今様歌物語
〜忘れられない〜


序章 開き入る扉の先に写りしは普遍でなしに異なる日々の

 彼女のことを知らない人たちのために少しだけ、彼女の話をしよう。
 話の始まりは高校時代、僕が文学部という部活動に所属していた二年前に遡る。二学期の終わり頃で、吐いた息が白くなり始めていたのを思い出す。僕はまだ高校二年生だった。部室に入ろうとして部室の鍵を開け、扉を引いて開いたその先に彼女はいた。彼女と初めて出会った日に彼女が僕に聞かせてくれた、即興の歌。僕は今でもこの歌を覚えている。

 開き入る扉の先に写りしは普遍でなしに異なる日々の

 僕はその日初めて、歌というものに触れた。たったの三十一音なのに、どうしてこんなに「伝わる」のだろう。


「三十一音で伝えられる愛がある!」


 それが彼女の、ただ一つの思いだった。

 彼女との時間を思い出そうとするといつも、僕の胸はキュッと縛り付けられたように苦しくなる。

 再び彼女に会えたのは、僕が高校の卒業式を迎えた日だった。卒業証書が入った黒い筒を握りしめ、せき立てられるように部室に駆け込んで彼女に会った。君は誰なんだ? 僕は問いかけた。しかしその答えを知っていたのは、僕だった。

 2回。それは、彼女が僕の前に姿を現した回数だ。

 2回。たったの、2回。

 それなのに彼女は、僕にとても大きな影響を与えた。

 それなのに彼女は、僕の前を去り二度と現れることはなかった。

 僕が彼女を呼びかけるとき、だいたい「君」と呼ぶ。

 たとえ目の前に彼女がいなくとも、二人称で呼ぶことを僕は譲らない。君は僕の近くにいる。姿を見せないだけで――そう信じたいと思っているのかもしれない。

 「会いたい」と願うだけでは現れることの無い相手を待つ気持ち。それは、今までに経験したことの無い心持ちだった。会えないと分かってはいるのに、頭は理解をしてくれなかった。僕の生活の全ての中に、君が溶け込んでいるように感じていて、僕の身体の中のどこか何かが、君に会えるような淡い期待を捨てきれないでいた。

 なんの根拠もない、妄信と言っても過言じゃなかったけれど、僕はそう信じていた。

 信じるだけなら、何の罪も無いから。

 信じているだけで、救われるような気分になっていたから。

 僕が自分のことをここまで身勝手は人間だと分かるのは、恥ずかしいことにもう少し後になってからだ。

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