今様歌物語
〜ここにいたい〜

前編 01


 春先の空気はまるで、タオルで包んだ保冷剤のようだ。私の外側にいながら、私の内側の血液の温度を下げていく。しかし春の光は、その冷たさを包み込む暖かさを持っている。


うららかな光に包まれ見る闇はまどろみの夢雲のゆりかご

「この光の柔らかさは言葉にならないね。科学のようにこの光の一粒一粒を一般化することは……僕にはできない」


 科学は、性質を同じくするものをカテゴリとして同じものだとみるきらいがある。太陽の光はいつの時代のどんな時も太陽の光≠セ。でも、そんなの嘘。私たちは時に太陽光を空から浴び、時に地面から浴びる。時に星の瞬きとして、時に月明かりとしてみる。そして何より、今この瞬間に生まれたエネルギーを、浴びる未来の世界の姿を私は知らない。知らないけれど、大きく吸い込んだこの季節の空気はとても心地がいい。


「この春の光は今しか浴びることが出来ない。人はそれを時間の流れと言うかもしれないけれど――」

「時を感じるとき、僕らはいつも一瞬に生きてる」


 スムーズに引き継いでくれた彼の言葉を私は無言で噛み締める。光が粒であるように、感動が突然胸を襲うように、記憶が不完全で、時に美化され時に色あせたりするように、私たちにとって連続とは永遠と同じくらいの幻想だ。それを観測しようとした瞬間、時間の軸は消え去る。


「足跡は決して轍じゃない。私たちはいつも踏むべき土を選んでるんですね」

「うん。歩きやすい靴はあるかもしれないし、歩きやすい道だってあるかもしれない。だけど、間違いなく、僕たちは歩いている」


 春休み中に工事が行われて、図書館の一階に小さな喫茶店が出来た。高低入り交じる談笑の中で、私鳥遊陽瑞はその人と話をしていた。他愛無い、けれど言葉にして確かめずにはいられない、それこそ光のつぶつぶのような話。


「今日から新入生が入るね」

「あれからもう、一年が経つんですね……灯火野くんはあの頃いろいろあったみたいですけど」


 思い出すだけでこみ上げる笑いを抑えられない。その話をするといつも、彼はばつの悪そうな顔をする。


「悪かったってば……」

「別に、悪いだなんて一言も言って無いじゃないですか」


 灯火野智哉。彼を言い表す言葉を厳選したなら、きっと私はこう言うだろう。

 月光の灯受けて開きゆく君は書棚の鍵抱く人――。

 白く深くて、曲がったところの無い人。しかし胸に灯る白い炎はとても熱い。彼と知り合って、もう一年になる。一年前私たちはこのキャンパスで『初めて』出会った。

 ――やっぱり君は、ヒスイさんなんだろう?

 その当時顔も知らなかった彼の言葉はあまりにも強く、私には受け止めきれないエネルギーを持っていた。

 彼の大切な人が、私と同じ風貌をしている。私は未だにその事実を完全に信じられてはいないけど、灯火野くんの言葉が嘘だとも思っていない。灯火野くんは支離滅裂な妄想を言うような人じゃなくてむしろ誰よりも目の前の世界を言い表す正確な言葉を選び続ける人だから。


「岡田さんみたいに、入りやすい雰囲気が作れたらいいんだけどね」


 前サークル長の岡田さんは、冬に引退してもう4年生だ。それまでサークルを仕切ってきた彼とその親友の真鍋さんが引退し、年功序列的に三年生の石川萌江さんという人がサークル長を引き継いだ。静かに本を読んだりたまにサークルの人と話をするところなら見たことがあるけれど、作品を書いているという話は聞いたことが無い。


「やらなければいけないでしょう。それが後輩として先輩に出来る恩返しです」


 恩。
 私がここにいられるのも、こうして灯火野くんと話が出来るのも先輩達の力があったから。

 彼らがいなかったら私はきっと、このサークルに入っていなかっただろう。

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