの一件があったことは言うまでもありませんけどね?」

「そうだったんだ……」

 灯火野くんはそう一言呟いただけで、真っ直ぐに唇を結んで黙り込んだ。その反応があまりにも灯火野くんらしいので、私は少し嬉しくなる。

「こうして話が出来るくらいになって、話を聞いてくれる人がいる。あの日の私はもうここにはいません」

 歌いたい歌を、自由に歌えずに涙を流す自分はもうここにいるはずがないのだ。

「あ、あのう。お取り込み中でしたか」

「……やあ小玉くん。どうしたの」

 長い前髪から覗かせる片目はいつも不安そうに揺れている。パーカーを内側から緩やかに押すお腹が気になるが、よく見ると肌が綺麗で白い。

「じ、自己紹介のときに最後になんかひどいこと言ってた奴、サークルに入るんすか? なんか、危なそうなんすけど……」

「あんまり乗り気じゃなさそうなんだけどね……でも話してみたら、入れるなら入りたいんだって。でも事情があるから今はダメなんだ、って言ってるの」

「そうなんすか?」

 意外だという風に小玉くんが高い声を上げる。

「どうした? 小玉くん、彼のこと何か知ってるのか」

「い、い、いや、あいつのことは知らないけど……。あいつ、石川さんのことはっづけてたもんだから」

「ハッズケル?」

 灯火野くんの問いかけをよそに、小玉くんは早口で話し始めた。

「この前俺、ここに忘れ物して、取りに戻ったことがあったんす。そしたら先輩達がなんかあいつと真面目に話してるのが見えて、今は入っちゃいけねえと思ってちょっくらトイレにでも行って時間稼いでみようとしたんす。行って戻ってきたら今度は石川さんが入り口で張り込んでました。大変なことになってるんじゃないかと思ってどうしていいか分からなくなってたところであいつが教室から出てきて、石川さんを見るなりすんごい顔してはっづけたんす」

「小玉くん、悪いんだけど、ハッズケル≠チてなに?」

 はっと気付いたように目を見開いて、小玉くんは頭を掻いた。

「あ……すみません。俺んとこの訛で、『殴る』って意味っす。石川さんはあいつに話しかけようとしてました。でも聞く耳も持たずに石川さんの肩を強く押して走り去っていったんす。石川さんはドアに叩き付けられて、その拍子に足をひねってしまったみたいで……」

 消え入りそうな声で、小玉くんは続ける。

「怖くて近づけませんでした。俺、あいつ許さんねえ。でも、すぐに行って石川さんに手を貸したりも出来なかった俺は、もっと許さんねえ……」

 すみません、それだけなんです、と小玉くんは肩を落として小さく一礼をした。

「小玉くん、あなたが謝ることではありませんよ。むしろ、黙っていられなかったあなたの正義感を、私は嬉しく思います」

 ぱちぱち、と目を瞬かせて、くくくと小玉くんがいたずらっぽく笑った。

「……あ、雨掛先輩って、普通に話せるんすね」

「こらっ、失礼だぞ」

 灯火野くんの叱責に、すんません、とお茶目に笑う小玉くんの表情は自己紹介のときよりもずっと明るく、せわしない印象だった目の動きや言葉のつまりも全然気にならなかった。彼もずっと、緊張していたんだ。

「先輩、」

 一通り笑いきった後、小玉くんは深刻そうに切り出した。

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