今様歌物語
〜願いを込めて〜

01


 寒い。冬の早朝の風は身体を刺すように吹き付けてくる。テレビの天気図は、昨日見た限りだとそんなに悪くない。実際、空を見上げればいつもよりも雲間は切れていて日も射している。だからこれはいわゆる、放射冷却現象ってやつなのだろう。つまり、今日の気温が寒いことはおそらくなんの悪意もないことなのである。たとえその相手がお天道様であったとしても、気候にまで悪意があったら人間は生きていけない。

 からからからりと乾いた音の後に長細い箱から出てきたもの。それを見た僕の目は少なからず見開いた。

『大凶』

 振り散る小雪くらいなら吹き飛ばしそうな爆笑の渦が、僕の周囲で巻き起こった。





「岡田さんが大吉で、陽瑞さんは吉、榛紀さんは末吉。なんで僕ばっかり……」

「まあまあ。大凶のほうが数的には少ないんだから、喜んだっていいかもしれませんよ?」

「今大凶を引いたことが不運だとしたら、もうこれからはそう悪いことなんてないだろう」

結び玉神に捧げる凶星枝に残して幸を持ちゆく
 それに、末吉もあんまり嬉しくないよ」


 どれもこれも陳腐な慰め文句だ。あまりに聞いたことのあるセリフ過ぎて慰められた気にもならない。

 互いに見せ合いっこしてから、榛紀さんが歌ったように大樹にゆったりと巻き付いている長いしめ縄に四人で結びつけた。ちなみに僕のおみくじには『案ずるより産むが易し』と、陽瑞さんのには『思い余って言葉足らず』 、岡田さんのは『初心忘れるべからず』 、榛紀さんのには『ただ真理だけを見つめるべし』とあった。



 実家にいたころは近所に手ごろな神社もなく、あったとしても寒がりな僕は余程のことがない限り外に出たがらなかった。僕は根っからの出不精なのだ。岡田さんからサークルの部員全員にメールが届いたのが確か、大学が正式に冬期休暇に入った日のことだ。パクッと携帯を開いて確認してみると、本文にはこうある。


『サークル長の岡田です。新年の一月二日に、大学近くの神社で初詣に行く計画を立てています。参加を希望する人は返信下さい』。


 結局、参加を希望したのは岡田さんを入れて計四名。他の部員の意向を分類するならば、その日を実家で過ごす人、家から出たくない人、興味がない人で三対一対一といったところだろう。まあそこら辺のことは、このサークルがずいぶん緩いサークルだからということと、僕らがもう大学生だからということの相乗効果のような気もする。


年明けて春に願いし美しさ心に思う小雪か晴れか


 僕の右隣でなんの前触れもなくそう呟くのは、岡田さんと同学年の先輩の真鍋榛紀さん。岡田さんは洞察力と実行力と行動力を兼ね備えた人だけど、その岡田さんが何かと彼を頼りにする姿を見る限り、とても頼もしい人なんだなと思う。


「そんな風に歌ったら本当に降ってきちゃうんじゃないか……」


 榛紀さんのさらに右側でそうぼやくのが、サークル長の岡田さん。


冷々と白雪落つる風景を憎しと思えずただ眺めたら


 そして僕の左側で不機嫌そうにそう詠ったのが、僕と同期の雨掛陽瑞さんだ。岡田さんと陽瑞さんが同時に寒空を睨んでいたのが面白かった。

 榛紀さんが陽瑞さんのような歌人だということを知ったのは、そう最近のことでもない。サークルに入って間もない内に僕が岡田さんに可愛がってもらっていたように、陽瑞さんは榛紀さんと親交を深めていたんだという。岡田さんと榛紀さんが友人なのなら、この四人がまとまって話をするようになったのも時間の問題だっただろう。

 そんな二人を交えた会話の中には頻繁に歌が、そしていつにない陽瑞さんの笑顔が織り込まれる。やろうと思っても、僕には出来ない会話――つまり二人の世界と才能からなる会話だ。そこに僕や岡田さんが入り込む余地など初めからない。


「あ、ゆきだ……」


 榛紀さんが右手を挙げてポッと呟くや否や、僕の低い鼻先に小雪が一つ融けた。


「本当だ。この行列、まだ進みませんかね……」


 時刻は午前九時。これから日が高くなるなら、寒さにはまだ耐えられそうだ。しかし、雪にまみれるとなると話が変わる。つまり、それに耐えられる自信が微塵も湧いてこない。


「あ、俺が今言ったのはこの雪のことじゃなくて……」


 言っている間に、紅い袴姿の巫女さんがこちらに駆け寄ってくる。僕は初詣に行くのが初めてなので、当然生の巫女さんを目の前にするのも初めてだ。トレードマークとも言える紅い袴が白い雪景色にまぶしい。


「初めまして、真鍋祐紀です。文学サークルの人たちですよね?」


 見覚えのない人だ。しかし、面影には確かに見覚えがあるような気がした。そして彼女は自らを真鍋と名乗っていた。つまり、


「榛兄さんがいつもお世話になってます」


 榛紀さんは苦笑いを付け足して、彼女を僕たちに紹介してくれた。曰く、


「こいつ、僕の妹ね」

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