自分という終着駅
05
 今日の夕暮れが失われていく。柚希も駒浦もまだ来ない。

「紺崎君にだから言うけどね……あたし、小径に告白したことあるんだよ」

 話が唐突すぎて、反応に困る。正直に言えば、

「変な趣味してんな」
「……そんな風に言われるの、初めてなんですけど。……でね、小径が何て言ったか、わかる?」

 俺には少しも想像できない。俺は、駒浦じゃない。ただ駒浦なら、好んで人を傷つけたりはしないと思うが……。

「『今の俺の口からは、何も言えない。みゆきちゃんは昔の俺のことも知ってるから、嫌われたくはないんだ。けど今の俺は、好きがどういうことか分からないし、そういう心の余裕もない。……俺はまだ、自分のことで精一杯なんだよね。だから……』
 こんな感じで、ゆっくり話してくれたよ。で、最後にね」

 仁岡はうっすらとはにかんだ。しかし、その目には涙があふれんばかりに溜まっていた。

「『でも、嬉しいよ。ありがとう』だってさ。
 そんなこと言われたらさ、もっと好きになっちゃうに決まってんじゃん? でも小径はシノっちが好きなんでしょう? 好きに、なっちゃったんでしょう?
 やっぱり、悔しいよ。あたし、待つことしかできなくなっちゃったんだよ。こんなに、小径のことしか考えられなくなっちゃったのに、だよ……」

 くしゃっと無理矢理に笑った彼女の目から、涙の粒がこぼれた。言葉はもう、出てこなかった。
 仁岡という人間は、なんて真っ直ぐな奴なんだろう。駒浦と友達でいてくれ、なんて、待つことしかできない、なんて、心がひねくれていてどうして言えようか。
 俺の周りにいる奴はどうしてこんなにも真っ直ぐなんだ。どうして悲しくなるまで、真っ直ぐでいようとするんだ。
 優しい人ばかりが辛い目に遭うなんて、もうたくさんだ。
 俺は、俺の周りにいる、俺が大切だと思う人たちのことくらい、自分の手で守ってあげたいのに。



「お前はこの旅行、柚希と一緒の部屋で辛くないのか」

 一応、仁岡には柚希を憎む理由があるからな。

「そんなことないよ」

 返答は意外にも、さっぱりとしていた。

「悔しいけど、不思議と憎くはないんだ。
 て言うかむしろね、あたし、シノっち好きかも。今日たくさん喋って友達になれて、すごく嬉しかったよ。シノっちって頭いいし穏やかで静かだから、最初は話が合うかどうかすごく不安だったけどね」
「その感じ、わかるよ」
「あはは、そうなの? ……でもね、話してみると、すごく楽しいの。難しい話のはずなのに、シノっちが話すとなんでもグーッと頭に入ってきて、今までに見たことも聞いたことも触れたこともないような世界に連れて行かれちゃうような、そんな感じがするんだ……」

 仁岡も、そう感じるのか。これが柚希の魅力なんだよ。

「この旅行で、駒浦とも柚希とも、沢山話せばいいさ。話して、相手を理解するんだ。相手を受け入れようとすれば必ず、自分のことも自然と受け入れてもらえるから」

 仁岡は静かにうなずいた。

「夜、小径ともう一回話してくる」

 そう言って、緊張した面持ちでニカッと笑ったのだった。



 それからしばらく、今この場にいない二人を話題に会話が弾んだ。俺がいつも柚希と話しているからなのか、仁岡の話には総合的に脈絡がない。それはそれでいまどきの女の子らしくて新鮮ではあったが、

「うらやましいな、紺崎君。あんなにいい彼女と一緒にいられるなんて」

 と言われて反射的に、

「ああ、まあな」

 と答えてしまった時の彼女の反応ときたら。

「うわ、今の顔! そんな顔もできるんだ! 小径に言おう〜」
「おい、それだけはやめてくれ……」

 おちょくられたのだろうが、仁岡の明るい顔が戻ってきていて、俺は正直ほっとしていたんだ。



 そうこうしているうちに、人ごみの向こうから見覚えのある人影が二つ現れた。

「やあ、待たせたね。四ノ倉さんと合流するのに手間取っちゃって」
「ごめんなさい、私がふらふらしてたから……」
「まあ、気にしない気にしない。夜も遅いし、もう戻ろうか」

 苦労なんて何一つ知らないというような――つまりいつもの――駒浦の笑顔が、なぜか俺の胸にちくりと刺さる。

「なあ、駒浦」

 お前、すごいな。俺はお前のこと、何も知らなかったよ。
 ……そんな言葉が出そうになった。

「何もしてないよ。心配しなくていい」

 しかし当の駒浦は何か勘違いしている。



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