第三話 逃亡者
深い闇に浸食された壮大なブナの森を、無我夢中で走り抜ける。
魔力はとうに尽き果て、走るのもやっとという状況下でも生き延びるためにただひたすら。
振り替えれば、すぐそこまであった松明の炎は見えず暗闇が広がっていた。
なにかが可笑しい。
なんとか意識を繋ぎ止めながらブナの木に背中を預け、息を整える。荒い呼吸が静寂を乱している。
さっきまですぐ近くに追っ手がいた。
それなのに一瞬にして消えるなんて…。
そして感じる違和感。
強力な、そして壮大な力が働いているような…そんな感覚。
ろくに回らない頭を使って、グルグルと思考を巡らせていると、近くでパッと明かりがつくのが見えた。
魔力の気配と、暗闇のなかに佇む怪しげな洋館。
俺は助けを求めるべく、ふらふらと館のほうへ踏み出した。
歩みを進めたとたん、襲いかかる激痛にまた意識を持っていかれぬようにしながら、少しずつ。
違和感は、洋館に近づくにつれてある確かなものへと変化する。
これは…"呪い"だ。
洋館にたどり着くと、細かい装飾を施された扉に手をかける。
ギィ…と音をたてながらゆっくりと…呆気なく開いた扉。
「誰か…っ、いない……の、か?!」
しん…――と静まり返る館に聞きなれた声が反響してやけに大きく聞こえる。
すると、人影が見えて助けを求めようと一歩また踏み出したとき、あまりの激痛にグラリと視界が揺れて冷たい床に倒れた。
鼻孔を突き刺す強い血の匂いに混じって、軟らかなローズの香りがした…そんな気がした。
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