第十話 道化師の正体





「これが俺の得意魔法だ。」

「並大抵の人間じゃないってことはわかったわ」

 あぁその通り、俺は並大抵の人間じゃない。


「幻想術が得意な人間なんてそうそういない。
 ここまで繊細な幻想を造るなんて、凡人が一生分の魔力を注いでも無理。」


 名も知らない淡いピンクの花を一輪手に取ると、シレーナは振り返り俺を見つめて言った。



「貴方は、一体何者?」

 シレーナの深海のような碧い瞳と弱い風に踊らされた美しい金髪は、天界のような花畑とよく似合っていて。


 恐ろしいほど絵になり、思わず見とれそうになる。

「さぁ、何者でしょう」



「まるで道化師ね」

 その呟きに苦笑いして、幻想を解いた。

 次の瞬間には館の変わらぬ風景が広がっていて、シレーナは何事もなかったかのような表情で片付けを始めた。


「道化師……か」

 その後ろ姿を見詰めながら繰り返す。俺は一体何者なんだろうか。


 その答えは自分でもわからないままだった。

 天使と悪魔の混血だといったら、彼女は今までの人間たちと同じように忌み嫌うのだろうか。


 胸が痛む、俺は存在すら許されない者だから?


 いや、きっと違う。シレーナに忌み嫌われるのが怖いんだ。でも、それでも、俺はもうシレーナに伝えないといけない。

 どうか、どうかシレーナが俺を認めてくれますように。いつもは嫌っていた神様とやらに祈ってみる。


「ごちそうさま、なかなかの腕前だった」

 銀製の食器を洗い物をするシレーナの所へ持っていく


「あ、え…ありがとう」

 褒められ慣れてないのか、戸惑ったように答えたシレーナにじわりと心が暖かくなる。

「ずいぶん態度が丸くなったな」

「そうかもしれないわね」

 冷たい瞳の奥に隠れたのは優しさか、情けか。

「貴方は相変わらず謎に包まれてるわね」

「そうかもしれないな」

 呪いに縛られ、孤立した環境で暮らした一時はそれなりに楽しかったと思う。


「シレーナ自身が呪われた経緯を話してくれたら、少しは謎を解き明かしてもいい」

「……まるで悪魔との取引だわ」

 半分正解、半分不正解。

 キュッ、と水を止めてハンドタオルで手をふくシレーナに囁いた。


「え…?」


 俺は誰もが嫌う天使と悪魔の混血。


 禁忌の愛という大罪からなる副産物。


 「これが俺の正体だ。」



 道化師は自嘲気味に笑いながら言った。




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