確かな円運動が二人を繋ぐ
落胆の木曜日
「紺崎っていいよなぁ」

 ストラップを指先でくるくると弄ぶ昼休み。小刻みな指先のブレはやっぱり関係あるのかもしれない……と思っていた矢先だった。

「……なんだよ」

 声をかけてきたのは、駒浦小径だ。名簿が隣同士で、機会があれば声をかけたりかけられたりする。その程度の仲だ。

「愛しの彼女と毎日デート。バンブー林でなにやってんだい」

 ニヤニヤしながら小突いてくる。彼はいつだってホットな話題を提供してくれるが、口数が多い。成績もいいし、男前なのに勿体無いくらいだ。情報収集だかなんだか知らないが、今は邪魔しないでほしい。それに、だ。

「お前まさか、俺たちの後つけてたんじゃないだろうな」

 俺たちは、それはもう多くの時間をあの緑の中で過ごした。それは、二人だけの大切な時間で、誰にも侵されてはならない時間。温かくもあり、時には切ないほど冷たい時間もあった。そこで俺は生きることの価値を見つけ、柚希は生きることの喜びを見つけたんだ。俺たちの時間は、俺たちだけのもにでなければならない。

「まさか。そこはほら、ケース・バイ・ケースで動ける。それとも何、見られちゃまずいことでも?」

 俺はすかさず奴の胸に一発くれてやる。まあ、ただのじゃれあいにすぎない拳だったけれども。

「なんだよ。俺は本気でお前のこと羨ましく思ってんだぜ?」

 奴の言葉――その多い口数の一つ――を聞いて、

「あ、信じてない顔」
「信じられるか」

 まったく。

「お前本当に知らなくていいの?」

 と呆れたようなため息までつかれた。もういい加減にしてほしくて、仕方なく耳を貸す。そして駒浦はぼそりと耳打ちをした。どこの誰とも判然としない、不特定の誰かを見渡しながら。

「そう、なのか……?」
「俺はこういう情報が好きなんだよ」

 手のひらをひらひら、教室の雑踏にまみれて駒浦は見えなくなった。



「四ノ倉さんは、モテる。お前の周りは、敵が多いぞ」



 俺は、いつの日からか心に誓っていたことがある。それは、俺の身勝手でもう二度と柚希を傷つけたり突き放すようなことはしない、ということだ。俺は、俺のわがままで一度、彼女を泣かせた。彼女の深い苦しみにも、深い愛にも気づかずに。あんなことはもうするまいと、心に決めたのだ。でもやはり、不安に思わずにはいられない。

(本当に、俺でいいのか?)

 駒浦は言った。

「四ノ倉さんは、モテる」

 どうして今まで気にも留めなかったのだろう。柚希は美人だ。笑えば愛嬌もあり、大人びている(実際年上だ、とは言わない)。頭もいいし、品もある。ちょっと思わせぶりな態度もまた、魅力的だ。
 柚希がどんなに地味に生きてこようとしたかはわかってやれているつもりだ。初めて竹林で会った時俺は、柚希の名前も顔も知らなかったのだから。
 しかし、今の柚希には外界とのパイプが繋がれた。他でもない、俺のことだ。俺が柚希の前に現れたことで、柚希は外界に触れるようになったのだ。外界だった俺は、柚希を見つめているだけで満足だったし、言い換えれば、それだけで精一杯だったのだ。
 これが本当の「恋は盲目」……!
 なんて愚かな自分! このまま過ごせば、どうなることだろう。彼女は幾多の狼たちに群がられ、外界にまみれるだろう。外界に触れ慣れていない柚希は……。
 俺は、身震いした。

(柚希が、柚希から俺を離れていく……?)

 美しい円弧を描くには、直線方向に進む運動を歪めなくてはいけない。中心へ、中心へと、得体の知れない力が働いている――。

「もう、駄目だ……」

 俺の傲慢が、柚希を無理やり俺の方へ縛りつけていたのか? これ以上なく美しいと言われる「円」が、俺のエゴと重なって俺を責め落とす。完全な、けれども歪んだ円弧。今も変わらず自転するこの地球に裁かれたって構わない。俺は心に決めたのに。
 俺が柚希を束縛するくらいなら、俺は死んでしまいたい。



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